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10-3 世界震駭者ワールド・シェイカー、その正体

「そうだ、おい姉貴!」


 本当なら姉貴に詰め寄りたいところだが、如何せん奴のいる空中へ向かう術はない。

 怒りを込めて声を飛ばすのが精一杯。


「これだけは教えろ。なんで姉貴がこいつらと一緒にいるんだ?」

「何日か前事務所に戻ったら、このコたちがうろうろしててさ。見たら事務所の中も荒らされてるし、てっきりこのコたちの仕業かと思って軽ーく痛めつけてやったら、どうも違ったみたいでねー」


 こいつらにそこまでの根性はない。

 そうする理由もない。


「なんでも、保健室でルキルキの手の症状を知って、少しでもいいから自分たちも力になりたいと思ったんだって。そんならってことで、ボクが荷物運びとして雇ったわけよ」


 ……根性なしってのは撤回したほうがいいかもな。


「まっ実際には見ての通り、式神ちゃんたちのほうがよっぽど役に立ってくれたけどね。追一の友達なだけあって、すぐに音を上げるところとかそっくり」

「やかましいわ」


 どうせ奴隷同然にこき使ったんだろうが。

 数日とはいえ忌まわしき暴君に使役(しえき)される辛さを思い、俺は未だ地面に伸びている悪友コンビに心の中で詫びを入れた。


「さっ、これでお仕事はお終い。お疲れちゃん。元の主の所に帰っていいよー」


 神妙に項垂れる二匹の額を一頻り撫でてから、姉貴は式神たちを解放した。


「おお、式神よ!」

「よくぞ無事で帰ってきた!」


 陰陽師たちの集団に飛んで戻った式神は、ひらりと宙返りして小さな紙切れに身を変じた。

 その様子を冷ややかに眺めていた先生が、髪を掻き上げながら向き直る。


「そんなに大量の呪物を集めて、一体何を企んでるのかしら山田さん?」

「企んでる? 人聞き悪いなぁ、人助けしてんのに」

「あなたが持ち込んだ呪物のせいで、周辺の空間に歪みが生じているわ。このまま放っておいたら、〈禍座〉の存亡に関わることになる」

「あれ、センセひょっとしてクシナイアンの出? そんなら空間の歪みなんてお手のもんでしょ。自分で塞ぎなよ」


 誰に対しても常に強気。

 昔からちっとも変わっちゃいない。

 姉貴は一向に退く気配を見せなかった。


「ボクはボクの本分を全うしてるだけだもんね。こんだけ霊子(エーテロン)があれば、ルキルキを村雨の暴走から解放できるしさ。副作用に関しちゃ、ボクの知ったこっちゃないもんねー」

「……少し痛い目を見なきゃ、判らないようね」


 先生が姉貴に刃を向ける。

 けれども姉貴は動じない。

 対抗するように右手を翳し、


「でっこぴーん」


 緊張感のない呟きと共に、指を弾く。


「あうっ!」


 先生は剣を弾かれ、数歩よろめいて尻餅を突いた。

 爪の先から、姉貴は猛烈な勢いで粒子状の霊子(エーテロン)を放出したのだ。

 霊感が強いのは知っていたが、そんな芸当どこで憶えたんだよ。


「うちの事務所荒らしたのセンセの仲間っしょ? ぜーんぶカタすのチョー大変だったんだよ。式神ちゃんたちいなかったらまだ終わってなかったかも……ほらほら、そこも動くと危ないよーん」


 鉄球を構えたローブたちを姉貴は目敏(めざと)く牽制しつつ、


「さーさーお立ち会い、あちらに見えます私立金剛智高等学校体育館」


 夥しい数の光柱。

 その遥か遠方、厳粛に佇む体育館。

 その方向に片手を向け、姉貴は数回デコピンを放った。

 幾条もの光線が明け方の空気を裂いて直進し、やがて体育館のほうへと吸い込まれ……。

 大爆発。

 轟音と共に体育館は炎上した。

 嘘みたいな破壊音を立てて、体育館はガラガラと崩れ落ちていく。


「な……何してんだよ」


 俺の声は業火と崩壊の奏でる盛大な騒音の合奏に掻き消され、誰の耳にも届かなかっただろう。

 周りの連中も何やら(わめ)き散らしてはいたようだが、意味を成す言語はついぞ聞こえなかった。

 体育館の残骸が粗方燃え尽きたところで、姉貴はえっへんとわざとらしく咳払いをした。


「武具はないけど、ボクが身につけてる装身具、みーんな呪物なんだから。おかげで霊の類いなんて一匹も寄りつかなくて、わざわざ逐い払う必要もないくらいだもんねー。逐電稼業もチョー楽チンになったし、これからいつもこのカッコで仕事しよっかな」


 無邪気に姉貴は言ったが、もし瓦礫(がれき)の残り火に顔を照らされていなかったら、そこにいた全員顔を真っ青にしていたことだろう。


「も、もしやこやつが!?」

「世界震駭者か!」

「た、確かに桁外れの霊力だが」


 姉貴はルキににっこりと笑いかけ、


「さってと。ルキルキお待たせー」


 軽い口調でそう言い、八握剣を拾い上げた。

 そして座ったままのルキにいきなり剣先を突きつける。


「……おい、何してんだ」

「何って、ルキルキの()()()()()()()()んだよ」

「何!?」


 それって、先生がやろうとしてたことと、どこが違うんだ?


「心配ご無用。こんだけ呪物があって、世界中の霊的エリートが結集してんだから、一人ぐらい止痛や再生の秘術使えるっしょ」

「使えるっしょって、確証あるのかよ」

「さあ」

「さあって……」


 なんてこった。

 こいつの登場は、結局なんの解決にもなっていない。

 単にカオス度が増しただけじゃないか。


「ざけんな! 姉貴てめー」


 喰ってかかるも姉貴は歯牙(しが)にもかけない様子で、


「しょーがないよ、こればっかりは。ほかに方法ないんだもん」

「ひでーことすんじゃねーよ」

「あれれ? 追一もしかしてルキルキのこと好きなの?」

「アホか。そんなんじゃねーって」

「ふーん、あのお堂マジでご利益あるんだねー。ていうかさ追一……いつ覚醒したん?」

「生憎だが、眼ならとっくに醒めてる」

「じゃなくてさー、追一の中にいるもう一人の()()


 !!


『……俺か』

「し、知ってるのか!? こいつのこと」

「なーるほどね、村雨が起こしちゃったのかなー。まっ天下の霊刀と名高い〈抜けば玉散る氷の刃〉だもんね。並大抵の霊験じゃないし、眼を醒ましてもおかしくないけど」

「おい、教えろ。教えてくれ、姉貴」

「それ、ワールド・シェイカーだよ」

「なんと!」


 アルティアが思わずバッグを取り落とした。


「それ、ずーっと前から追一の中で寝てたんだよね。ボクはちょびっと感づいてたんだけどさ」

「どういうことだ? なんで姉貴がそんなことを」


 俺と腐れ縁の霊感少女でさえ、こいつに気づいたのはごくごく最近のことなんだぞ。

 姉貴のその規格外の嗅覚は、サナギの霊感を上回ってるってのか?


「時は十年ちょいと前」姉貴は突然、芝居がかった口上で高らかに語り始めた。「不毛の地であったこの〈禍座〉に、新たなワールド・シェイカー……世界震駭者が出現したのさ。しかしながら、〈禍座〉内外の霊子(エーテロン)が充分でなかったため、ワールド・シェイカーは肉体を持たない、不完全な霊体として出現せざるをえなかったんだね。このままじゃ世間にその威を示すことなく、霊子(エーテロン)の塵と消えてしまう。やれ困ったぞと。そこで彼は……彼女かもしんないけど、たまたま近くを通りかかった一人の男の子に取り憑いて、差し当たり消滅の難を逃れることに成功したのだよ。ところがどっこい、なんら霊子(エーテロン)を有しない平凡極まりないガキンチョと同化しちゃったもんだから、補給する燃料もなく、長い眠りに就いてしまうのでありましたとさ。めでたしめでたしどっとはらい……はい講釈お終いーお代は見てのお帰りだよん」


 ……えーと。

 何言ってんだ?


「なんだよ今の話。そんな絵空事、信じると思うか?」

「絵空事じゃないよーだ。かなり脚色してるけど真相からはそんな遠くないはずだよん」


 なあおい。

 本当か?

 今の与太話。


『うーん全然憶えてねえ』

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