第四十一話:不文律
官男軍の一日は終わらない……。
「どの方角から狼煙が上がった!?」と伝令兵に尋ねる官男。
本陣内を占めている味方から驚きと不安の声が続出する中で、この冷静な対応。
もし誰かが「何故、このような冷静な対応ができたか?」と問えば――
「予測できていたこと。これで浮足立っては『主席』は務まらん!」と返してくるだろう。
「西の方からです! それに狼煙は佞邪国の軍が攻めてきた場合でした!」
「全軍、西へ向かう! 直ちに出征の準備を始めろ! 日が沈む前には過穀を発つ!
それと捕虜はすべて殺せ! 奴らにかかる手間と、食わせる兵糧を省くのだ!」
伝令兵の報告を聴き、官男は即で“出撃準備”と“捕虜虐殺”を全軍に命令!
直ちに全軍はこの命令を受け、実行していく。ただし、その過程は以下の二通り。
先ず『出撃準備』を実行していく同志達の方は――どこかその各々の手が戸惑っている。
激闘を終えたというのに無休息で出撃ということも理由にある。
ならば一番の理由が――全軍が西へ出撃すれば、過穀が無防備になること。
もし前世の者達が今の過穀にいたら――
「“『無防備都市宣言』(あるいは『無防備地区宣言』)”を行えばよい!」と主張する者がいるかもしれない。その主張その自体は間違っていない。
この乱乱乱世でも、一応は古来からの“戦時国際法”の類がある。だが、“不文律”である以上――それが守られるかは各指導者の“性格”や“言動”にかかっている。
何せ“罰則”以前に、“裁いたり”することができる上位の存在がいないのだ……。
ましてや今のこの乱乱乱世では、その『不文律』を知らない国家首脳陣が多い。
過穀政権の官男や畔河政権の猛己らも例外ではない。
無論、例外としては佞邪国の“釣幻”は『不文律』を知ってはいるが、この『不文律』が今の乱乱乱世で通じるとは、毛ほども思っていない……。
大概の輩に『不文律』を用いたところで、「好きにできる!」と勘違いされるのが落ち。最悪の場合では、一個の地方自治体住民全員があの世送りということも……。
「同志主席! このまま出撃を敢行しますと過穀が無防備になる恐れが――」
この暖沼の警鐘に、官男は途中で――
「構わん! 猛己軍の背後には京賀がいる! もう易々と過穀には攻めん!」と半ば“現実”、半ば “希望的観測”で遮ってしまう。
自身ではこの『希望的観測』を嫌ってはいる。しかし、自政権と数倍の国兵力(国力と兵力)を誇る佞邪国相手では――己の“好み”なぞ言っていられない。
第一、君主国が己の好みに付き合ってくれるはずがない!
もう“戦るか戦らない”の話ではない! “死ぬか生きるか”である!
「では続けて、守り留まるならともかく、攻め行くに足りる兵糧の確保には時間が――」
この暖沼が突きつけてきた報告にも、官男は途中で――
「ただ佞邪軍を追っ払うだけだ! 兵糧は十分でなくてよい!」と遮る。
この時の官男に至っては、完全に感情論である。
そもそも官男自身、この短時間では『攻め行く』どころか、『守り留まる』に必要な量の兵糧さえ確保するのに難しいと考えている。故に現実逃避!
古来からの「腹が減っては戦はできぬ」という兵糧の大原則を知っていているくせに 、この対応。余裕がなくなって、無意識に“厚い化けの皮”が剥がれつつあるようだ……。
「それならば、直ちに手配します! では――」と暖沼は素直にこの場を辞していく。
官男の無茶に一切口答えしないのは、したら粛清される可能性があるため。
それに、官男に対して“怒り”や“疑問”といった感情を抱いている訳でもない。
――そろそろ官男も限界かもしれんな……。と内心で“見限っている”だけ。
これ以上大陸の民である己が、島国の者に付き合うことはないだろう……。
一方、『捕虜虐殺』を実行していく同志達の方は――全く人を殺める手が緩んでいない。
官男軍のいる岸側からすぐそこの対岸では、過穀の政庁圏内の市街地――その全ての建物が煙を上げて燃えている真っ最中! しかも官民問わず!
灰になろうとしている建築物群は、過穀の主要部の内の半分と言っても良い。
その犯人が先程戦った猛己軍であることは明白である。
犯人が分かってすぐ近くいるのなら、ソッコーで恨みを晴らしに行きたい!
しかし、対岸へ渡すための橋はすでに失われ、川を泳いで渡る体力も惜しい。
ならば、犯人らの仲間である捕虜らで憂さ晴らし!
対岸の恨みも、当岸で晴らさせてもらうことにする!
捕虜の全員が皆一様に、官男軍の親衛隊の手によって斬られ――殺された!
こんな捕虜らに対し、官男軍にも“同情”の念を抱くものは稀にいたが、“助命”の二文字を思い浮かべた者は誰ひとりいなかった……。
捕虜らの唯一の救いは一瞬の苦しみであの世に行けたことだろうか……。
そして捕虜らの肉塊は――すぐ近くの川に投げ捨てられていく……。
この世界では殺した敵を土葬する習慣というものが、ほとんど根付いていない。
現在から二百年ほど前に、東西のそれぞれにあった超大国の同士の大戦が収束して以降、分裂した国々が敵の死体をきれいに残してやれないかと注力した結果であった。
それは、この世界では人間を含めた生物を“蘇生”させる技術があるからだ。とはいえ、全ての生物を蘇生できるわけでもないし、“手遅れ”の場合もある。過信はされていない。
次回予告:ようやく畔河に戻った猛己……。
京賀軍VS猛己軍の決着の時は近し!!
今回の登場人物
*佞邪救国政府過穀政権
・官男:過穀政権の主席(最高指導者兼元首)。
・暖沼:過穀政権の書記(首相)。官男の右腕。




