完勝
まだ終われない官男軍……!
世歴八百四年四月四日 午後三時頃 佞邪国 丘幸東部近郊 佞邪軍総本陣
「何~っ!魯夫(湧恩の字)が『討たれた!』だと~っ!」と昼寝を邪魔されて報を聞いた直後の、釣幻の驚きの第一声。
「はい……丞相閣下!我が中団の捜索部隊(臨時編成)が北団の追撃進路を捜索したところ、『北団の一騎兵が死ぬ間際にそのようにお聞きした』と……」
俊雄は冷静に報告を続ける。まるで“遂にこの時が来たか”という呆れよう……。
「まぁ……あ奴は激昂しやすいからな……。さては、熱くなったところを――」と呆れつつ推測を述べる釣幻に、俊雄が「討たれたかと……!」と付け加える。
湧恩は佞邪国の指揮官として勇名を馳せていた。しかしその分、頭に血が上ったり功を焦ると、すぐに周りが見えなくなるという指揮官としては致命的な性格の持主。
自身より年上であることと幼少のころから仕えてきた重臣ということで、釣幻は常にこの件でやんわりと湧恩に注意を促してきたが、もうその必要はなくなった……。
「……そうういえば、北団はどうなった!?」と俊雄に報告を求め続ける釣幻。
「既に虐殺され尽くした後でした……。先と同じ捜索部隊の報告によりますと、『先の騎兵の周辺に、多数の北団の将兵の死体が“散らばっていた”!』と……!
なお、討たれた魯夫の遺体はそれらしきものさえありませんでした……。
おそらく官男軍が“戦果”として持ち去っていった後かと……」
「先の南団の件と同じく官男に下った反逆者共はおったか……?」
「ええ……先の騎兵と同様に、『一槍兵が死ぬ間際に、百名以上の兵が官男軍に下って共に退いていった!』という報も入っておりました……!」
この俊雄の報告を聴いた釣幻は――またか!と言わんばかりに呆れてしまう。
同時に「ふーっ!」とため息を大きく吐いてみせる。この直後に――
「あ奴も茶母(網郷の旧姓)以上には使える奴であったが……所詮は生塵であったか……!」と失望を露わにする。
もう離反に慣れたのか、この時の釣幻に怒りの色は見えない。
その場にいた彼の側近達全員も――あまりの失望に怒れないのか!と思っていた。
だが、彼の息子である故に、俊雄だけが知っていることがある……。
この時の釣幻の怒りが極みに達していることを……。
その証拠に、昨日(同年四月三日)の離反で殺された網郷を旧姓の『茶母』で呼んでいる。これはこの旧日汎王国域内では最大の侮蔑行為!
大陸式の名前を持っている者に対して、かってその者が捨てた日汎式の名前で呼ばれる時は、原則として“正式に”官職や爵位等の身分を奪われた時のみ!
故に身分が正式に奪われていない時だと、非常に失礼な行為!
万が一にでも旧日汎王国域内の“皇帝”を日汎式の名前で呼べば、呼んだ者は自身の一族郎党ごと抹殺されても文句も言えない……。
――とにかく、このままでは釣幻がいつ怒りを爆発させて目に映る者を片っ端から処刑してもおかしくはない!と危機感を感じてしまった俊雄。
「丞相閣下!丘幸に伝令を遣り、魯夫の一族郎党を処刑しますか!」と即座に釣幻に極めて物騒なことを進言する!
この俊雄の過剰ともいえる反応に、釣幻は――
「早々に処分を決めることもなかろう……!主だった者を牢に放り込むに止めておけ。
他には構うことはない。増えた塵共の判断は後に決める……!」と言い残して、自身の天幕へと戻っていった……。
俊雄は安堵したい気持ちを堪えつつ、平然と「御意!」と応える。
――釣幻は間食でもするつもりか……。とこの時の俊雄の暢気な考え。
――さて……塵をどう処分するか……!とこの時の釣幻の過激な考え。
佞邪軍の新たな離反兵を加えて兵力の決定的な窮地から脱した官男軍は、今日の午後二時にこの戦場から西の過穀方面へと撤退していった……。
これを以て、後世に『佞邪君共決戦』と呼ばれる一連の戦いは終結した……!
結局、官男は“佞邪の解放”という目的は果たせなかった……。
――自軍が絶望的な兵力になっても、加わってくれる者達はいた!まだ終わったわけではない!と楽観的と非難されても文句も言えない、官男の胸中。
――さて……“時”はいつになるか……。と腹に一物を抱える暖沼。
現在、官男軍は自らの本拠地である過穀に六時間かけて向かっている最中。
しかし、この時の官男軍全員は、過穀が既に京賀軍の手に渡っていることを毛程さえ頭にない。暖沼を除いて……。
同日 午後四時頃 京賀軍占領地 過穀 京賀軍総本陣
「情報によると、既に官男軍は佞邪軍に敗れ、過穀へ向っている!」と軍議の場での貴狼の第一声!軍議と言っても、簡単な打ち合わせ程度だが……。
ちなみにどうやって、今の官男軍の情報を手に入れたかは機密である……。
「官男軍は一枚岩ではない!そこを突けば――」とこの陽玄の第一声に、鋒陰が「完勝!」とノリノリで付け加える……!
そろそろ終わりそうな官男軍……!