上配殿下
真藤――決断の時……。
「――で、もう一人は?」と月道が真藤の方に目を向ける。
これに真藤は、ビシィッ!と畏まって反応して――
「はっ、はいっ!自分は真藤……真藤響と申します!」と自己紹介!
「なお……佞邪王(釣幻)には真藤を――氏が『群』、名は『麻』、字が『深栄』という者で紹介しております!
昨日、王と顔を合わせる機会がありましたので……」と貴狼も補足を加える。
「そうか!それで儂は『真藤』と『深栄』のどっちで呼べばよいのじゃ?」
この月道に問いに貴狼は「佞邪国内では『深栄』の方が賢明かと……」と答えると、そのまま直ぐに「それと――お耳を拝借致したいのですが……」と嘆願。
「……ん?」と疑問に思いながらも、貴狼に対し耳を貸す体勢で応じると月道。
貴狼はその耳に向かって直接小声で……真藤が平成日本からの転移者であることと、元から回復系の魔法が使える者いう事実を。さらに貴狼が保護するまでの経緯を告げる。
その事実を訊き終えた月道は「そうかそうか!」と嬉々として応えてみせる!
「どうじゃった、深栄!? 儂らの京賀国の民は!?」と月道が真藤に問うと――
「とてもよくしてもらいました!」という真藤が笑みを浮かべて答える!
これに月道は満足気に「そうかそうか!」と笑みを浮かべて――
「もし深栄の身に何かあったら……儂はその加害者共を殺らにゃならんかった!」と続ける!可愛らしい見た目と言っていることの差が激しい……!
「!?」
笑顔を硬く貼り付けてまま、固まってしまう真藤。時が止まっている……。
これに焦った貴狼は慌てて月道に向かって――
「上配殿下……!祝いの席で左様な御戯れはっ……!」と助け船を出す!
「すまんすまん!洒落にならないことじゃなっ!ははははははっ!」
この月道の笑いに、真藤は口角を引きつらせたまま――
「あははははは……」と力なく笑うのみ……。だが、その目には元気がない……。
真藤は気づいてしまったのだ!あの『殺らにゃ』と言った時の月道……。
その時の月道は顔こそ笑っていたが、その目がちっとも笑っていなかったことを……。
「……!」
月道の戯れを聴いた陽玄。いつもの無表情のまま生気が失せている……。
陽玄は生まれてから数えるほどしか月道に会っていない。それ故に、月道との思い出の数々は既に薄れてしまって――よく覚えていない……。
しかし今日の月道の御戯れは――しばらく忘れられそうにない……。
「あなた……!」と照泉が月道に強めな声を掛けると、月道は――
「ごめんごめん!」と慌てて謝る!そして「あははははっ!」と笑って誤魔化す!
その謝り様は軽い者だったが、その笑い様はどこか弱々しい……。
前君主の配偶者故の境遇か……。それとも単純に妻には頭が上がらない性格か……。
照泉と月道が夫婦のやり取りのしている隙を突くように、貴狼が――
「上配殿下はああも可愛く見えるが――怒れば非常に恐ろしい御方だ!
まぁ……故意でないミスは笑って許して下さる……かもしれん……。
だが……少しでも反旗を翻した者には、その者の一族郎党にも大害を施しなさるぞ!
故に万が一にも上配殿下を怒らせてくれるな……!
上配殿下の怒りようによっては、俺でも止められん!」と小声で注意を促してくる!
これに真藤は「で……でも……上伯殿下がいるなら……大丈夫じゃ……」と疑う。
しかしその疑いは、貴狼の「止められはできるが、喧嘩したら小さい屋敷の一つ分なぞ簡単に吹っ飛ぶ!」という一言で吹っ飛ぶ!その時の目も本気時!
その結果、真藤は「は……はい……気を付けます……」としか返せなかった……。
「そういえば、深栄!お主――この先、何所か行く当てでもあるのか!?」
この月道の問いに、真藤は「い……いえ何所も……」と弱々しく答える。
次の「じゃぁ……勤めるところも?」という月道の問いに至って、真藤は――
「ありません……。前の世界に至っては浪人生でした……」と絶望気味に答える……。
――どうしよう……地雷踏んじゃった……!と明るい月道も内心で焦る……。
「上配殿下!私はこの深栄を――是非、我が京賀国の官吏にすべきです!」と貴狼が月道に対して、真藤を京賀国の官吏に取り立てるという提案をしてくる!
この提案に真藤は「ええっ!? それって“国家公務員”ですか!?」と驚きを隠せない!
そんな真藤に対し、月道が平然と「そうじゃ!」と返してくる。
「で……でも……僕は前の世界で大学受験に落ちてしまい――」と言葉を返す真藤。
だがその最中に、月道の「そんな経緯はどうでもよい!」と遮られる!
「えっ……!?」と言葉が出なくなった真藤に対し、月道は――
「今は学なんぞ関係ない!! 知識なんぞ必要最低限あればよいし、なかったら学べばよい!!
儂らが訊きたいのはお前のやる気じゃ!! 就職するかしないのか!?」と続けてみせる!
今――京賀が必要としているのは転生者や転移者!すなわち、この世にない発想者!
先の月道の言葉を聞いた鋒陰は「うんうん!」と肯く!実際に彼も簡単な試験を受けただけで、学なぞ全く積んでいない……。この世界に限っては……。
次回予告:多分、佞邪王の話まで行くかも……?