7-4 秘術透け透け大作戦
「……ええっ!?」
い、いつの間に、俺の周りに?
すぐには状況が呑み込めなかった。
俺だけ時間を切り取られ、置いてけぼりを喰らったみたいな、そんな信じがたい感覚。
「臨兵闘者皆陣列前行。反閇にて貴様を囲う、六芒星の奇門遁甲は完成した」
「大人しく式神を返すのであれば、半殺し程度に留めてやる。さもなくば、死あるのみ」
「臨兵闘者皆陣列前行!」
陰陽師らの詠唱が大きくなり、不穏な空気が辺りを支配する。
背筋を這い撫でる悪寒。
俺の頭上だけ暗雲が垂れ込めたように感じられ、不意に両膝を突いた。
『どうした、コラ』
全身が気怠い。
脚に力が入らない。
なんだ、この、イヤな雰囲気は。
「獅子吼法の一、内陣金剛ッ!」
重苦しい気配を一喝する大音声。
サナギが輪の中に颯爽と飛び込んできた。
「ちょっと追一、何捕まっちゃってんのよ情けない」
「な、なんとかしてくれ。力が」
「力が抜けるの? そういう結界を張ってるのね、きっと」
サナギは平気らしい。
お得意の獅子吼法で体力の漏洩を防いでいるようだ。
「しょうがないわね……ホントは話し合いで潔白を証明したいけど、時間ないからここは強行突破でいくよ。ほら、アルティアとルキちゃんも、大人数相手に大苦戦してるし」
歩道に眼をやる。
遠巻きに集まる野次馬たち。
こういうときに限って警察は来るのが遅い。
二人の姿が見えた。
向こうもこっちと似たり寄ったりの状況らしい。
俺たちを包囲する陰陽師の付近にも、さっきまではいなかった全身ローブ姿の奇っ怪な輩が多数、様子を窺っている。
怪しい連中は一通り見てきたつもりだが、この新たなローブ軍団はその不気味な佇まいにおいて眼を瞠るものがあった。
怪しさの質が違うというか。
ただ突っ立って、戦闘の様子を見守っているだけ。
いや、見ているかどうかさえ怪しい。
目深に被ったフードのせいで顔は確認できず、視線もはっきりしない。
服の色調は一貫性がなかったが、地味な色合いだけは共通していた。
絵本の中の魔法使いを思わせる容姿。
あいつらも俺を盗人か逐電士と思っているのだろうか。
こっちは完全に冤罪だし、単なるギャラリーならまだしも、このまま追手が増え続けると逃げ道探しにも支障が出かねない。
「なあ、どんどん増えていってないか、追手の数」
「そんなこと百も承知よ。下がってて、追一」
印を結び瞑想状態に入るサナギ。
「狩魔の娘よ。盗人に手を貸すか」
「あんたたち堅物には、何言っても通じそうにないからね」
「黙りおれ! ならばお前もこの六芒星の結界に呑み込まれるがいい。急急如律令!」
「あんまり人前でやりたくないんだけど……獅子吼法の一、摩利支天隠形法ッ!」
叫んだ直後、サナギの全身から旋風が吹き荒れた。
着ていた服が掻き消えた。
素肌の色まで透けて見えるようになった。
って、何これ!?
「お、お前、どうしたんだそれ」
サナギは恥ずかしそうに背を向けたまま、右手だけ後ろに差し伸べて、
「あんまり見ないで。早く、手を握って」
「手?」
そろそろと腕を伸ばし、手を掴む。
やけに温かい感触。
それは瞬く間に俺の全身に広がり、遂には俺の肉体からも服が消えて、ほとんど輪郭だけの姿となった。
「これで、握ってる手と足の裏以外は、障害物を通り抜けられるようになったよ」
「マ、マジか。嘘だろ」
『すげーなこいつ。ただの暴力女じゃなかったか』
サナギと共に駆け出す。
「むっ!」
近くにいた陰陽師の一人が短刀を数本投げつけてきた。
俺は背を屈めて躱したが、サナギは一切よける動作をしない。
短刀はサナギの体を何事もなくすり抜けていった。
「うおっ、貴様ら!」
更にサナギは直進し、その陰陽師に頭からぶつかっていく。
防御に身を固めた男を、俺とサナギは一陣の風の如く通り抜けた。
「ぬうっ、六芒星を易々と脱出するとは」
「待てい!」
「くそっ、式神たちさえおれば……なんと卑怯な」
次は謎めいたローブ姿の一行が相手かと思いきや、そいつらは立ちはだかる様子もなく、フード奥から両眼だけ輝かせてじっと見定めるのみ。
俺たちを捕らえるのは無理と諦めているのか?
『薄気味悪い連中だな』
ああ、不気味だ。
動きを見せないところが余計。
「今のうちに二人を助けるよ」
ローブ軍団を素通りしたのち、サナギは俺の手を引いたまま言った。
アルティアはというと、長槍と真紅の剣を縦横に振るう、綺麗な顔立ちをした白人女性二人を相手に防戦一方だった。
美貌と裏腹の苛烈を極める攻撃の数々。
反撃の端緒など掴みようもなかった。
「よ、よもや、グングニルとレーヴァテインに、討たれることになろうとは……成分分析が、できないのは、心残りだが」
アルティアの動きが鈍い。
すっかり息が上がっている。
むしろ背後のルキを庇いつつここまで渡り合えたのが奇跡的だ。
フェンシングというのもなかなかどうして侮れないな。
「ルキちゃん、アルティア! 助けに来たよ」
「お、追一さんに、サナギさん?」
「なんだ、その、はしたない、恰好は……ふざけて、いるのか?」
「なわけないでしょ。さ、早く掴まって」
アルティアがサナギの手を掴む。
半袖ジャケットとデニムのパンツが消え、全身が透き通っていく。
ふと見ると、ルキが空いている俺の手に視線を落としている。
触れようかどうか迷っているに違いない。
俺は自分から手を差し出した。
「何してんだルキ。早くしろ」
「で、ですが、村雨が」
「あ、そうだ」
一瞬手を引っ込めたが、偃月刀その他諸々の武器がルキのすぐ真後ろに迫っていた。
もはや一刻の猶予もない。
「いいから来いっ」
無理矢理右手を握り締めた。
左手の村雨は……。
動かない。
俺が間合いに入っても、なんの反応も示さなかった。
「あ……」
ルキの着ていたワンピースが消える。
水玉を鏤めた鞘も、その鋭利な流線型だけ残して見る間に透けていった。
「行くよ、みんな」
「は、はいです」
「山田、安全な逃げ道はどこだ?」
「まあどこでもいいんじゃないか、この状態なら」
「あと数分しかもたないのよ。なるべく遠くに逃げて」
時間制限付きか。
だが数分あれば充分。
手を取り合う四つの輪郭となった俺たちは、追手の強固な囲いを難なくすり抜け、今回ばかりは無理かと思われた脱出に、辛うじて成功したのだった。




