南石の戦い
大変お待たせしました!いよいよ尽と隈の戦いの火蓋が切って落とされます!
命令を実行すべく馬上の人となった弓生と入れ違いに――
「大将軍!よろしいでしょうか?」と改長にかかる声。声の主は等玖である。
現在、等玖が率いる左集団は予備部隊として、この戦場になる地の一歩手前で待機中。
左集団は攻勢時には止めの援軍役。撤退時には救いの援軍役を担う予定となっている。
とはいえ、その左集団の指揮官が現場を離れている。それも一番大事な時に……。
この事態に――お前今何でこんなところにいるんだ!? と言いたげな不愉快な表情する改長。
しかし改長は感情を抑えて、「何だ!?」と一応は話に応じる姿勢を等玖に見せる。
自分のしたことが“愚行”だと自覚できない等玖でもない。
その等玖が“愚行”を敢行している以上、等玖の話を確かめる価値はある。
「危険な手段と承知で申し上げますが、今すぐに左集団も攻城戦に参加させて頂けないでしょうか?」という等玖の提言に、改長は表情を緩めて「ほう……」と関心する。
「既に周辺の偵察を数回重ねましたが、今も尽の別集団を発見できておりません!
このことから察するにその別集団は、既に尽の城に籠っているかと!
今いる戦力で攻城戦を行っては――少なくない被害を被る危険があります!
何しろ今の隈の兵力は七千二百に対し、尽はその戦力を若干上回る……最大八千の兵力を自軍の城の中に収容することができるのです!
大将軍!ここは左集団を加えた一万二千の兵力で、一気に城を落としては?」
「お前の言いたいことは分かった!――が、それには及ばん!」
補足が加わった等玖の提言を、改長はやさしく一蹴してみせた。
そして「理由をお聞きしても……」と等玖が説明を求めると、改長が――
「先ず尽の城に八千の敵が籠っている可能性は――低い!
八千全ての兵力を城に籠らせれば――その城は堅固になろう!
だがそれは、尽の首都(尽子)への道を隈に明け渡すも同然!
あの貴狼がそのような博打を行える勇気があるとも思えん!
それに……先の偵察で尽の城からは狼煙等で外部と連絡を取っていることが確認できた!故に尽は城外に、少なく見積もっても千弱の兵を用意しとるはずだ!
既に海軍が無になった以上、我らの補給線は少数兵力で楽に遮断できる!
これを阻止する必要性が一パーセントでもある以上、予備部隊を用意する他あるまい!
逆に尽の全戦力が城に籠っていると分かれば――即時に予備部隊を投入して包囲戦に移行すれば良い!その後は尽が干上がるを待つだけだ!」
改長の説明を聞いた等玖は「流石は大将軍です!」と感服しながらも――
「ですが、それでも城の尽兵は非常にしぶといと思われますが……」と残った不安を漏らす。
すると改長は突然、「ははははっ!」と笑い出したかと思えば――
「確かに退路を自ら断って強大な敵と戦う覚悟を決めておるようにも見えるが、逃げ道くらいは用意しておろう!あの城なら後方の川に降りて船で脱出できなくもない!」と説明を始めた!
これに等玖は「では、あの背水の陣は偽物ということですか……!」と口元を緩める。
「それに古来から窮鼠……すなわち追い詰められた鼠は猫さえ噛む!と言われる程、どんな小動物でも恐ろしい化け物に変化する可能性を持っておる!
ならば窮鼠にせねば良い!“希望”へ逃げる鼠程、怖くない生物はないからな!」
「確かに大将軍の仰る通りです!とはいえ……、どうも天気が優れていませんな……」
改長の説明が終わった時、等玖は最後に残った不安を漏らす。天を見上げながら……。
この“天災”に繋がりかねない不安に、改長も天を見上げて思わず――
「ふむ……。確かにこの天気では夕方に雨が降るやもしれん……」と頭を抱える。
それから頭を抱えた改長は三十秒も経たずに、頭から手を離すと――
「雨に濡れて戦闘力が封じられる前に――出せる銃砲を全て出す!
左集団から、全ての砲兵部隊と歩兵(火縄銃兵)部隊をここに送り込め!」と等玖に命令!
「御意!」と即座に改長に返答した等玖は、自身の部隊へと戻っていった……。
砲と火縄銃……これらが隈が今遠征のために大陸から大量に輸入した決戦兵器である!
砲の種類は仏狼機砲という後装砲。かの世界では大友宗麟という武将が用いた大砲の種類として有名な種類。隈が輸入した砲の最大射程距離は三百五十メートルに及ぶ。
既に大陸では時代遅れになりつつあるが、それ故に計六十八門を輸入できた!
火縄銃も性能が最大射程距離は五百メートル、有効射程距離が五十メートルの安価な旧式(大陸基準)を採用したことで三千四百丁という大量輸入に成功!
結果――隈のほとんどの団に、二百丁を有する一個隊と四門を有する砲兵隊が配備されている。
さらに大陸から技術者等を雇い入れて、隈内で砲や銃工場を建設する計画も進んでいる。
とはいえ、それらの銃砲には最低限の防水対策しか施されていない。
故に小雨には対応できても、本降りとなったら鉄屑に成り下がる。水没は論外である。
こればかりは改長が現時点での筆頭の憂い事であった……。
世歴八百五年五月二十八日午前十時頃に南石一帯の空が雲海に包まれた時……。
「全軍に『作戦開始』の合図を出せ!南石を落とすぞ!」と改長の号令が下る!
そうして隈軍の動きが本格的になった直後を見計らって、尽側の利雲が――
「応戦するぞ!『作戦開始』の合図を出せ!」と尽の遠征集団に号令を下した!
ここに尽隈戦争中、最大規模の戦いである「南石の戦い」の火蓋が切って落とされた!
次回予告:隈の建国史上初の大砲部隊! いざ実戦に突入!?