第一話:天下を取る!
長らくお待たせしました。新作となります。
第一回改稿:2019/02/24
第二回改稿:2019/09/14
「余は――天下を取る!!」
「「「「……!?」」」」
自らの君主である少年の呟きに絶句する大の男共三人(小柄を含む)。
その君主――氏が『零』、名は『魂』、字が『陽玄』。
今年で四歳(現在、三歳)にして、この京賀国の君主位である京賀公に就いている。
鉑の長髪で、可愛らしくも凛々しい、母親似の整った顔立ちの持主でもある。
ここは京賀という国。邦玖と呼ばれる大きな島の北部に在る国。
自国周辺に点在する諸侯国と共に長王朝という連邦を構成している一国である。
その王朝内での国の地位は、第一位の佞邪に次いで二位。
王朝内では結構な大国。そう諸外国に見られているが、王朝内での発言力は皆無に等しい。
――さらに、ここはその国の首都。都の名は尽子。
王朝内どころか邦玖内でも有力な貿易港と工業地帯を有する、京賀の最大の都市。
当然、首都である以上は、宮殿も存在する。
そんな宮殿の主に「午後に話がしたい!」と呼ばれて――なんだろう?
そう思って部屋に入ったら、冒頭の「天下を取る!」という御言葉が聞こえて来た!
その御言葉を聞いた大の男共は驚きのあまり声を発することに気が回らなかった。
それにこの瞬間だけは――正座中の負担が全く感じられなかった。驚くのも無理はない。
何しろ、尽子には諸外国から来た間諜が少なくない。
無論、同じ連邦に属するはずの諸侯国からの間諜も然り。
そんな諸侯国の中でも佞邪国の間諜数は最低でも二桁と推測できる程。
それ故に――いくら対策を徹底しているとはいえ、この宮殿内にも数人くらいはいる!
男共のみならず、この宮殿に仕える者達は皆、このような思いで陽玄にお仕えしている。
もし先の「天下を取る!」という発言を間諜に聞かれたら、各国から「京賀国から自国への宣戦布告」と解釈されることだろう。
そうなれば諸国同士で大同盟を組んで、京賀国を袋叩きにすることだろう。
そして、その戦争は京賀国の滅亡を意味している……。
以上の理由から、男共は一斉に部屋の外の人の有無を確認していた!
しかも、無言のまま天井裏や床下までに及ぶ徹底ぶりである。
その心中は――あの発言は聞かれていては京賀国の存亡に関わる! という憂い一色。
そんな彼らが外には誰もいないことを確認し終えると――全員着座。もちろん正座。
「殿下! 恐れながら……御言葉の真意が、臣には計り兼ねます……!」
京賀国の秘書で眼鏡を掛けている男が、困惑の第一声を上げる。
彼は氏が『希』、名は『特勒』、字が『紫狼』という臣下。
意味が分からなかった人。いきなり主君から「天下を取る!」だもの。無理もない。
「殿下! 『天下』という言葉は、軽々しく御口に遊ばす言葉ではないはずです!」
続いて京賀国の摂政である美丈夫も、冷静且つ鋭く声を上げる。
彼は氏が『火』、名は『虎高』、字が『貴狼』という臣下。
紫狼の義兄でもある。意味が分かったけど、それ故に困惑してしまった人。無理もない。
「殿下、少し失礼致します!」と立ち上がった貴狼。彼は陽玄に近づいた。
「?」
眉を顰めて困惑する陽玄。貴狼はそんな陽玄を全く気にせず――
「ぺいっ!!」と叫んで陽玄の頬を思いっきりつねりながら、引っ張った!
「「……!?」」
紫狼と他一名に関しては、目の前の光景に呆然とするばかり。何も考えられない。
只々、「ぶにゅにゅ~ん」と頬が伸ばされていても可愛い陽玄を見ているだけ……。
「にゃにゃにゃ、にゃんだ!? (ななな、何だ!?) 貴狼!?」
突然の摂政の無礼に、口を真一文字に引っ張られている陽玄。真面に喋れない。
「申し訳ございません、殿下。正気かと存じまして」と陽玄に謝罪する貴狼。
しかし、彼の顔には「申し訳ない」という気持ちが表れていない程に――平然。
加えて、彼の両手は今も陽玄の頬を引っ張ったまま。
こんな貴狼に「余は正気だ! はにゃしぇ(離せ)!」と陽玄は答える。
ようやく陽玄の頬から両手を離した、当の貴狼の口から出た言葉が――
「いえ、私の正気です。疲れて幻聴が聞こえたのかと……」
この貴狼の答えに、君主として冷静でいることを心がけているはずの陽玄の口から――
「自分の頬でやれ!」という取り乱れたツッコミが出てしまった。
しかし、取り乱しごとはこれだけで終わらなかった。
「殿下! 私め、足が痺れそうなので。
あの小僧のように胡坐をかくことをお許し願い申し上げたいのですが……」
紫狼の義弟で、京賀国の宮宰(侍従長)である男も続く。ただし奏上の声。
彼は氏が『亜』、名は『毛化』、字が『時狼』という臣下。
正座で足が痺れてきそうなので、幼君の傍にいる子供を引き合いにする人。無理がない?
「あぐっ!!」
結局、彼は「これ!!」と紫狼の平手を「ペシッ!」頭に受ける結果となった……。
一方、時狼に指された当の少年は「ふわぁ」と暢気に欠伸している。
貧しい布を生地としている服装から、平民と推測できる。
とはいえ、国の首脳部が集結している部屋でただ一人胡坐。自由奔放。
こんな無礼な子供は叱責どころか、部屋から追い出されてもおかしくはない。
それどころか、この部屋はおろか、この屋敷にすら入れない身分であるはずだが……。
「よい、特勒。毛化に限らん。皆の者――楽にするがいい!」
男共に胡坐をかくことへの御許しを出す陽玄。
「そういうことだ。楽にしろ、楽にしろ!」と続いて男共にそう促す少年。
「殿下、御一つよろしいでしょうか?」と彼の正体について、陽玄に訊いてみる紫狼。
陽玄は「何だ、特勒?」と快く紫狼に応じてくれる。
ちなみに、この時点で部屋内の全員の態勢が胡坐に移行済み。意外ときつかったらしい。
「この者は一体……何者で御座いしょうか? 殿下……」
「怪しい奴と思うてのことか、特勒?」
「まぁ……。実は理由は不明ながら、私的には、むしろ妙な親近感を覚えます。
しかし、公的にはそのように存じて……申し上げるを得ません!」
紫狼の返答を聴いた陽玄は静かに肯くと、目で件の少年に合図を送った。
すると、少年は「よく聞けい!!」と勢いよく立ち上がって――
「儂は氏が『壱』、名は『魄』、字が『鋒陰』という者だ!!
齢四つにして、今日からこの京賀公の師となった!! 皆の者共、存分に喜べい!!」
この鋒陰の紹介に、紫狼と時狼は口を開けて、目をパチクリさせるばかり。
この時点で紫狼は内心で――いくら何でも実力が分からない者を……。と戸惑う。
時狼に至っては内心で――この京賀……オワタ……。と絶望している。
既に時狼の目から希望の光が失われている……。最早、死人の如し!
しかし、貴狼だけが冷静に「よろしいかな?鋒陰と申す者よ?」と鋒陰に尋ねる。
これに「何かな?」と鋒陰が貴狼に応じると――
「我々を喜ばせたいのなら、私からのいくつかの質問に答えてもらいたいのだが?」
「ん? そうすれば貴殿は喜んで認めてくれるのか……?」
「勿論。まぁ、質問の答えにも依るがな」
すなわち、試練の結果で、鋒陰を陽玄の師を認めるということである。
この二人の会話を見守っていた陽玄は、目で――信じてるぞ……! と鋒陰を応援する。
以下次回予告。
頑張って答えてくれよ、鋒陰!!
物語が終わるから!
今回の登場人物
*京賀国(後に尽)
・陽玄:京賀国の君主。現在三歳。
・鋒陰:陽玄の友にして兄貴分。現在四歳。
・貴狼:京賀国の摂政。
・紫狼:京賀国の秘書。
・時狼:京賀国の宮宰(侍従長)。