ACT1蠢動①
世界は劇的な変貌を遂げた-。
約40年前、アメリカのボストンにある超能力者が現れた。
その者は、7つの能力、念動力、発火能力、精神感応、瞬間移動、残留思念感応、透視、未来予知の全ての能力を持った人間。
彼は研究者の間では始祖体と呼ばれていた。始祖体とアメリカの研究者達は協力し、能力の構造を解明した。
それにより、世界中で多くの人が能力を所持している事が判明した。
現在では全人類のおよそ3割もの人が能力者である。
能力者は基本的に7つのうち1つのみ能力を持つ。
七芒星はそのランキング1位の者たちの国家公認の集団である-。
「おい、お前今、肩ぶつかっただろ」
商店街の端。見知らぬ男に声をかけられた。
「んあ?」
ガラの悪い小男に対し、間抜けた返答をした。
「謝るのが常識だろ?アタマ大丈夫か!?」
小男の脇にいる二人のうちの片割れが喧嘩を売るように言う。
「知るか。そもそもぶつかったのは俺だけの責任じゃねえ筈だ」
「あ?その捻くれたクチきけないようにしてやろうか?」
小男が殴り掛かる。その手を振り払い、脇腹へ一発。
男は嗚咽を漏らしうずくまり、連れの男たちは怯む。
近くで見ていた通行人が声を上げた。
「おい、アレ七芒星の不来方新平じゃないかっ!?」
「あのチンピラ共ついてねぇな」
その声を聞いた者たちが野次馬に集まる。
ガヤガヤと周囲は一気に騒がしくなった。
「何!お前あの…?」
小男が尋ねた。
「だからなんだ?」
「い、いえ滅相もございません。先程の無礼お許しください」
そう言ってゴマすりするように手を重ね、後ずさりする。
その場を去ろうとした彼らに俺は手をかざした。
頭の中に奴等の過去の記憶が流れ込んで来る。
「ちょっと待て、お前ら俺の財布持ってんだろ。今すぐ出せ」
「え?えぇ?なんのことやら」
チンピラ共は作り笑いを浮かべ嘘がバレないよう顔を繕う。
が、しかし。
「あれが不来方新平の能力、残留思念感応か!」
野次馬が声を上げる。チンピラはそのことを聞き、
「スイマセンでしたぁぁ!どうかお許しを!」
と、財布を差し出し返答も待たずにその場を去った。
「おい、見せもんじゃねーぞ!」
俺が声を上げると野次馬たちは弾けてる如く散っていった。
すると一人の青年が近づいてきた。
その青年は端正な顔立ちで完璧にスーツを着こなしている。
かく言う俺は、上下ジャージの締まらない格好。
いやいや、そんなことはどうでもいい!
「達吉、何のようだ?」
青年の名は斯波達吉。偽名だ。
彼は警視庁公安部のチヨダに属している。
チヨダとは警視庁でも極少数の上層部しか正式名称を知らない秘密警察のような部署で、職員は全員偽名だ。
彼の本名もチヨダの正式名称も俺も知らない。
家族は彼らがどんな仕事をしているのか全く知らされず、ただの警察官だと思っている。
「シンペー、何が『何のようだ?』だ?本気で言ってんのか?」
達吉は少し急かすような苛ついてるような表情だった。
「わぁってるよ。七芒星の定例会議だろ?向かってたところだ」
「あと5分で時間だぞ。ここから10分はかかるぞ。まさかサボる気だったんじゃないだろうな?」
現時刻は17:55。会議は18:00から。
疑いの目を真正面で受け止めることができない。
本音はサボる気だった。だが、渾身の言い訳をする。
「今見てたろ?不良に絡まれてたんだよ」
「ああそうか。そんなことはどうでもいい。行くぞ」
達吉は俺の手を取り、目を閉じた。
瞬間、フッと俺らの姿は商店街の路地から消え失せた。
景色が一瞬にして無機質な会議室に変わった。
「おい遅いぞ、定時の5分前だぞ」
入り口から見て右奥の席に座る男が言った。
「ごめんごめん。ちょっと野暮用で…」
笑って誤魔化す。
「全員揃ったことだし、始めるかな。新平、席につけ」
「っす」
先程の男の向かいに座る壮年の男の台詞に返事をし、末席につく。
「遅いぞバカ。余裕持って行動しろ。学校で教わらなかったか?」
向かいに座る少年から叱責の言葉がかかる。
「うっせし」
「静かに、じゃあ七芒星定例会議を始めます」
達吉の宣誓と共に会議が始まった。
「前回会議からの一ヶ月の間で七芒星が解決した案件は31件。うち夏織ちゃんと弥生ちゃんが8件、東條さんが7件、結城さんと新平が3件、武者小路さんと柊くんが1件。先月より1割増です。しかし、損害賠償請求額が約840万円で新平がその8割の約670万円。先月より2割悪化です」
達吉が淡々と読み上げる。
「うっわぁー、新平エゲツねぇな」
そう言うのは東條匠、左奥に座っている中年。
「しょうがないんじゃないですか?馬鹿だから」
朝比奈夏織。左側二列目。俺と東條のおっさんの間に座す。
「同意。こんなやつ除名にした方がいいよ」
こちらは柊宗太郎。俺から見て向かい側右に座るガキ。最年少。
「まあまあ、一応解決はしてるんだから」
優しい言葉をかけてくれたのは京極弥生。向かい側左に座す。
「解決すりゃいいってもんでもねーよ、弥生ちゃん」
さらに左、結城健壱。
「…言われ放題だねぇ…」
最後に、会議室右奥、東條のおっさんの向かい側。武者小路清春。最古参。
「言わせておけば…、お前らだって損害出してんだろ!」
「他の人達は許容範囲内だ。お前にそれを言う資格はない」
達吉は溜息をつきながら言った。
「続けます。損賠償額があまりに多いので七芒星の予算が少し引かれるかもしれません。そのため、来月以降はモノを壊さないように心がけて、仕事に取り組んでください。シンペーわかったか?」
「なんで俺だし?」
「アンタが1番酷いからだよ。分かってないの?」
夏織が溜息を吐きながら呟く。
「クソッ」
「言い返せないんだから大人しく黙って聞いてなさいよ」
夏織がとどめを刺した。俺は何も言い返せなかった。
「次に、〜〜〜」
その後、会議は続いた。
大体は俺に対するダメ出しだった。ナゼだ!俺はちゃんと解決したのに。
「最後に、公安部から仕事の依頼があります」
俺達の顔は険しくなった。
「ほう?二ヶ月ぶりだな。全員出動?」
東條のおっさんが返す。
「はい。東京郊外、主に多摩西部を根城に活動してるギャング、【スネークス】の一斉検挙に協力をして頂きたいんです」
「【スネークス】?タチの悪い連中じゃねーか。何やったん?」
「ええと…、先日に暴力事件で逮捕した構成員の身体検査の結果、ある麻薬の反応があったんです。このことはまだ公になっておらず、公安と七芒星に担当するよう、上層部からお達しがありました」
「なるほど…、お上からの命令じゃ従うしかねぇか」
自分に言い聞かせるように言う東條のおっさんに俺が問う。
「その、スネークスって何?」
「知らないのか、達吉くん説明してやって」
「はい。…【スネークス】は東京多摩で最近勢いのある新興ギャングだ。能力者も強いのが揃い踏みで、勢力を拡大し続けている。UCが多く、全体が全く見えていない」
UCとはアンダーグラウンドチルドレン。能力の判明により、世界は一気に進歩したが、その背景に治安は悪化。戸籍のない子どもたちが増え、ギャングや地下で活動したりしている。彼らを総称してアンダーグラウンドチルドレンと呼んでいる。
「へぇ。で、何時やんの?」
気持ちが焦る。久しぶりの大仕事だ。
「明後日だ。…なので皆さん、準備お願いします。結構は12:00(ヒトフタマルマル)です」
『了解』
全員が声を上げた。
「それでは会議を閉会しようと思います。何かあれば…」
誰も特に言わなかった。
「では今会議は閉会します。お疲れ様でした」
そう言い、達吉は一礼して退出しようとドアに手をかけた。
「あ、そうだ。シンペー絶対迎えが来るまで家にいろよ。どっかで歩いてて遅刻したりしたら分かってるな?」
「お、おう。わかってるよ」
「ははは」
俺の焦った返事に周りが笑う。
「それじゃお先に」
宗太郎が部屋を出る。
「行こっか、夏織ちゃん」
「はい、京極さん」
二人が部屋を出ようとする。
「新平、明後日ジャマしたらブチ殺すからね」
「夏織こそそんなこと言っててミスでもすんじゃーぞ」
「言ってれば?」
夏織は捨て台詞を吐き、部屋を出る。
「なんで君たちはそんなに犬猿の仲なのかねぇ…」
「うるせぇよ健壱!」
「別に呼び捨てでもいいけどさぁ一応、俺年上だよ?」
「…」
「まあ良いけどさ、明後日頑張ろうぜ」
そう言い、健壱も退出する。
「若いねぇ」
俺に微かに聞こえるかどうかの大きさで武者小路さんは呟いた。
武者小路さんに続き、俺も退出しようとした。
「ちょっと待てよ。新平」
東條のおっさんが肩に手を回し声をかけてきた。
「最近、うまいラーメン屋見つけてさ、喰って行かね?」
「ラーメンか。いいよ」
一言返し、二人で会議室を後にした。
警視庁の通路を歩いていると、
「あれ、七芒星の東條と不来方だ」
「マジか、俺初めて見たわ。なんか貫禄あるな」
「東條さんの方カッコイイ、タイプかも」
「私、サイン貰ってこようかな」
警察の制服を着た4人組が話していた。多分、新人だろう。
「お嬢ちゃん。可愛いねぇ。サイン?するする。何処に書けばいい?」
東條のおっさんは声を聞くや否や、すっ飛んでいった。
「やめい、七芒星の品位が疑われる。後で夏織に毒づかれるぞ」
後ろから耳を引っ張り新人(多分)達から引き離す。
「いいよ別に。美少女に怒られるならおじさん何でもするよ」
「落ちぶれたな。能力以外はクズだな」
「今更かよ。もう既にみんな思ってるだろうぜ」
「兎に角、早く行くぞ」
笑いながら東條が言った。
「お嬢ちゃんたちまたね。お仕事頑張ってね♡」
「は、はい。サインありがとうございました」
いつの間に?素早いジジイめ。
「止めとけよ、ああいうのは。七芒星が甘く見られる」
俺の言葉に東條は首を傾げる。
「そうか?俺はそうは思わないぞ。七芒星は周りから畏敬にも似た、なんというか近寄り難いものだと思われてるだろ?俺がああやって近づいて行くこと周りと距離が狭まったらなぁってさぁ」
敵わないな、このオヤジには…。
俺はフッと微笑んだ。
「どうした新平?おかしいぞ」
「なんでもねーよ。おかしいのはアンタの方だろ」
そう言い、おっさんの右肩に肩パンした。
「痛ぁ!お前、すぐ殴るそういう所マジやめろ」
そう言いながら、警視庁を後にした。
都内某所、格納庫ー。
「今月の分だ。いつも通り、しっかり撒いとけよ」
「ほんといつも助かってます。これ結構ウチの収入源になってまして」
二人の男がやり取りをしている。横に大きな木箱が5つ。
「いいんだよ、コレの性能を証明するためにやってるだけだ。迷惑なんてかかってねぇよ。この調子で頼むわ」
肩を叩きながら言った。
「そうっスか。有り難いです」
「しかし【スネークス】も大分、大きくなっりましたね」
「ありがとうございます。これも全て黒猫さん達のお陰ですよ」
頭を下げて礼を述べた。
「いえいえ。私達ではなく、この〈シャトン〉の力ですよ」
男はほくそ笑み、そう言った。