ACT1 蠢動③
学校跡地。此処では主に基地所属の軍人の子どもたちが教育を受けていた。現在では学校の至る所にスプレー缶での落書きや、壊れた黒板、机、椅子が見受けられた。その中の1つの教室。
東條匠、朝比奈夏織が折れた黒板を背に、眼前に割れたり折れたりと壊れている机と椅子、その向こうに二人の男が見受けられた。
2人の男は【スネークス】の幹部。倉石司と梅島一朗。
「夏織ちゃん、タッグマッチはおじさん久しぶりだよ(笑)」
「冗談言ってないで。こんな薄気味悪いとこ、居たくないからさっさと目の前の幹部2人斃して出るよ」
「連れないなぁ…。そんな夏織ちゃんだからおじさん好きなんだけどね」
「気持ち悪っ。それセクハラだよ」
東條の態度に朝比奈は完全に引いていた。
「えっ?おじさん歳だから最近の言葉わかんなーい(笑)」
「ふざけないでよ…」
倉石と梅島はやっと戦えると思った。
「セクハラはアンタが生まれる前からある言葉よ!」
「…」
2人は絶句した。やり場の無い怒りが彼らを満たした。
「えー?そうだっけぇ?おじ…グフッ!」
バシィッ!と痺れを切らした倉石が近くに落ちていた、折れた椅子の脚を東條に投げつけた。
「チェッ!可愛いJKとの楽しい会話を遮るなよ」
「遊びじゃねぇんだ。さっさとクタバレよクソジジイ!」
倉石が堪忍袋の緒を切らして、その中身を東條にぶちまけた。それに東條が返す。その表情はさっきまでとは程遠い、引き締まっていた。
「口が悪ぃな…。じゃあさっさとケリつけよーか」
「ホントに無駄話が好きなおじさんなんだから…」
朝比奈が吐き捨てるように言って、両手に火を纏った。
朝比奈夏織、18歳。新平の1つ上。発火能力者。
「しょうがないねぇ。そう言われちゃ、おじさん本気出しちゃうよ?」
声のトーンとは裏腹に表情は厳しかった。
瞬時にして、その場から消え失せて倉石の背後に現れる。
東條匠。35歳。七芒星で武者小路清春に次いで古参。瞬間移動者。
「なっ?テレポートか!?」
東條は左手フックを出したが、倉石は体を反転させ、両腕をクロスし、盾にして防いだ。
倉石が数歩、後退する。
「よく反応したな」
「マジモードってか?まあ伊達に【スネークス】幹部やってね~んだわ』
朝比奈は手に纏う炎の力で威力の高まったパンチを梅島に浴びせる。
ワン・ツー。しかし、両方とも躱される。
「やるじゃない」
「さすが七芒星、俺の能力より何倍も質が高い…」
梅島も両手に炎を纏った。彼もバイロキネシスト。しかし、彼の炎は朝比奈の炎より一回り小さい。
「征くぞッ!」
梅島が飛び出した。
その勢いで炎を両手から投げつける。
朝比奈は片手で一閃、両方弾き飛ばし、此方も前進する。
接近戦。炎を手の甲に集中させ、拳のスピードに付加させる。
乱打、乱打、乱打。肉弾戦が繰り広げられる。
梅島の頬に右ストレートが放たれる。
体制を崩すも、踏ん張り、右アッパーで返す。
それを受けながら左フックでカウンター。
身体能力では梅島が上だが、能力では朝比奈が勝る。
朝比奈は手数では若干劣るが、威力の高い拳で明らかに押していた。
朝比奈の渾身の右ストレート。
梅島は吹っ飛び、転がり、教室後ろの壁に激突する。
東條はテレポートで短い距離を縦横無尽に駆け回っていた。
倉石は周りの壊れた机や椅子を自身の能力、サイコキネシスで浮かび上がらせ、東條に向かって発射する。
しかし、テレポートにより的が絞れず全く当たらない。
机の板を放った直後だった。
東條は消え、板と自分の間に現れた。
倉石が一瞬怯んだのを見逃さず、回し蹴り。
倉石も吹っ飛び、梅島の横に倒れ込んだ。
「もう終わりか?会話の邪魔して意気揚々と挑んできた割に、あっさりだなぁ」
見下すように東條が言った。
「まだ根に持ってんの…?」
本気で嫌そうにポツリと行った。
「おい…梅島、あれを…」
「そうだな、本気でヤベェ…やられるくらいなら使ったほうが…」
「おい、何言ってやがる?」
東條と朝比奈に二人の声は届かなかった。
「ウォォオオオ!!!!」
倉石はすべての力を使い、サイコキネシスで折れた黒板の片割れを二人に投げ付けた。
後ろから飛んでくる黒板に、一瞬動作が遅れてガードする。
防いだ後、倉石、梅島の正面へ振り返ったが、二人は姿を消していた。
「なッ!?消えやがった?」
「追うよッ。そんな遠くには行って無い筈」
二人は教室を出た。すると、すぐに見つかった。
僅か10メートルほどの距離に二人は立っていた。
二人共、白い粉を手の甲に山のようにしてかけ、片鼻を押さえて吸った。
「ガァァァァァアアア!!」
二人は叫ぶと同時に結城健壱と戦っている田名部吉弥と同様の怒りに満ちた獣のような様相になった。
「なっ…なんだこれッ!?」
「えッ?どうなって…!?」
動揺を浮かべる二人に、倉石と梅島は一瞬にして距離を詰める。
「ガハッ!」
「キャァアア!」
二人はたった一発で吹っ飛ばされ、地に伏せる。
(ど…どうなってやがる…?)
目の前の二人の男は、同一人物だとは思えないほどの変貌を遂げていた。
基地内の元住宅街の入り組んだ道の一角。
「大人しくしろ、もうお前ら【スネークス】は8割方制圧が完了した」
そう叫ぶのは斯波達吉。1人の男の周りに斯波を含め、3人が囲んでいる。
「だから?俺達はリーダーさえ残っていれば幾らでも再興できるんだ。雑魚達がどうなったって知ったことじゃねぇ」
「ゲス野郎。…【スネークス】幹部、箕島健。大人しくお縄にかかってもらおうか」
そう言い、斯波はテレポートで箕島の後ろに回り、箕島の首に右腕を回し左腕でロックした。
「あめーよ」
そう言い、箕島は両の手を斯波の後ろ首手回し、斯波の頭を腋に押し込めるように引き、躰を前屈みにして斯波を投げる。
斯波は勢いにより手を放し、叩き落されそうになったが受け身を取り、ダメージを軽減した。
「少しはヤルようだな」
「互いにな」
斯波と箕島、二人のやり取りの間に残りの二人はただ黙って突っ立っていた訳ではなかった。
斯波の右側にいた荒井静はサイコキネシスで近くにある標識を引き抜いて箕島に投げていた。
斯波の左側の渡会俊介はバイロキネシスで脚のスピードに付加させて箕島に突進していた。
箕島は標識を受け、それを捕まえる。続いてそれを渡会に向かって振る。
一度目は避けるもそのまま箕島は燕返しの如く標識を返し、再び振る。
次は躱すことが出来ず、渡会はそれを腕でガードするもバキィッ!という音と共に横にふっ飛ばされる。
渡会の腕は折れた。顔には脂汗と苦悶の表情が浮かぶ。
「渡会!」
荒井が渡会に駆け寄る。
「荒井、お前は渡会の応急処置をしろ」
「ありゃあ折れてるな。ご愁傷様」
そう言い、標識を投げ捨てた。
斯波はそれでも冷静だった。
テレポートで再び背に回り、顔面に拳を放つ。
箕島はそれを左手で掴み、防ぐもこれはブラフ。
斯波は右膝を折り、その足を軸に低い大勢で左足で箕島の脚を蹴る。
箕島は倒れ込む。そのスキを逃さずギロチンロックをかける。
斯波の腕が首に入り込み、苦しい。体重が完全に乗っている為、重くて外せない。
「ウ…グゥ…ガハッ!」
呼吸が苦しい。
「大人しくしろ」
斯波がそう言うと箕島は諦めたのか大人しくなった。
箕島をうつ伏せに転がし、両手を後ろに手錠をかける。
「確保ッ!」
斯波が大きな声を上げる。
「〈シャトン〉を…、使…えれば…負けることなどなかったのに…」
「〈シャトン〉?なんだそれは?あのリーダーと思われる人物も言っていたな」
斯波の問いに箕島は無言を貫いた。
斯波は箕島の体を調べた。麻薬を所持していないか調べる為に。
箕島のズボンの右ポケットにそれは入っていた。
「これは…!麻薬か?」
そう言い、指を白い粉の中に入れ、付いた粉を舐めてみる。
「ンンッ!!?」
体中が沸騰するように熱い。力が漲ってくる。喉が渇く。戦いたい。殺したい。血が欲しい。
「ガハッ!」
すぐに吐き出した。
「ハアッハアッハアッ…。何だこれ…?麻薬か?今まで聞いたことの無い症状が…」
そう言い、はっ、と気付いたように箕島の髪を掴み顔を上げさせる。
「これは何だ?これが〈シャトン〉か?」
「…」
箕島は黙秘を貫いた。
(〈シャトン〉?聞き覚えのある名前だ。フランス語で確か…仔猫だった筈…)
そこで一つの可能性にたどり着いた。
「もしかして…あの組織が?」
格納庫。俺(不来方新平)と永田一史。
「オラオラッ!どうした?そんなモンか?」
永田のワン・ツー。辛うじて躱す。
カウンターで左フック、リバーブロー。しかし、永田は右肘でエルボーブロック。
「痛ウッ」
指に激痛が走る。
痛みを感じた直後、永田のハイキックを右肩に喰らい、弾き飛ばされる。
「おいおい、まさかそれが本気だって言うんじゃねーだろうなぁ?」
「たりめーだ。まだ3割くらいしか出してねー」
片膝をつきつつも、闘志はまだ燃え滾っている。
「ふっ。…オメー〈シャトン〉って何なのか知ってるか?」
「あ?麻薬じゃねーのか?お前がさっきそう言ったんだろ」
「そうじゃねーよ。〈シャトン〉って言葉はどういう意味かっツーことだよ」
「知るか。俺は英語が苦手なんだ。この前のテストでも赤点取ったばかりだ」
不来方新平、17歳。高校1年(2度目)。つまり留年。
「威張んな。シャトンってのはなフランス語で仔猫っツー意味なんだよ」
「あ?フランス語?分かるわけねーだろ」
俺の言葉を無視し、永田は続ける。
「この麻薬はな、東京23区一帯を縄張りにする日本最強かつ最凶のギャングチーム、【黒猫】が作ったモンだ。それを俺達が傘下に入る代わりに供給されたんだ」
「ブラックキャット?聞いたことあるな…。なるほど、黒猫の作った麻薬だから仔猫って事か」
「カンはいいようだな。で、その麻薬を吸うと今までの自分からは信じられない程の力が得られるんだよ。それこそ数ヶ月でこの地区No.3になれる程のな」
「信じられない程の力…?」
「ああ。目は開き、血走り、瞳は縮小して、体中の血管が浮き出てる。そして、筋肉が膨れ上がり、殺戮欲が溢れんばかりに湧き出る」
「それがそこの木箱ン中にデーンと詰まってるってわけか。なら益々お前を倒さなきゃな!」
俺はポケットの中からメリケンサックを取り出し、右手に嵌める。
「第二ラウンドだ。来い、不来方新平ィッ!」
再び、両者を拳を交わした。