第十七話:博多の水炊き
これぞ――鍋の中身!!
「まぁ、ずっと昔に……大陸の軍隊に攻め込まれて以来だな……。
大陸式の名前で呼ばれることが、全庶民の憧れになっちまったよ。それも“自発的”にな。
要するに――勝った軍隊の真似をしたいってことだな。
――で、反対に……敗戦国の真似はしたくないってことだな……」
この仙水の締めくくりをきっかけに、部屋内にはしんみりとした空気が流れる。それでも真藤以外の四人は皆、食事を続けている。しかし死んだ目で……。
今日の夕飯はおいしいのだが、彼らがそれを自覚しているかは定かではない……。
――何が悲しくて、自分らを負かした国の真似をせねばならんのだろうか……。
そんな湿っぽい空気に……キョロキョロと周りを見渡す者がいる。新参者の真藤である。
きっと――自分のせいでこの空気を造りだしてしまった! と考えたのだろう。
それに起因する責任感を感じてしまった真藤は、この空気を打破すべく――
「そういえば、おいしいですね! これ!」と別の明るい話題を切り出すことにする。
内容は今日の夕飯についてだ。ベタ過ぎるが今の真藤の頭ではこれが限界。
そんなベタな話題でも、これに仙水が目を純粋に輝かせて――
「そいつはよかった……!! 何しろ……多分、お前と同じ世界から転移してきた料理人が腕に縒りを掛けて作ったそうだからな!!」と口角を上げる。
「具材は鶏肉に豆腐と椎茸、それと春菊と葱……。
後は “キャベツ”……分かりました!! これ“博多”の“水炊き”ですね!!」
「ほう……。食ったことがあるのか!」
真藤の次なる嬉々とした反応に、気をよくして顔を笑顔で解していく貴狼。これを機に、部屋内の空気が温かい空気に変わっていく……。
事実、陽玄と鋒陰の二人の目にも、幼子に相応しい純粋な輝きが戻っていく……。さらに二人の口元の動きにも柔らかさが滲み出ている。
「福岡(市)に行った時に……!」と照れながら貴狼に答えていく真藤であった……。
その後、話題は “貴狼の前世”についてや “真藤が前にいた世界”について次々と移り、その後の夕食はより――朗らかで和やかなものとなった……。
同日 午後八時頃
それから少し時を経て風呂も済ませた一行は、就寝までのひと時を将棋を「パチパチ」と指して過ごしている。政務が残っている仙水を除いて……。
そんな一行の中で「他にも、僕のような人がいるんですね!」と将棋を指しつつ話す真藤。
一方、真藤と指してながら対話している相手は――貴狼。
「時間があったら、会いに行くといい……」と応えながら貴狼は余裕を崩さない。
前世であれば有段者クラスの実力。そんな彼に真藤は必死に食らいついていく……。
「そういえば……『血布党』の話はまだ途中だったな!」
血布党の続きという話題を持ち出しながらも、局面を考えることもやめない貴狼。
一つの脳で二つのことをこなす。男にとっては至難な技を軽々とこなしていることから、貴狼が只者じゃないことがよく分かる……。
これに対し、「そういえば、そうでしたね……」と指す手がどこか緩んでしまう真藤。
有段者クラスでない彼に、話しながら将棋を指すなぞ――赤子の手を捻る様なもの。容赦がないと言われても反論できない。また貴狼も反論する気がない。
でも、まぁ許してやってくれ。貴狼は独身。無意識に孤独で寂しがり屋な存在。
丁度、新しい弟分ができて、そいつと喋りたい時機なんだもの……。
「元々、この『長(京賀国が臣従する王朝)』の国にいる『血布党』は旧佞邪国領だった……“過穀”に本拠地を置いてる集団よ!
奴らは“畔河”の『主民党』と組んだ後も、自分達の本拠地周辺を中心に考えるから、最近まではそいつらと角突き合わせていた訳だ!」と喋りながら指し続ける貴狼。
最初から喋らずに指していた時と全く違いは見られない。
「元々は思想も違う二つの集まりですから、そう簡単に一枚岩にはなれませんよね!
ましてや元々は別々の国にいた人たちですから……!」
真藤も負けじと指し続けるも、その手にはどうも迷いが見られる。
やはり、彼にとって不利な戦いを強いられている……。
「その通り!しかしながら、形だけ一つの集団ができたがな、その内部は真っ二つよ!」
「そういえば、佞邪救国政府って何時できたんですか!?」
「今から……四年程も前だな!」と王手と共に応える貴狼。
このことに「あっ……!」と声が真面に出てくれない真藤。
貴狼が「待ってやろうか?」と情けを掛けるものの、真藤は静かに――
「いえ……。投了させて頂きます……」と静かに敗北を受け入れた……。
そんな彼に、貴狼はこの戦いは気にするなと言わんばかりに――
「そう気を落とすな。今のお前なら、俺以上の奴といい勝負ができるさ!」と笑って励ます。
すると真藤が「摂政閣下以外にも強い方がいるんですか?」と訊いてきた。
「まぁな……。今のところ、“将棋”だけに関してだがな……」
――将棋以外では誰にも負けん! と言わんばかりに片側の口角を上げる貴狼。
他にも他人に劣る面がたくさんあるくせに、こんなに勝ち誇っていいのやら……。
その頃――陽玄は鋒陰の強烈な王手に「待った、待った!」の連続。
――例え、恥を忍んでも勝つ! 諦めないことが彼の前世の教訓であるはずだが……。
次回予告:何で佞邪救国政府が二つもあるの?
今回の登場人物
*京賀国
・陽玄:京賀国の君主。まだ幼い。
・貴狼:京賀国の摂政。
・鋒陰:陽玄の師。まだ幼い。
・真藤:平成二十九年からの転移してきた日本人浪人生。