臆病
都攻めの前夜!
「無謀ではないのか!? 賭けにしてはあまりにも分が悪すぎると思うが!」
二百に満たない騎兵だけで奇襲をかけようとする優介に、疑問を呈する助幽!
議場も他の議員達の心中も、助幽と同じ疑問を抱いている!
優介はそれらの疑問を否定せずに受け入れて頷きながらも、どこか残念そうに――
「この現状を打破するとなったら……それしか策はありません……」と答える。
「仮に奇襲が成功したとして、尽軍が撤退する見込みはあるのかね?」
なおも疑問を呈し続ける助幽に、優介が自信ありげに――
「尽軍を率いているのは――幼君(陽玄)です!
五歳にも満たないと聞いています!故にその身に直接奇襲を――」と答えると……。
「だっ……だめだ……!子……子供を殺してはならん!」と助幽の中止命令がかかる!いくら乱乱乱世とはいえ、幼児を殺すのに気が退けるの!それがやさしさ!
助幽の中止命令に、議場の他の議員の誰もが――これで総理も奇襲を断念せざるを得ないだろう……!と考えている。
彼らは優介を案じている!ただし優介の“身”ではなく――“力”!
また彼らはそのこと以上に……最精鋭の親衛隊が賢栄からいなくなるのが、すごく不安であった……。少しでも戦力が乏しい現状なら――なおさらのこと……。
「ご安心ください…元首閣下!幼君を少し脅かして追っ払うだけです……!
幼君の身に危険が及ぶとあれば――必ず幼君の臣下達が連れて帰ってくれます!」
この優介の発言に、助幽は「そういうことなら……頼む……!」と許可を出す!これに他の議員の誰もが――助幽に失望している……。
許可を受けた優介は嬉々として直立し――
「必ずや吉報を届けて参ります!」と助幽に豪語してみせた……!
世歴八百四年五月十三日 午後九時頃 直 賢栄付近某所 尽軍本陣
既に北直の賢栄を半包囲状態の下に置いた尽軍!
その軍の本陣の“司令室”にあたる天幕で、貴狼は机上の地図と睨めっこをしている最中!その地図には戦場の“直”の全領域だけでなく、尽がある旧“長王朝”の全領域、さらに“直”の西隣に位置する地域である“純”と呼ばれる領域も記されている……。
そんな貴狼に、彼の副官である真藤がどこか不安あり気に――
「いよいよ明日なんですね……」と声をかけてきた。
その明日の五月十四日に、尽軍は北直の賢栄を攻める!
「どうした……?何か思う部分があるなら言ってみろ!」
貴狼が真藤の心中を見透かしたかのように、真藤に訊くと――
「いえ……ただ――いよいよ北直の賢栄に攻め込むんだ!と……」
この真藤の答えを聴いた貴狼は「怖いか?」とさらに真藤に訊いていく……。
「はい、正直に申し上げるなら……。臆病ですよね……?」
「いや、指揮官たる者……多少は臆病で、恐怖を覚えておかねば――生き残れん……!
あくまで俺の経験論だが……恐怖を感じられなくなった――その時が危うい時が多い!
といっても、部下達にはそれを悟られないようにせねばならぬがな……!
それに――いざ逃げられん時が来たら、恐怖をねじ伏せてもらわねば困る!」
「丞政閣下にも――怖い!って思う時があるんですね……」
「今もそうだ!直から西の“純”の諸国や遠い南の“隈”が……今後どう動くかが怖くてたまらん!最悪……今の“西進”を中止せねばならん!」
「丞政閣下は全ての戦域に目を光らせてるんですね……。だから地図を見続けて……」
「ところで……そういう真藤は何を恐れている?明日の件のことで……?」
「……!」
貴狼に本心を見抜かれた真藤は短く動揺しながらも、貴狼に――
「今も北直の賢栄には――多数の住民がいるはずです!
明日の攻撃で……住民を苦しめないか心配で……」と打ち明ける!
「この先もおそらく……大小問わず敵の民を苦しめざるを得ないことがあろう……。
だが少なくとも……明日だけは安心していい!」
この貴狼の返答に、真藤は「攻める前に、降伏勧告を出すんですね!」と嬉々として察した!すると貴狼は真藤の回答を裏付けるように、肯いてくれるが……。
「でもそれを受け入れなかったら……?」と真藤の不安が再び浮き上がってしまう!
「わざと北直軍が攻めやすい状況を作って――北直軍をおびき出す!
おびき出したら、北直軍の退路を塞いで――撃滅する!
賢栄にはまだ“純”方面の兵站基地としての役目がある!
市街地戦まで敢行して、その役目を負えないようにしては……無駄骨に終わる!」
貴狼がこのように力強く真藤に説いてみせるが、真藤がより一層不安そうに――
「もし……敵が出てこなかったら……?」と貴狼に訊き返してしまう。
こればかりは流石の貴狼も諦めたように天を仰いで――
「兵糧攻めの他あるまい……」と力なく返答する他なかった……。
続く真藤の「明日、本当に攻めるんですか……?」という問いにも、貴狼は力なく――
「そうならないための手は既に打った……!後は祈るだけだ……!」と答えるのみ……。
次回予告:北直の終末……!?