過去の街2
タクマは幼い自分に連れられ、自宅の玄関をくぐる。
「ただいまぁー。母さん。訳あり少年を拾って来たぁー」
「えっ?こら、人様を犬や猫みたいに拾ったなんて言わないの」
卓真の言葉に、女性が玄関まで出てくる。それは、今とあまり変わらない五年前の母親。
「家出して行くところがないんだって。しばらく家にいてもらっていいだろ?」
「名前は?」
「タクマです」
「あら、家の子と同じ名前なのね。私はこの子の母親の奈々。上がってちょうだい」
女性――奈々に勧められ、タクマは家に上がる。記憶にあるのと何一つとして変わらない家。でも……。
「うち、母子家庭だから気兼ねしないでね」
奈々はタクマをリビングに上げ、ソファーを勧める。
「タクマ君のこと、もうちょっと詳しく教えてもらえないかしら。ご両親も心配しているでしょ」
「……世の中には、子を疎む親もいるんですよ」
タクマは目を伏せて言う。自分が親に疎まれているとは思わない。母親は女手一つでタクマを高校へと進学させてくれた。再婚相手の男もタクマを疎むようなことをせず、むしろ親切にしてくれている。内心で、未来にいる両親に謝った。
「何も聞いてほしくないと言うことよね……タクマ君、いくつだったかしら?」
「十六です」
「未成年かぁ」
奈々は首を傾げる。高校に通わず、働いている子だって存在する。そう、思えばいいのだろうが……。
「母さん、仕事は?」
「いけない!!納期が近いのがあるんだった!!」
奈々がバタバタとリビングを出ていく。
「SOHOでウェブデザイナーをやってんだよ。忙しい人だけど、気にすんなよ」
卓真が冷たいお茶を持ってくる。
「そう言えばさ、着替えとかどうするんだ?俺のじゃ、小さいだろ」
「……あー、何も考えてなかった」
「買いに行くか?晩飯の買い物に行くし」
そう言えば、忙しい母と変わって、食事を作るのはほとんどタクマの仕事だった。懐かしいなと微笑む。
「かーさーん。何かいるものあるか?」
「タクマ君用の新しいシーツ。あと、お酒ー」
「またかよ。わかったー」
卓真と奈々の声が聞こえる。よく、母親と二人で飲んだ。昔から、母の晩酌に付き合っていた。いつからだろうか。それが、ジュースからアルコールに変わったのは。
「うっし。行くか」
「ああ」
タクマはポケットの中に手を入れる。財布と携帯電話が入っていた。携帯電話は使えないとしても、お金は使えないこともないだろう。卓真と共に家を出た。
「好き嫌いってあるか?」
「いや。一応何でも食う」
「俺も。一緒だな」
無邪気に笑う卓真に、苦笑を隠せない。それは、同一人物だから。五年後の自分なのだから。同じでなくてはおかしいだろう。
「晩飯はすき焼きでいいか?」
「ああ。何でもいい」
二人並んで歩く道。通い慣れたスーパーまでの道なのに……。
「先に服でも買おうか。ここ、安いんだ」
タクマの思考を卓真が止める。卓真が指すのは、高校生の頃、よく来た古着屋だった。
「下着は違うとこで買えばいいだろ」
「お前が行きたいんだな」
「あっ、バレた?」
タクマは笑う。自分はこんなにわかりやすい人間だっただろうか。それとも、自分だからわかるのだろうか。
「いいぜ。行こう」
タクマは先立って中に入った。