7-2 驚異! 悪魔召喚プログラム
『おいコラ』
そんな取り留めのない思考に無理矢理カットインする例の声。
俺は現実に引き戻された。
『何ダラダラ回想に浸ってやがんだ。いくらド暇だからってよ』
わ、判ってるよ。
もう少しで人気のない公園に着く。
後はそこでサナギたちにひと暴れしてもらうつもりだ。
『どうこねくり回したって四十二は四十二。二十四にも三十二にも、ましてや四十一にすらならねーんだぞ』
だから判ってるっての。
……というわけで、俺たちは休日返上でその得体の知れない〈禍座〉とやらを探すことになった。
同じく得体の知れない連中にその都度絡まれるという、全く報われない恩恵のみを甘受しながら。
「ここに来ればこっちのものよ! 獅子吼法の一、破金剛!」
公園に入った途端、サナギは踵を返し、襲いかかる簡素な鎧姿の武者をまずは一人殴り倒した。
追儺士の一族は、その強力な体術の特性上、無関係な民間人がいる所でその能力を解放することは差し控えねばならないのだという。
律儀に守る必要はない気もするが、確かに万が一でも赤の他人に危害を加えてしまえば、たとえ過失だとしてもただでは済まないだろう。
追儺士としての信用にも関わるだろうし。
「取り回しがきついか……出力はマックス、と」
その点、アルティアのほうは気楽なもので、量産型と称した霊子出力砲の第三弾たるマークⅢを両手に携え、ちょっとした実験のような暢気な風情で追手どもに相対している。
それの呼び名を〈魔悪酢李〉と〈魔痾薬胃〉のいずれにも決めかねていたのは、俺にとっては心底どうでもいいことだが。
「ぐわっ!」
そして公園に響く爆音。
「な、なんだあれは!」
量産型は柄のある細長い棒状をしていて、刀身に当たる部分を薄靄のような青白いものが旋回している。
アルティア曰く、特殊な素材の金属上に、霊子を螺旋状に走らせているとのこと。
以前習っていたフェンシングを参考にしたという構えで、鎧の男二人相手になかなか善戦している。
というのも、霊子を帯びた棒に何か物体が触れると、例によって爆風を巻き起こすからだ。
なお、彼女曰く、この構えは単なるフェンシングではない、三つある種目の中で最も原始的かつ攻撃的なエペという種目なのだ……そうだが、やはり俺には関係ないのでどうでもいいことだった。
「なんと! 一撃で我が鎧を砕くとは」
「や、やはり、我らより奪いしヒヒイロカネを用いておるのか」
「何度言えば判るのだ。ワチキはそんなもの使っていない」
俺以外に対してはてんで無力なルキは、有事の際は常にサナギの側にいて、足手まといにならぬ程度に日本刀を振り回している。
が、見たところほとんど刀を抱えておろおろしているばかりのようだ。
サナギに気に入られているからいいようなものの、でなければとっくに戦力外通告だろう。
かくいう俺は、アルティアのバッグを担いでとにかく安全な場所を探すのに専心していた。
その上、せっかく安全圏を見つけ出しても、暫くそこにいるとサナギやアルティアが体勢を立て直すべくやって来て、結局戦いが始まってしまう。
ぶっちゃけ専心よりも苦心のほうが表現としては正しい。
「主天使までやられるとは……どうする、座天使」
「仕方ない。今日のところは退くが、おい逐電士よ! この恨み、必ず晴らしてやるからな」
「肩を貸すぞ、能天使」
「力天使、すまない」
「次会うときまで、ヒヒイロカネの鏃は貴様に預けておく!」
「だから持ってないっての……」
趨勢は決した。
ナントカ天使を名乗る謎の五人組を撃退し、俺たちは公園のベンチでやっと一息吐いた。
「いやーしつこかったね、今の連中。アルティア知ってる?」
「さてな。天使の名を僭称していたが、どうせどこぞのマイナー団体だろう」
「帰ったら調べるの」
「いいや時間の無駄。あんな雑魚までいちいち調べていたら、それこそ夜が明けてしまう」
アルティアの台詞はもっともだった。
俺たちは一日一回以上の頻度で、入れ替わり立ち替わり闘争心剥き出しの凶悪集団に追い回されていたのだ。
何度警察に逃げ込もうと思ったことか。
「しかしさっきのファミレスからだいぶ離れてしまったな」
「そうだね、歩いて戻ろっか」
俺たちは来た道を引き返し、大手チェーン店のファミレスで遅めの昼食にありついた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「紅茶とサンドイッチ」
座席に着くと、注文も見ずにアルティアは言い、手持ちのスマホをラップトップに繋いだ。
スマホに内蔵された特製GPSユニットには、これまで移動した総経路とSF値が記憶されている。
その情報を受け取ったパソコン側が、処理演算を担当するという仕組み。
「どんな感じ?」
「反応が弱すぎる。場所を変えて仕切り直し」
また徒労に終わったわけか。
俺は溜め息を吐いてソファに反り返った。
「まだ七ヶ所しか回ってないんだぞ? これじゃいつまで経っても終わんねーよ」
「もう七ヶ所巡ったと言ってくれないか。全体の六分の一は走破した計算」
「けど近場から回ってんだろ? 後になるほど余計時間かかるだろ」
「山田さん、すぐ見つかります! と思うです」
斜め前の窓際に座るルキが、俺を見てグッと拳を握る。
テーブルに置かれた村雨がピクリと動いた気がして、俺は慌てて腰を浮かせた。
村雨の刀身を包んでいるのは、水玉模様をあしらったピンク色の布製の鞘。
サナギのお手製だとか。
数日前の保健室にて、サナギにそれを手渡されたルキは、ありがとうございます! すっごい可愛いです! と大感激。
喜びのあまり目尻には涙が光っていた。
「良かった、喜んでくれて。もう一個作ってるから、そっちも期待しててね」
「はいです!」
感謝すること頻りのルキではあったが、そのポップな外観に隠された容赦ない凶刃を思うと、俺の気は一向に晴れない。
ちなみに保健室は渡り廊下を隔てた別棟にあったため、例の大騒動における消失の対象とはならなかった。
これには寺島先生も、日頃の行いが良かったのかしらね、とふくよかな胸を撫で下ろしていた。
『ああ、ふくよかだったな』
そこは同意せんでいいわ。
「ねえ追一、あいつらどうしたの」
「ん?」サナギの渋い顔で俺は即座に察した。「青汰と紺画か」
「うん。紺画なら、アルティアのこの機械とかに速攻喰いつきそうなのに。誘ってないんだ?」
「誘ったけど断られた。俺たちを殺す気か、今度はどこを火傷させるつもりだよ、って」
「そっかー、殺す気なんかないのに。ま、いなくても困らないから別にいいけどね」
「なんと意気地のない。も少し骨のある奴らかと思ったが。この国の若者は腑抜けしかいないのか」
俺も一応この国の若者なんだけど、俺の前でそれを言うかね。
『なあおい、今のって骨も臓腑もねえ俺に対する当てつけか?』
安心しろ。
お前なんかそもそも眼中にねえ。
「せっかく吽野辺りが狂喜乱舞しそうなものを入手したというのに」
「なんのことだよ」
「聞いて驚くな」アルティアはテーブルに届いた注文の品々には眼もくれず、「その名もずばり、悪魔召喚プログラム」
「悪魔召還?」
「悪魔を喚び出せるの? まっさかぁ」
疑念を通り越して呆れ顔になるサナギに対し、アルティアは真剣そのもの。
「プログラミング技術はそこまで進歩したのだ。今や死後の戒名を定めるソフトウェアが存在し、コンピューターで九字を切ることすら可能になった。サイエンス・イズ・メイキング・ステディ・プログレス……日進月歩というのだろう? この国の言葉では」
一旦言葉を切り、アルティアは俺たちにも見えるようディスプレイを逆に向けると、
「ものすごく簡単に言うと、ネットワーク上に霊子を走らせるというアイディアの高等応用技術」
「そんなんで悪魔が出てくるのか?」
かくいう俺の質問にも、少なからず嘲りの響きが混じっていたのは否定できない。
「まだ実行前。君たちと一緒にこの歴史的瞬間を分かち合おうと思って」
強烈なプログラミング狂信者が、期待に打ち震えるように漆黒の瞳を縁取る睫毛をしばたたかせた。
こいつ、本気だ。
「前にも言ったと思うが、霊子は〈意識〉に感応するのだ。世界中にリンクした全ネットワークを、巨大な一個の脳神経と考えてみたまえ。霊子の侵入は自我の発生を促し、結果としてとんでもない化け物の誕生を扶助することになるかもしれない。人工知能を超越した、未知なる知能の誕生を」
「でも、なんでそれが悪魔なの?」
「インターネットに潜む意識なんて、悪魔に決まってるだろう」
断言した。
どうもこの異国の天才少女、性悪説の信奉者でもあるらしい。
「悪魔がいたとしても、あたしたちの手助けなんてしないと思うけどなあ。見返りに生贄とか要求してくるかもよ」
「もし言うことを聞かなかったら、狩魔と村雨になんとかしてもらおう」
「だ、大丈夫なんですか、アルティアさん」
ルキが壁に身を寄せ、声を上擦らせた。
「なあアルティア、そんな大層なプログラムどこで拾ったんだよ」
「それだけは言えない。企業秘密」アルティアがキーボードに手を伸ばした。「鬼が出るか蛇が出るか。取り敢えずアプリを立ち上げて、それから霊子の同期を……」
デスクトップのそれらしきショートカットにカーソルを進ませ、タッチパッドを軽やかに叩く。
と、画面に警告を示すウィンドウが。
何度パッドを叩いても警告が出続け、ソフトは立ち上がらない。
苦笑気味にアルティアは頬を掻いた。
「実行ファイルが壊れている。どうやら掴まされたらしい」
「…………」
俺とサナギはソファからずり落ちた。
「お腹が空いた。さて、食べるとしよう。山田、何をぼーっとしている。スープが冷める」
「切り替えが早すぎるんだよお前」
朝メシを抜いた俺の胃袋が、ぐるるると犬が唸るような音を立てる。
それに唱和するように、サナギとルキの腹の辺りからも、きゅるるると犬の悲鳴のような音。
「あ、あたしも食べよっかなぁ」
「い、いただきますです!」
無言で食事にがっつく四人の若者の姿を、ほかの客がどう思っていたかは、この際どうでもよかった。




