北純
新勢力――北純が登場!!
世歴八百四年五月十四日 午後零時半頃 北純 瀬狭 仮宮殿
瀬狭……北純の中枢を担う港町で、純王朝の亡命先である。
昔から造船や軍事の重要拠点であったが、東武帝(陽玄の御先祖の一人)の治世で――その重要さは旧日汎王国全域に知れ渡っている……。
「今こそ――北直を狩る絶好の機である!!
純を北に追いやった南純が平和政策をやっている間に、北純は一気に領土を増やして大国へと成り上がる!!
さすれば南純は恐れをなして、戦わずして北純に降るだろう!」
玉座から見下す様に、目の前の臣下達に檄を飛ばす――男!
彼こそが北純の君主である――氏が『魚交鳥山』、名は『弐』、字が『云人』という皇帝!
分裂する前から帝位を簒奪した経緯を持つ!
しかし重度の賭博中毒者!これが――賭博に現を抜かしている間に、南純に岬鎮を奪われてしまったという一因になってしまった……。これが四年程前のことである……。
南純のことを「馬鹿」とか言えない……。
「陛下の仰る通りで御座います!! 既に部隊の用意は済んでおります!!
後は陛下の詔を待つだけで御座います!!」
力強く云人に返してみせる男!彼こそが北純の宰相である――氏は『玄』、名が『庫』、字は『永虫』という男!
表向きは人が好さそうな男だが、実は欲深で暴力的な性格の持ち主である。
将来的に云人の一族を滅ぼして、純王朝の帝位を得てやろうと考えている……!
「うむ……では北直の征伐を貴様に任せる!北直の華浦を押さえれば、北直は補給を受けられずに……干上がる!
さすれば北直は陸に戦えずに、消滅する!
これで面大(南直の皇帝)に……借りが作れるというものだ!」
「陛下のご意向――しかと承りました!
必ずや北直を討ち滅ぼし、純王朝の勇名を轟かせて御覧に入れます!」
云人に北直の侵攻を任された永虫が――またも力強く応じてみせる!
これに満足した云人は「では朕は気が済むまで遊戯(賭博)に興じる!余程のことがない限りは――誰も朕に声をかけるな!」と言い残して、その場を辞していった……。
それから約二時間後に、北純の永虫の部隊が北直の華浦を目指して――瀬狭を発っていった!その規模――三個隊計六百名(三個中隊規模)!
北純が動員できる全戦力を投入しての遠征!近衛隊(騎兵隊)まで永虫に預けているとなると、傍から見て無謀としか思えない――この所業!
これが無謀でないのは――南純が“平和政策”をやってくれるから!という計算から!南純の元首が穀右である以上、この計算は正しい!
しかし――昨日の内に両直(南直と北直)が尽の手に落ちて、既に北純の計算が狂っていることなぞ……北純自身は少しも知る由もなかった……!
世歴八百四年五月十五日 午後六時頃 直 鳥山逐 尽軍本陣
「先ずは……南純を征する――が!そのためにも今日はゆっくり休むように!」
この貴狼の言葉で、尽軍の幹部達は一斉に今日の軍務を終える!
幹部達は疲れが溜まっているのか、「よっしゃっ!軍務が終わったああっ!」と言った雄叫びを上げることなく……黙ったまま仮設食堂へ一直線!
谷春ら新人四人に至っては一言も声を上げずに……真っ先に仮設食堂へ……!
それから仮設食堂での食事を終えて、不定期(一年に一回やるかやらないか)な散歩を始めた真藤は、尽軍の将兵らを見て、あることに気付く!
――尽軍の注意が甘いような気がする。と……。
そんな真藤に、「珍しいな真藤……。お前も散歩か……?」という声がかけられる。声の主は……偶然通りかかった貴狼である。
「これは丞政閣下(貴狼)」と畏まる真藤に、貴狼は――
「お前の言動から察するに、何か思うことがあるようだな……」と言ってみせる!
すると真藤は「えっ……!ひょっとして……心を読める魔法でも――」と驚き慌てて言いかけたが、「心を読める魔法はあるし、俺は使えるが……。先程のは――鎌をかけてみせてだけさ!」というドヤ顔の貴狼の言葉によって、真藤の言いかけた先の続きは不要になってしまう……。
「……」
驚きの余り何も言えなくなった真藤に、「本当に何かあるようだな……。言ってみたらどうだ?」と貴狼が問いかけてみる。すると真藤の口から――
「いつもより尽軍の注意が緩い気がするんです……」
これに貴狼は平然として「せっかく、南純が……“平和政策”という愚策をやってくれているのだ!今の内に休んでおかねば――損だろ!」と答えてみせる!
次回予告:南純との外交……。