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2-4 あーもう何がなんだか

『おい山田、何ぼけっとしてんだ。お前からその娘に声かけろや』


 あ?

 なんで俺が。


『このままじゃ気まずいだろ。センセーまだ戻ってこねーし』


 いいだろ別に。

 俺が気まずくても、お前には関係ない。


『そういう問題じゃねえ。ほら、気まずすぎて今にもぶっ倒れそうじゃねーか、そこの日本刀娘』


 まあ確かに。

 けど、そこまで言うならお前が話しかければいいだろ。


『俺の声はお前にしか届かねーんだよ。これまでの経験でそれくらい判れよ』


 当然判ってるっての。

 ところでお前、視界はどうなってんだ。

 まさかそれも俺と共有してるとか?


『だな。お前の見える範囲しか俺にも見えん。背後とか完全に死角』


 ったく役に立たない居候だな。


『居候じゃねえ! タダ飯喰らいみてえに言うな』


 居候は撤回するにしても、要するに口煩い毒電波が増えただけじゃないか。


『てめーいい加減にしろよ! 毒だの電波だの。俺はもっと崇高で気品溢れる何かなんだぞ』


 何かって……もうちょい気の利いた何かは思いつかないのか。


「あ、あ、あのう……」


 消え入りそうな声に、はっと眼をやる。

 病的な回数の瞬きをしながら、布巻きの刀をきつく握り締めた少女と視線が交わった。

 が、それも一瞬のこと、すぐに相手は恥じ入るように顔を伏せてしまい、ふうと息を洩らした。


「な、何か?」


 我ながらぎこちない返答。

 少女の張り詰めた雰囲気が移ってしまったのかもしれない。


「な、なんでもないです……」

「あ、そう」

『おいこら。あ、そうじゃねーだろが。お前がだんまりを決め込むから、要らん気を遣わせたんだぞ。今度はお前が話しかける番だ』

「う、ううむ」


 一理ある。

 かつ、何気にちゃんとした発言もできるのが腹立たしくもある。


「ええと、暁月だっけか? 苗字」


 当たり障りのない話題を振ってみる。


「は、はいっ……です」


 上擦りすぎてほぼ裏声だ。

 緊張は未だ解けずといったところ。


「同じ学年なのな」

「は、はいです。A組です」

「下の名前はルキだよね、確か。珍しい名前だよな」

「あ、その、えっと……本当は、見るに姫と書いてミルキです」

「ミルキ? ルキじゃないんだ」

「みんなルキと呼ぶです。パパもママも、学校のお友達も。本名はミルキです」


 なるほど。

 まあ見姫も珍しい部類には入るだろうけど。


「山田さんは、その」

「俺?」


 少しずつだが、見姫……ルキの声色が和らいできたのが判った。

 その表情にも明るいものが混じり始めた。


追一(おういち)さんですよね。下のお名前」

「おお、よく知ってるな」

「はいです!」

『うわー変な名前。うわー』


 待て。

 自分の名前も知らん奴に言われる筋合いはない。


「山田さん、有名なのです! なのでルキも知ってるです」

「俺有名なの?」

「あぅ……」


 それまでのハキハキした喋りが嘘のように、再びルキの口調が弱まった。


「その、あの、そのぉ」


 言い淀んでいる。

 イコール悪い方面で名を馳せているわけだ。

 それに心当たりがないでもない。

 どうせ遅刻欠席の常連だとか、そっち系の話が彼女に伝わってるんだろう。


「……吽野(うんの)さんと、仲が好いと、伺ってますです」

「……ああ」

『どんな理由だよ。それだけで有名って、そんな大物なのかそいつ』


 いや全然。

 単なるサボり仲間。

 そっか、A組だから紺画(こんが)のクラスメイトなのかこの娘。

 にしても、これじゃあなんだか旗色が悪い。

 早いとこ話題を変えよう。


「追一ってさ、変な名前だろ?」俺は敢えて自虐的に言い放った。「名前に追うとか本当イミフだし。適当に付けたに決まってんだよ、うちの親」

『自覚はあるのな』

「そ、そんなことないです! いいお名前です」少女は何故かムキになって俺の意見を否定した。「山田さんのお名前、ルキよりずっといいお名前だと思います。夢を追いかけるとか、希望を追い求めるとか、きっとそういう願いが籠もってると思うです。夢のあるお名前です」

『プッ!』耳許で例の奴が盛大に吹き出した。『なんつー皮肉だよ。理想を追うどころか現実から逃げてばっかりなのにな。名は体を表すってのはとんだ嘘っぱちだな。なあいち?』

「うるせーなっ!」


 あ、いかん。

 つい声に出しちまった。

 少女を見る。

 驚きと怯えが入り交じった異様な表情。

 ひくっと肩が痙攣した。

 まずい、泣かれる……。


「いや、あの、君のことじゃないから。気にしないで。なんでもないから」

「や……や……やっぱり、気にしてたんですね、斬られたこと」


 と、背を丸め(はな)(すす)り出す。


「いやいや、違うんだって」

「そうですよね、イヤですよね、ルキみたいな女。ドジばっかりで」

『あーあ、お嬢ちゃん泣かしちゃったよ。罪な男だねお前さんも』


 うるさいっつーの。

 どう考えてもお前のせいだろうが。

 少しは黙ってろよ。


「ダメね。留守電にもならないわ」


 肩を(そび)やかして戻ってきた寺島先生は、室内の様子を見てぴたりと脚を止めた。


「あら、修羅場?」

「違うッスよ……」


 少女が落ち着くのを待って、先生はそのコンシェルの名前を尋ねたが、すみません判りませんですとだけしか回答は返ってこなかった。

 ダイレクトメールにも載っていないようだ。


「本来ならね」さとすような口調で先生は、「生徒の身の安全を第一に考えるべきだから、あなたにはわたしと一緒に町の警察に行くのを勧めたいんだけれど」


 少女は頬を引きらせ、その表情をいや増しに曇らせた。


「そうよね、判ったわ。先生方にはわたしから伝えておくから、暫くここにいなさい」

「あ、ありがとうございますです、先生!」


 少女の顔が一気に明るくなる。


「教室の授業は受けられないけれど、この隣で自習はできるしね。そこなら誰も入ってこないし。あなたは山田くんと違って真面目な生徒だから、独りにしておいても問題ないでしょう」

『さては劣等生かお前』

「うるせ……い、いや、そりゃないッスよ先生」

「ただし、君も協力するのよ山田くん。暁月さんはこれからも不便な思いをするでしょうし、独りで何もかもやらせるのは可哀想でしょう?」

「そりゃ、俺にできることならやりますけど。でも、俺より使えそうな奴、探せば幾らでもいるんじゃ」

「ところがそうもいかないのよ」先生は白布でグルグル巻きにされた日本刀を指差して、「刀のほうはちゃんと君をご指名なんだから。今のところ、君はその〈暴走〉を解くための、唯一といっていい重要参考人なんだからね」

「人を犯人みたく言わんといて下さい」

「いっそのこと、その刀で何センチか斬らせてみたら? そうすれば刀も納得して、手からすんなり離れてくれるかも」

「じょ、冗談きついッス。保健の先生の吐く台詞じゃないよそれ」

「冗談も何も、わたしは暁月さんの身体を誰よりも心配してるだけ。学校医のかがみと呼んでほしいわ」

「参ったなぁ……」

『おっかねえこと言うなあ。やっぱこのセンセー苦手だわ俺』


 軽口の応酬に多少なりとも場が和んだところで、俺はずーっと気になっていたことを、さり気なく先生に訊いてみることにした。

 俺にとっては、この質問のほうがここでのメインの目的なんだ。


「先生、参ったついでに、もう一つ参ってることがあって」

「ええ、何かしら?」

「例えばですね、その……刀で斬られて、結果知らない奴の声が聞こえるなんてこと、実際問題ありえるんスかね?」

「……ちょっとごめん。もう一度言ってくれる? 何を言ってるのか判らないわ」

「ええと、その、要はですね」


 頭では判っているのに、言葉にして他人に伝えるのは存外に難しい。

 容易な業じゃないぞ、これ。


『もっと判りやすく言えよ。俺にも何が言いたいのかさっぱりだわ』


 こいつ……殴りてえ。


『殴れるもんならな』


 畜生。

 誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだ。

 後で説教だ説教。


『へいへーい』

「どうしたの? 急に黙っちゃって」


 いぶかしげに先生が尋ねてきた。

 向かいの席の少女も円らな瞳を不思議そうにぱちくりさせている。


「あのですね、俺が訊きたいのはつまり、万が一、頭の中で自分以外の誰かの声が聞こえてきて、周りに気づかれないようにそいつと会話ができるんだとしたら、先生ならどうするのかなって」


 細く引かれた眉を段違いにして考え込んだ先生は、たっぷり数十秒を費やしたのち、


「大きな病院に行って診てもらうわね、恐らくは。疲れている自覚があれば、もう何も考えずに一晩ぐっすり眠るわ」

「……ま、まあ当然そうしますよね、ハハ」


 俺は疲れているのだろうか。

 それとも、本当にかれているのか? 真実はどっちだ?


『何うまいこと言ってやがんだ。しばくぞコラ』

「あと、わたしが言うのもあれだけど、狩魔さんに見てもらうって手もあるわね。呪い関係とか、現代科学で説明できないような事象については」

「ゲッ、あいつはちょっと勘弁」


 確かにあいつは《《そっち系》》だから、場合によっては寺島先生より頼りになるかもしれないが。

 できれば世話になりたくないなあ。


『カルマだとう? けったいな名前だな。何者だそいつ』

「山田くん、彼女とは昔からの仲好しさんでしょ。教室に戻ったら伝えておいてちょうだいね。暁月さんがとっても困ってるって」

「ていうか、俺教室に戻らなきゃいけないんスか」

「当たり前でしょう。出席数足りてるの?」


 一番痛いところを突かれた。


「し、失礼しましたー……」


 俺はほんの一時間ちょっとの間に、この身に降りかかった様々な出来事を思い返す暇もなく、姿形は見えないくせに調子だけはいい相方を連れて、保健室を後にしたのだった。

 あーもう何がなんだか。

 って感じだ。


『訳が判らん。一体全体、お前さんの回りで何が起きてんのかねえ』


 そりゃこっちの台詞だ。

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