第五話:工作と諜報
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2019/09/28/第2次改稿
「話の途中みたいだが、聞きたいことがある! 良いか?」と声を上げる鋒陰。
鋒陰は『撞岩猛己』という名に全く動揺していない。
これに「何だ?」と貴狼が鋒陰に用件を訊くと、その口から――
「さっきの『撞岩猛己』って誰?」という返答が返ってきた。
どうやら、鋒陰は猛己について知らなかった故に、動揺していなかったようだ。
こんな鋒陰に、微妙に呆れる部屋内の一同。陽玄も鉄面こそ崩していないが、その内心では――世間が知る猛将を知らんとは……。と微妙に焦ってもいる。
結局、貴狼が「ふう……」と小さくため息をついてしまうものの、鋒陰に――
「貴殿も――奴の名だけは聞いたことがあろう?」と猛己について語り始める。
「逆を言えば、聞いたことしかないぞ。貴兄!」
「撞岩猛己――“猛将”と謳われている『佞邪救国政府』の開闢の功労者に成りあがった、脳筋よ!
氏が『撞』で、名は『岩』。『猛己』は字だな。
元々は『大河』という豪族の当主だったが、分裂する前の『救国政府』に『次席』とやらに迎えられた際に、今の名に改名したらしい……」
「貴兄の話を聞く限りだと、とーっても強そうな奴だな!」
「ああ、しかも規格外にな! 数年前の『救国政府』の決起に奴が加わっていなかったら、僅か数日で楽に鎮圧できたものを……。奴の筋力が知力を上回るとは思わなんだ……」
この貴狼の忌々しげな発言をきっかけに、月清が――
「何しろ、大きさが馬二頭分の猪を、一発の鉄拳のみで仕留めたというくらいです!」と続き、これに紫狼が「これ、本当の話!」と補足。
そして、時狼も「モーッ、事実で化け物!!」と感想を添える。
「すっごい奴なんだな~!」と鋒陰は思わず感嘆の声を漏らすが、どこか乾いている。
きっと、『猛己』という者の圧倒的な力に実感が持てないのだろう。
あるいは、皆が言うほど大したことはないと考えているのか……。
そんな鋒陰の本心を陽玄は見抜いていたが、あえて口を開かない。
そして、貴狼も鋒陰の本心を半ば見抜いてはいるものの……。
鋒陰が猛己に恐れを全く抱いていないことを良しとして――
「宰相殿下! 猛己は、今何所で何をしているか?」と月清に話かける。
既に京賀国は数か月前から反乱政権の鎮圧に向けて動いている。
現在に至っては、準備が終わり、鎮圧実行命令を全軍に下すだけ。
そのタイミングを見極めるために貴狼は、月清を通じて敵情の最終確認を行う。
これに月清は――こんな鋒陰の前で機密を……? と戸惑いを感じたが。
――最初から無用な者を連れてくるはずがない! と思って話を始める。
「はい、閣下! 過穀政権を、自領内の大半の兵を以て攻めている最中です!」
「――すると、畔河の方に奴はいないわけだ! そうなると、誰がそこの留守を?」
「猛己の長男である傍矛が留守を担っているようです。
なお猛己の次男である攻巳は父に連れられて、過穀にいるようです」
ここまでの月清の報告を聴いた貴狼は「はははははっ!」と大笑いして――
「やはりか……! しかも、ここまでとはな……!」と無表情に述べてみせる。
「……」
貴狼の表情の急変に、何も言えなくなるほどの不気味さを感じた室内の一同。
そして鋒陰だけが「貴兄はこうなることを予測しておったのか?」と反応する。
すると、貴狼が得意気にニヤリと口元を緩めて――
「ふっ! 何しろ猛己が――あの忌々しい『佞邪救国政府』という賊共を割ってくれるように仕向けたのは――この俺よ!」と話し始める。その親指で己自信を指して……。
「でも――『畔河政権』とやらの首領の名前って訊く必要あったのか、貴兄?」
「確認のためだ、貴殿! 奴以外にも、賊共を割ってくれそうな奴がいなかった訳じゃない。
とはいえ、準備や訓練の関係上、猛己の挙兵はもう少し先になると踏んでいたのだがな。
まぁ、奴が今挙兵するにしないにしろ、今日の軍議は予定通り開くつもりだった!
既に必要な準備は済んでいる。後は京賀国がどう動くかだ!」
実は……貴狼は摂政に任じられて以降、京賀国が誇る諜報機関や個人的な密偵を活用して、佞邪救国政府に限らず、他の諸邦への工作活動や諸外国への諜報活動を続けている。
例えば、他の国が本邦(京賀国)に攻め込まないように、その国の首脳部に対して別の国を攻めるように仕向けたり、同国の地方の有力者に反乱を起こすように唆したりというもの。佞邪救国政府は後者の例に倣い、その毒牙に掛かってしまったのだ。
また、追加の例としてはその国の反乱勢力への支援も挙げられる。
貴狼が今日までに何をしてきたかを、直感で正解に辿り着いた鋒陰は――
「流石は、摂政に任じられたことはある!」と舌を巻く。
ところが、貴狼は自分がしてきた活動を誇る様子を見せず――
「しかし、猛己の長男の傍矛が畔河の留守をしていると聴いた時は、ここまで予測通りだとは思わなんだ! 俺はてっきり猛己の次男坊が留守をしても“ありだ”と踏んでいたのだがな……」と意外の念を禁じ得ない心中を吐露した。
「何で貴兄は、そう思ったのだ?」と鋒陰が訊いてみると、貴狼は――
「詳しいことは後ほど話すが、長男の『傍矛』という奴は“へたれ”でな。
逆境には絶対に耐えられず、戦に必要な“勇気”があるかさえ怪しい男だ!
その上、政治や兵法に関する学問にも疎い!」と返答してくれる。
続いて時狼も「絶対に傍矛の辞書に“勇気”はないな!」と断言。
この断言に貴狼も「そうだな。そうだったな」と呟く始末。
これに陽玄が「そんなに相手を低く評して大丈夫か?」と心配するが……。
「そうは言われましても、そのせいで傍矛は猛己の家督を継ぐことを許されぬ身なのです。家督は次男坊に譲られる予定ですから、傍矛はもう家のお荷物でしょうな」
この貴狼の発言に、陽玄は――何だか、他人事ではない気がする。と思った。
何しろ、自分自身に“一族の中で有能な者”という自信がないから……。
次回:そろそろ『畔河』ものぞいてみよう!
今回の登場人物
*京賀国
・陽玄:京賀国君主。現在三歳。
・鋒陰:陽玄の師。現在四歳。
・貴狼:京賀国摂政。
・月清:京賀国宰相。陽玄の父方の叔父。
・紫狼:京賀国秘書。
・時狼:京賀国宮宰(侍従長)。




