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6-5 今度の黒服はもっとヤバい

「まさか……」


 後ろを見る。

 門柱の中心に黒い人影。

 けれども先ほどの黒服とは違う。

 異形だった。

 黒の鍔広帽子に黒マント。

 裾からはみ出したブーツも黒。

 全身黒に包まれたその容姿に反し、顔面だけが異様に白い。

 仮面だった。

 両眼と口の三ヶ所に細い穴が穿(うが)たれた、陶器の如き白い仮面。


「誰だ?」

「さあ? 初めて見る。少なくとも、あたしたちの味方じゃなさそう」


 マントを勢いよく翻し、仮面の人物は一振りの刀剣を天に掲げた。

 すらりと伸びた腕も、胴体も、黒の衣服で覆われている。

 仮面以外は何もかも黒い。

 黒ずくめの怪人物。


『早速遭っちまったな、噂の黒タイツ男』


 らしいな。

 けど、ここは駐車場じゃないぞ。


『それにタイツでもねーよなあれ』


 ああ、普通の服だ。

 噂なんてそんなもんだろ。

 あと、ただの変態でもなさそうだ。

 刃物を携行している。

 更に始末が悪い。


『自動追尾型の日本刀よかマシじゃね?』


 マシかどうかは判らんけどな。

 いや、今に判るか。


「実に判りやすい。絵に描いたような不審人物。さだめし今日のラッキーカラーは黒といったところか」


 サングラスを嵌め直したアルティアは、その上からでも判るほど眉を顰めた。

 そこから聞こえてくるのは、午前中バスの中で耳にした無機質なアラーム音。


「あの剣と、村雨の霊子(エーテロン)が呼応し合っている……何? 計測不能だと」


 高々と振り上げられた刀剣。

 刃は普通の両刃だが、柄の部分に幾つもの突起物がついていて、握り締める指の間からそれが何本も突き出ている。

 奇妙な柄をした諸刃の長剣。


「何度計測しても同じだ。どういうことだ、あの剣、一体」


 アルティアの表情が俄かに曇る。

 真っ先に立ち向かうかに見えたサナギも、しかし前に出るのを躊躇っているようだった。


「ちょっとまずいかも」

「え」

「あの剣、ヤバいよ」

「マジか」


 二十人相手に(おく)することなく切り込んでいったお前が、たった一人の武器に逡巡(しゅんじゅん)するなんて。

 カウンターの上限を超える霊子(エーテロン)

 サナギが怯むほどの戦闘能力。

 実はこの状況、相当まずいんじゃないか?

 黒ずくめの剣士が乾いた土を蹴り飛ばし、砂埃を巻き上げ駆け寄ってきた。


「来るよ!」


 サナギが叫んだ。


『おい、さっさと逃げろや。あいつヤベーんだろ』


 逃げるのはもちろんだが、あいつの狙いは多分ルキだ。

 一直線にルキの許へ向かっている。


「や、山田さん、ルキ、どうしたら」


 それに気づいた少女が、涙目をこっちに向けて数歩ばかり歩み寄る。

 つまり今度は本当に俺がヤバい。


「おい、こっちに逃げるな」

「ルキちゃん、下がって!」


 意を決したサナギが前に躍り出る。


獅子吼法(ししくほう)の一、内陣金剛(ないじんこんごう)!」


 両手で印のようなものを結び、来たるべき一撃目に備える。

 握り合わせた掌から白光が洩れ光った。

 見る間に仮面の剣士はサナギの目前にまで迫っていた。


「なんでルキちゃんを狙うのよ!」


 返事の代わりに剣を持った腕が後ろに流れ、黒のマントと同化した。

 あれが攻撃体勢か?


「問答無用ってわけね。今までの追手とは勝手が違うみたい」


 直後、背後に振りかぶった剣がそのまま振り下ろされる。

 サナギは刃を打ち返すべく両掌を頭上に翳したが、


「キャアッ!!」


 足下の砂をあらかた舞い上げる衝撃波とともに、サナギの体は後方へ大きく放り出されてしまった。


「サナギ!」

「狩魔!」

「狩魔さん!?」


 斬られるのは回避できたが、完全にサナギの力負けだ。

 いくら気合いを入れたところで、膨大な霊子(エーテロン)を宿した武器相手には勝ち目がないのか?

 これって、めちゃくちゃヤバいのでは……。


「狩魔、大丈夫か?」


 地に倒れたサナギにアルティアが駆け寄る。

 つまるところ、ルキを助けるのは俺の役回りなわけだ。

 こりゃまた参った。


『何してんだ早く逃げろよ。お嬢ちゃんの次はお前の番かもしれねーぞ』


 だとしても、サナギにルキを任せられない以上、俺だけ尻尾を巻いて立ち去るわけにはいかないんだよ。

 本心はかなり逃げ出したいけども。

 幸い俺にはアルティアの鞄がある。

 さっきあいつが使っていた二本のマークⅡとやらがあれば、一瞬だけでも相手を食い止められるかもしれない。

 そうなったらルキを連れて……。

 しまった。

 俺は連れていけないんだ。

 近づいたらルキに斬られる。

 これじゃあ敵から敵を守るようなものじゃないか。

 うわーめちゃくちゃやりづらい。


「おいルキ、動けっか?」


 銀のバトンを二つ取り出し、用済みのバッグを放り捨てる。


「は、はいです」


 刀の間合いを避け、ルキの前に立つ。


「俺が注意を惹くから、その隙に逃げな」

「え? で、でも」

「寮だ、人の多い所へ行け。全力疾走だぞ、でも転ぶなよ。サナギは心配するな、あいつああ見えてとんでもなく頑丈だから」

「でも、山田さんは」

「なんとかなるだろ」

『何かっこつけてんだ。おら、来たぞ』


 尋常でない速さでズームインする黒衣の白仮面。

 ここか?

 俺は見当をつけた辺りにマークⅡを翳し、同時にスイッチを押した。

 来た!

 剣先が俺に到達する直前、俺と仮面は爆風に包まれた。


「山田さん!」


 俺は敢えなく吹き飛ばされ、数回転がって地面に横たわった。


「う、うーん……」


 両腕に擦り傷少々ってとこか。

 取り敢えず頭だけは守った。


『おーい生きてっか? まあ俺が無事ってことは生きてんだろうけど』


 な、なんちゅう威力。

 さすがヴァージョンアップしただけのことはある。

 これ、保健室だったら四方の壁ぶち破ってたかも。

 だがしかし!

 おかげで窮状を打破できた。

 結構な距離を飛ばされたことで、仮面剣士の姿が随分小さく見える。

 もう俺を追ってはこないだろう。

 退路を開きつつ目眩(めくら)ましを一発かます。

 ここまでは計算通り。


「いいから逃げろって!」


 黒衣の仮面への効果はというと、何歩か後退りさせた程度に留まったが、それでも煙と砂塵で視界はかなり悪くなったはずだ。

 後はどれだけ(やっこ)さんを足止めできるか。

 地面に伏し、ルキに眼をやる。

 頼りない足取りだが、やっとのことで向こうへ走り出したのが見えた。

 涙を振り払うように、懸命に走っている。

 走ってはいるが、女子寮までの道のりはまだまだある。

 仮面もマントで砂煙を払いつつ駆け出す。


「サナギ!」


 俺は姿勢を整え、マークⅡの片方をサナギ目がけて放り投げた。

 サナギかアルティアのどちらかが、これで今一度仮面を喰い止めてくれることを期待して。

 だが、仮面の頭上を越えていくかに思われたバトンは、放物線を描くその途中、件の仮面が振り上げた剣にスッパリ両断されてしまった。

 剣の周りに多数の火花が散り、火の粉が帽子に降りかかる。

 仮面は再度立ち止まり、マントを大きく振り(あお)いだ。


『おおっ、足を止めたぞ。偶然にしちゃやるじゃねーか』


 ま、まあな。

 ていうか、狙ってやったことにしてもいいんだけど。


「追一、ナイス!」


 珍しくサナギに褒められた。

 おし、今のうちだ。

 もう一つのマークⅡを投げようと腕を後ろに引いて……。

 俺はそのまま動けなくなった。

 煙の中より(おぼろ)に浮かび出た白の仮面が、こっちを向いていたからだ。

 顔だけじゃない。

 体ごとこっちに向き直っている。

 滑るように足が動いた。

 こいつ、標的を変えやがった。

 俺に。

 脳内に警報が(こだま)する。

 それはアルティアのサングラスのアラーム音よりも、数段攻撃的な響きだった。


「山田!」

「追一!」

「や、山田さん!」


 後ろは玄関口。

 中に逃げ込むか?

 あの手の武器なら、狭い場所に誘い込んだほうが得策。

 その前にもう一発、こいつをかましておくか。

 俺は目標を定めてマークⅡを投げつけた。

 奴がまた剣で払った隙を突いて、校舎に向かおう。

 一旦校舎にさえ入ってしまえば、隠れ場所はいくらでもある。

 ところがだ。

 飛んできたバトンを、仮面はなんと空いているほうの手でガッチリ受け止めてしまった。

 歩調を些かも緩めることなく。

 これは完全に計算外。


「やべっ!」


 俺は大慌てで猛ダッシュした。

 が、気配はすぐ背後まで迫っていた。


「山田さん!」


 ルキが泣きながら走ってくる。

 おい、お前まで来てどうする。

 俺にとどめを刺す気かよ!

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