過去の街1
「なあ、そんなところで寝ていると、風邪引くよ」
体を揺さぶられ、タクマは目を開けた。目の前には高校生の頃、いつも一緒にいた少年が、当時と変わらない姿でそこにいる。
「神威。目、覚めたかぁ?」
「おう、卓真。丁度覚めたとこ」
タクマはゆっくり体を起こす。そこには、幼い自分がいた。
「ほら」
「サンキュ」
幼い自分に差し出された水の入ったペットボトルを受け取る。よく冷えたそれは、心地よく喉を通り過ぎていく。
「で、なんであんなとこに寝ていたんだ?」
「……企業秘密……」
左手の中指には、あの十字架の指輪がきっちりはまっている。この指輪を使って、やり残したことをやりに来たなんてどうして言えるだろうか。タクマは曖昧に言葉を濁す。
「ふーん。家出かぁ」
幼い自分たちはそれで納得したみたいだ。タクマは苦笑する。
「じゃあ、住むところないんだろ。俺ん家来いよ」
「ああ、卓真の家って、空き部屋があるもんな」
「えっ……えっと……」
タクマは即答できなかった。この時代、自分がやり残したことは何だろうか……。
「あっ、そうか。俺、夏木卓真。こいつは有宮神威。この近くの高校に通う十六歳」
タクマが渋る理由を、名乗っていないからだと思ったのだろう。幼い自分が名乗った。タクマは困ってしまった。
「俺は……タクマ……」
「へぇー。俺と同じ名前なんだ。年は?」
「同じ十六」
何か大切なことを忘れているような気がする。それなら、とことん付き合ってやろうじゃないか。タクマは思った。
白い階段を一歩、一歩登っていく。やっぱりと尋都は思った。己がやり残した、否、意図してやらなかったこと。もう、やり直すことができないと知って、どんなに後悔したことか。でも、それをやることは怖い。
尋都はゆっくり階段を登る。