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7-6 仮面に抱くはノスタルジー

 翌日。

 三クラス合同の体育の授業で、サボり仲間三人が同じグラウンドに集結した。

 授業時間中に当該の授業の中で顔を合わせるなんて、滅多にないことだ。

 終いには拍手で俺たちの出席を(たた)える同級生まで現れた。


「お前らまだやってんの、あの追いかけっこみたいなやつ」


 呆れがちに青汰は言い、大袈裟に首を竦めた。

 俺たち三人は走り高跳びの順番待ちの列から少し離れ、並んで体育座りをしていた。

 教師に注意されるまでは跳ぶ気ゼロだ。


「深入りはやめとけって」紺画が後を引き取って、「でないと、踵の火傷どころじゃ済まなくなるぞ」


 もう二人とも火傷は治っていた。

 けれども、そこに至るまでの数日は常に踵を浮かせた前傾姿勢で歩かなくてはならなかった。

 特に足腰の強くない紺画は、一日辺りの脚が攣った回数を大幅に更新したという。


「そうしたいのは山々なんだけどさ」

「あれか、お前もルキちゃん狙いか」

「狙ってねーよ。そういや紺画こそどうしたんだよ。アルティアに猛アプローチかけてただろ」

「アプローチ? なんだそれは。確かに彼女といると知的好奇心は満たされるけど、こないだみたいな(いさか)い事に首を突っ込むのは本意じゃない。まあ陰ながら応援させてもらうよ、彼女の成功をね」


 昨日ちょっとルキとの雰囲気が悪くなったこともあり、俺も今日は保健室に顔を出していなかった。

 サナギがいればそれこそ首根っこを掴まれて保健室まで引き摺られるところだが、その恐怖の幼馴染は、なんと入学以来の皆勤を逃す、痛恨の欠席に見舞われていた。

 昨日の無理が相当祟ったらしい。

 差し当たり向こうから返ってきたメッセージの文面に深刻な感じはなかったので、明日には復帰しそうだ。

 ともあれ、今日一日は保健室に行かずに済む。


「そういや暁月の奴、ずーっと保健室に籠もってるんだよな。ちっとも教室に顔出さないし。どこか具合でも悪いのかね」

「おいおいマジか?」

「ほら、ずっと左手に棒みたいなの持ってるじゃんか。なんかこう、これを持ってなきゃいけないみたいな、強迫観念に取り憑かれてるのかも」

「ていうか、単に手から離れなくなっただけじゃねえのか」


 青汰、図らずもビンゴだよ。


「まさか」

「だよなあ」


 笑い合う二人。

 真実は再び遠ざかった。


「んじゃ、メシ終わったらお見舞いに行こうぜ」

「そうするか。さすがにあそこなら訳の判らない黒服も来ないはず」

「俺は遠慮しとくわ」


 すかさず辞退。

 まだ顔を合わせたくない。

 顔を合わせても、かける言葉が見つからない。


「なんで? ま、強制はしないけどさ」

「そういやこないだ保健室で、面白いチラシ見つけたぜ。なんかすげーふざけた名前の。なんだっけ紺画?」

「〈賢すぎるよ! す~ぱ~こんしぇる〉ってやつ」


 あれ?

 それって確かルキが持っていたはずじゃ。

 ルキが寺島先生に預けて、それをこの二人が見つけたのか。


「なんなんだろうな、す~ぱ~こんしぇるって」

「まあ、なんでも相談に乗るってくらいだし、よっぽどスーパーなコンシェルなんだろ」

「なんだそれ答えになってねえ」


 ……ん?

 熱い?

 いや違う、逆だ。

 冷たい。

 不意に、首の後ろに氷塊をあてがわれたような冷気が走った。


「……!?」


 俺はビクンと上体をのけぞらせ、首筋を撫でさすった。

 掌には、何もついていない。


「なんだ?」

「あ、いや、なんでも」


 そっと金網の向こうに眼を向ける。

 ……いた。

 いやがった。

 黒いマント。

 剣も持っている。

 帽子の下に、チラリと白磁じみた顔が垣間見えた。

 俺の視線に気づいてか、黒衣の仮面は陽炎(かげろう)のように儚く揺らめき、雑木林の奥へと溶け込んでいった。

 首筋に感じたのは殺気か何かか?

 あんな遠くから殺気を飛ばしたのか?


「誰かいたのか」

「いや、なんでもない」

「最近多いんだよな、変な連中が遠巻きに見てたり。女子もイヤがってたしさ」

『なんか妙だな』


 なんだよ急に。

 お前、自分の存在を棚に上げて、何が妙だっていうんだ。


『いや、あの仮面……なんか妙な感じしねーか? おっかないような懐かしいような』


 あれだけの恐怖体験にもうノスタルジーを抱くのか。

 どういう神経してんだ。


『んーなんつーかその』


 思わせぶりな物言いに、どういうことなのか問い質そうとした丁度そのとき、


「おい、そこの三バカ! 何ダベッてんだ。後はお前たちだけだぞ。早く跳ぶ準備をしろ」

「あ、はーい」

「サーセン」

「サーセン」


 角刈りの体育教師に非人道的なことを言われ、俺たちは仕方なく立ち上がった。


「山田。お前が髪を切ったのは、てっきり心を入れ替えたからだと思ってたが、そうでもないようだな。なんなら先生みたいに、もっと短くするか?」


 ほかの生徒たちの笑いに包まれる中、殺気とは程遠いこそばゆい感覚に、俺は次回の体育は絶対に休んでやると固く心に誓った。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 結局この日、俺は保健室へ足を向けることなく帰途に就いた。

 ルキが失踪したと聞いたのは、その翌朝のことだった。

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