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Happily Ever After  -金さえ積めば、親でも殺すー  作者: 佐倉くも
CASE1 You don't need any brains to KILL
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page 6

窓を覗くと、灰色をしたラナブロワの町並みの向こうに、小さく塔が見えた。王都の中心にそびえ立つ、神居の塔だ。


「それじゃ、出発するよ。ダボナまではー、ま、明日の朝には着くかなー」


操舵席に座った眼鏡の東洋人が、やはり歌うような調子で言うと、船は動き始めた。

港が、ラナブロワが、そして神居の塔が、みるみる遠ざかってゆく。



「ラナブロワ王室の王子サマだぁ?」


壁に背を預け、どこから持ってきたのか缶ビールに口を付けていた褐色の大男が、素っ頓狂な声を上げた。


「そのモヤシみたいなのがかぁ?嘘だろ」

「嘘じゃねえよ。そいつの目ぇ見てみろ。真っ赤だろ?瞳の色が」


眼帯の女に促され男がこちらを向いたので、私は再び窓の方へ顔を背けた。


「太陽神サハの化身ってな」

「サハ?」

「この国の宗教。ま、そんなもんは迷信だろうが、その赤い目は王族の特徴なんだよ」

「アッサム三世には王子が二人居たと思うんだけど、君は弟のムータン殿下でいいのかな?」


東洋人が私を振り返ったが、私は応えなかった。


「なんでい、ジョーイも知ってんのかよ」


と不満げに言う大男を、


「アンタがモノを知らなすぎるんだよ、馬鹿リッキー」


女が一蹴した。むわり、と不快な煙が私の体を取り巻いた。女が煙草を点けたためだ。この船室は、とても狭い。


「申し訳ありません、殿下。ダボナまで、今しばらくご辛抱を」


傍らにいる侍従が苦渋の表情を浮かべた。


「良い、大事ない」


そう答えたのは私の精一杯の見栄である。


「そういえばよ、結局あのカローラの兄ちゃんたち何だたんだ?」

「・・・はぁ?」

「なんだよジャズ」

「なんだよ、じゃねえよ。アンタのオツムはプリンでも詰まってんのかこの筋肉バカ。クレムリンに決まってんだろ」

「レッド・クレムリン?なんでロシアンマフィアが出てくるんだよ」

「だーかーらー。・・・ったく面倒くせぇ。ジョーイ、説明してやんなよ」

「え、ボク?仕方ないな。あのね、リッキー。ブラワット王室・・・というか、現国王とレッド・クレムリンはズブズブなんだよ。でも今ほら、国王、彼のパパだけど、死にかけてるじゃない。だから彼と、彼のお兄ちゃんは跡目争いの真っ最中って訳。ロシアはお兄ちゃんに付いたんだろうね。で、彼にはシチリア。ロシアに喧嘩売るなんて、ルッツォも案外面白い男だね」

「はぁ、成程な。お前、若ぇのに大変なんだな。チョコレート食うか?おい」


大男がカサカサとポケットから包みを差し出したが、私は窓を向いたまま受け取らなかった。

海の向こうに、神居の塔はもう見えない。


「そういえばジョーイ。出がけに電話来てただろ。ありゃあ誰からだったんだ?」

「ああ、ペルツォフカさんだよ」

「ペルツォフカぁ?あ、リッキー、ペルツォフカってのは」

「おいジャズ、馬鹿にするな!知ってるっつの。何回も会ってんじゃねえか。レッド・クレムリンの女帝が、わざわざなんで電話してくるんだよ」

「『Good Luck』、だうだ」

「ハハ、相変わらず喰えねぇババア」

「ま、仁義ってやつだろうね」

「なんにせよ、毎度毎度、お家騒動なんてよくやるよな。あんな血生臭ぇもん、アタシは好かねぇよ」

「よく言うぜワン・アイ。泣く子も黙る隻眼の殺し屋サマがよ」



ブラワットの民は勤勉で、優しく、そして暖かい。

だが、女の口から出た「血生臭い」というその言葉が、事実無根ではないことは、私も承知している。


父と父の姉が王位継承を巡って対立したこと、そしてその対立が、国を二分する内戦へ発展したのは、たった二十年前のことだ。

原因は、ブラワット湾沖で発見された希少金属である。


ブラワットは、東南アジアにおいて、帝国主義による侵略の歴史を持たない数少ない国の一つだが、産業に乏しく、漁業と、僅かな土地での農耕にたよる小国であった。そこへ、ふってわいた希少金属である。


交易により外貨を稼ぐべきだという父と、昔ながらの暮らしを変えるべきではないという伯母。伯母自身は内戦が始まったころに病死しているが、父が王位に就くことを反対する伯母の支持者たちを軍警が制圧するまでに、二年もの月日を要した。

交易により得た富で、国がどれだけ豊かになったことか。内戦により多くの被害が出たと聞いているが、父の主義が正しかったことは、歴史が証明している。


先ほど東洋人が、父とロシアを「ズブズブ」と称したが、それは違う。

確かにロシアは我がブラワットの最大の交易相手である。当然、王室にも、ロシア側の貿易商たちの出入りはあるが、マフィアなんてとんでもない。ビジネスの相手である。


「殿下?やはりご気分が優れないのでは」


ビジネス、という言葉から、小一時間前に港の倉庫で眼帯の女と交わした会話を想起し、あそこに残してきた男の死体や、夥しい血の色が脳裏に蘇る。

もう吐く物などないというのに、再び吐き気を催した。


「おいおいモヤシっ子。大丈夫か?真っ青だぜ」


褐色の大男が私の顔を覗き込む。


「おや、船酔いかい?困ったなぁ。ジャズ、デッキへ連れてってあげなよ。風に当たってれば少しはマシだろう」

「はぁ?面倒臭ぇ、なんでアタシが」

「ロシアがいつ仕掛けてくるかわからないんだからさ、誰かが一緒じゃないと危ないだろう?」

「んなビップ待遇いらねぇんだよ。機関室にでも転がしときゃ良いじゃねえか」

「そういう訳にもいかないでしょ。ほら早く」

「リッキーに頼めよ」

「うーん、君と違ってリッキーは船の操舵ができるからねぇ。操舵室の中では君が一番無能じゃないか、ジャズ。働かざる者は食うべからずってね」

「ハッハー!涼しい顔してエゲツナイこと言いやがるぜ、ボス。そういう訳だ、早く行けよジャズ。ここで吐きまかされちゃ敵わねえ」

「チッ、Bull shit!わかったよ、オラ立てゲロ王子」


私としても彼女より大男に連れ出して貰えた方が有り難かったが、ともかく外の風には当たりたかった。侍従を手を借り立ち上がると、私は彼女の後を追ってデッキへ上がった。

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