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9-3 ふたりの逃避行

 それから二十分ほどのち、俺とルキはお互いローブ姿でトイレ前の分岐点に集まった。

 ゆったりした頭部のフードは顔の大部分を隠してくれるので、中身のすり替えにはお(あつら)え向きだ。


「てことは、お前もあの事務所で、変てこな穴に吸い込まれたのか」

「はいです。気づいたら、こちらのベッドで寝かされてましたです」

「お前スマホ持ってたよな。サナギたちに連絡したか?」

「いえ、それが……」


 ルキもご多分に洩れず財布とスマホを押収されたらしい。

 言葉も通じないため意思の疎通には苦労したようだが、何故か彼女の場合は必ず監視をつけるという条件付きで室外に出ることを許され、その部屋というのも普通にベッドや家具のある寝室だとか。


『軟禁って感じか。お前の場合は監禁っつーか幽閉だもんな。随分違うな』


 ああ、間違いない。

 ここのローブ軍団は、ルキになんらかの価値を見出しているのだ。

 村雨が絡んでいるのは疑いえないが、このまま言葉も通じない日本刀少女を住まわせて、一体何を企んでいたのか。

 真実は俺にも当人にも判らない。


「山田さん、今日までずっと眠り続けていたのですか? 三日間も?」

「あれ、お前違うの?」

「ルキは、半日ぐらいだと思いますです」

「マジかよ」

「はいです。その後も普通に寝起きして、今日で三日目なので」


 どうして睡眠時間にこんなに差が出たのか。

 更に聞くと、ルキは初めて眼醒めたとき、額に柔らかな肌触りの薄絹を乗せられていたという。

 その繊維は霊子(エーテロン)を多量に含んでいて、微妙に温かかったとか。

 つまり、ルキは意図的に起こされた可能性が高い。

 それに引き替え、俺は誰からも(かえり)みられず、カビと埃に塗れた牢屋の中で延々と(いびき)をかいていたわけだ。

 待遇の差は歴然としていた。

 一定の距離を置いて通路を歩く。


「あ、言い忘れたけど、この無精髭は見なかったことにしといてくれ」


 口許の変貌についてはトイレの鏡で確認済みだ。

 まだ数ミリ程度だが、顔年齢は明らかに五、六歳は老けていたと思う。

 我ながらむさ苦しい面構えになったものだ。


「と、とんでもないです。ワイルドでかっこいいです、山田さん」

「なあ、ルキ」

「は、はい」

「もう独りで出て行くんじゃねーぞ」

「…………」

「みんなが心配する」

「……でも」ルキは声を落として、「でも、やっぱり迷惑ですよね。ルキがいると」


 背後の跫音が止まる。


「わたし、山田さんに、迷惑かけたくないです」

「もう聞き飽きたよ」俺は歩く足を止めずに、「勝手に決めつけるな。迷惑かどうかを判断するのは、お前じゃなくて俺だ。お前がいなくなるほうが、俺にとっちゃ迷惑なんだよ」


 ついてくる気配がない。

 立ち止まって肩越しに振り向く。

 ルキは顔を右手で覆い、声を殺してしゃくり上げていた。


「判ったか?」


 返事の代わりに、こくりと頷く。


「判ったら行くぞ。お前のほうがこの辺の通路は詳しそうだからな。道案内頼むわ」

「……はいですっ!」


 顔を上げたルキに、さっきまでの沈痛な面持ちはもはやなかった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 通路は迷路のように入り組んでいた。

 居住区らしき区画にも広大な広間は存在せず、こぢんまりした部屋が整然と並んでいるだけだ。

 が、人々の活気は独房付近の比ではなかった。

 もっと秘密結社じみた陰鬱な空間を予想していた俺は、当てが外れてちょっと拍子抜けした。

 人目を避けるには、無人の場所より雑踏のほうが目立たないから、これはこれでありがたいのだけれども。


「これだな」

『おう』


 ルキが言っていた通り、通路を忙しなく行き交う巡視たちはかなりの数に上った。

 外で何かあったのかもしれない。

 ときには前からやって来るローブをやり過ごし。

 あるときには親しげに話しかけてくるローブから足早に離れ去り。

 またあるときには正体を知ったローブを巧みに斬り捨て。

 俺とルキは勾配のシビアな段差を三十分近く上がった末、出口と思しき小部屋にとうとう到達した。

 階段は更に上へと延び、狭い天井を長方形に区切った所まで続いている。

 あの細長い蓋を持ち上げた先には……。


「すごいです山田さん、すごいです!」ルキが喜びと驚きをない交ぜにした声を発した。「ルキも通ったことのない道を通って、こんな所に辿り着くなんて、すごすぎです」


 なんのことはない。

 道中出くわしたローブたちの会話に聞き耳を立て、外に出るための情報のみ抜粋したものを、心の中のバイリンガルから拝聴していただけだ。

 なんにせよ、お前も初めて人の役に立ったわけだな。


『初めては余計だ』


 建物と思っていたのは間違いで、どうやらこの広大な敷地は、地下に造られた秘密の施設であるらしい。

 その証拠に、どの壁を見ても窓ガラスや採光装置の類いが一切ない。

 通路や部屋を照らすのは、どれも人工的な照明器具ばかりだ。

 本当にここで合ってるんだよな。

 お前を信用していいんだな?


『俺を疑ってんのかコラ。イヤなら引き返せばいいだろが』


 まあいい。

 全てはこの蓋を持ち上げてからだ。

 サナギとアルティアの安否も早く確かめたい。

 あれからもう三日が経過している。

 あの絶体絶命の大ピンチを、二人はうまく切り抜けたのか?

 それとも……。

 いやいや考えるのは後だ。

 まずはこいつを持ち上げて。


「よっしゃ、行くぞ」

「お願いします、です」


 階段の頂に達した俺は、天井の切れ込みに両手を当て、力一杯押し上げた。

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