影1
タクマは黒板の前に立ち、スラスラと数式を書いていく。
「正解だ。戻りなさい」
数学教師は、忌々しそうに吐き出す。現役大学生を舐めるなよ。内心笑いながら、タクマは席に戻った。
教師たちは飽きもせず、タクマに問題を解かせる。どうやら、
「できません」
と、言わせたいらしい。だが、基本の応用問題ばかりなので、少し頭を使えば解けない問題ではなかった。だが、クラスメートたちは違う。どんな教科のどんな問題も、スラスラ解いてしまうタクマに、尊敬の眼差しを向けていた。
「何でアレがわかるんだよ!!」
「基本の応用だから。覚えるところを覚えていたらできる。数学なんて、公式さえ覚えていれば、何とでもできるぞ」
授業が終わり、泣きつく神威にタクマは涼しい顔をして答える。高校一年で学んだ多くは、二年、三年、大学とずっと着いてくる。それがわかったのは、三年になって大学受験を意識するようになってからで、この時期はあまり勉強していなかった。だから、過去に戻ってきたタクマは言えることがある。
「覚えるところを覚えていたら、大学受験が楽だぞ」
「そうなんだ……」
羨望の目が、タクマに向けられた。
気を利かせたつもりだろうか。病室には尋都と将都の二人だけしかいなかった。
「……ソレ……」
「ん?」
将都の目は、尋都の左耳を見ていた。そこにあるのは、小さなルビーのピアス。
「ちゃんと着けてくれてたんだ」
「当たり前だろ」
まだ、将都が入院する前のこと。気に入ったと、一対のピアスを買ってきた。そして、一つを尋都の左耳に、もう一つを自分の右耳に着けた。
「俺もずっと着けてたよ。検査なんかで、外さないといけない時もあったけど」
将都は自分の右耳に触れる。そこには、尋都と同じ赤いピアスがきちんと輝いていた。