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6-2 ナイス露払い

「逐電士風情に用などない」


 正面に立つ男が腕組みして口を開いた。

 意外だが嬉しい誤算。

 俺が危害を加えられる確率は格段に下がった。


「そこのサングラスと、背の低い女。得物を足の下に置け。そして全員後ろに下がれ」

「断る」


 即答のアルティア。


『度胸あるなこいつ』

「この中には自慢の発明品があるのだ。そうやすやすと他人に譲ってなるものか」

「嘘を吐くな。お前たちが十種の神宝を盗んだのであろうが」

「トクサノカン……ダカラ?」


 平時の流暢な日本語が、ここだけカタコトに。


『むしろカタコトのほうが見た目にはしっくりくるんだがなあ』

「この期に及んでまだ白を切るか」

「なんだ、その草を噛んだ殻というのは。本当に知らないのだが」


 そんなアルティアに視線を向けられたサナギも、困った顔で首を振るのみ。

 二人とも知らないらしい。


「お前たちの持ち物から、(おびただ)しい気魂(きこん)波動が(ほとばし)っているぞ! 我らが秘宝、十種の神宝以外にありえん」


 男の合図で黒服全員が身構える。

 片手を前方に突き出した独特の構え。

 拳法か何かか?


「いかんな。全然話が通じない。そもそも覇道に既婚が関係あるのか?」

「さすがにこの人数じゃ相手するのきついわ。追一、逃げ道作ってよ」

「できるかそんなこと……」

「唯一の取り柄でしょ、あんたの」


 独りで逃げるのも難しいのに、全員を逃がすなんてまず不可能。

 ほんの少しでいいから、何か状況に変化でも起こさないことには。


「お、おい、どうせまたお前の知り合いなんだろ?」


 慌てて引き返してきた青汰がサナギに詰め寄る。


「この人たちは違うよ」

「いいからなんとかしろ。俺たちゃケンカはからっきしなんだ」

「そういうことなら」


 と、アルティアはバッグから何かを拾い上げ、青汰と紺画にこっそり手渡した。


「なんだこれ」

「加速装置。靴の踵に付けると、霊子(エーテロン)の噴射で浮力と推進力が発生して脚が速くなる。君たちはそれを付けて逃げるといい」

「マ、マジかよアルちゃん!」

「いいんですか僕らだけ逃げちゃって」

「なんで青汰と紺画だけ。俺の分はないのか」


 アルティアは意味ありげに微笑み、在庫切れ、とだけ言った。


「君ら二人が包囲網を突破したどさくさに紛れて、ワチキらも逃げ出すとしよう」

「そんなにうまくいくの?」

「一人で五人以上やっつければ、数字の上では可能」

「五人っておい、どうして俺がやっつける側に含まれてんだ」

「む、無理です……ルキ、できませんです」


 などと言い合っている間に、黒服の輪が跫音一つ立てず狭まっていく。


「賊どもめ。返す気がないのなら、実力行使で行かせてもらうぞ」

「時間がない。いいか二人とも。靴に装着したら、交互に踵で地面を蹴るのだ。それが起爆……起動スイッチ」


 起爆?


『言ったな。起爆って。確かに言ったぞ』

「こ、こうか? えいっ!」

「そりゃっ!」


 言われた通りに地面を蹴りつける青汰と紺画。

 直後、足許から今まで聞いたこともない人工的な噴射音がして、二人は立ち姿のままふわりと数センチ浮き上がった。

 近づきつつあった輪の動きがぴたりと静止する。


「むうっ、さては足玉(たるたま)を使いおったか!」

「我らが秘宝を用いて逃げようとするか」

「卑劣な!」

「卑劣も何も、これ間違いなくワチキの発明なのだが」

「お、お、おい、これ、どうやって進むんだ?」


 空中浮遊の最中にある青汰が、おろおろと狼狽(うろた)えながら訊いてきた。

 二人とも足首だけが固定され、膝や上半身は頼りなくぐらついている。


「身体の重心を感知して移動方向を決めるから、体重を前にかければ前に動く」

「ま、前だな」

「前、に……」


 青汰と紺画は慎重に体を持ち上げ、前傾姿勢を取った。

 噴射音が益々大きくなって……。

 ドン!!

 爆発音と同時に、二人の姿が消えた。


「うがっ!」

「ぐあっ!」


 男の悲鳴が包囲網の一角から発せられた。

 もんどり打って倒れる黒服数人の遥か先に、とんでもない速さで飛び去っていく青汰たちの後ろ姿が辛うじて見えた。

 ジェットコースターじみた二人の絶叫はすぐに聞こえなくなり、再び蝉の鳴き声が音量を増した。

 これはチャンスだ。

 闘争ならぬ逃走本能が、好機到来を告げる。

 何はさておき、逃げるなら今だ。


「上出来。ナイス露払い」


 アルティアが短いバトン状の機器を手に、そんな恐ろしいことを言ってのけた。

 あの二人にだけ加速装置を渡したのも、これが狙いだったのか。


獅子吼法(ししくほう)の一、破金剛(はこんごう)!」


 ファイティングポーズを取るサナギの腕が、白い光を帯びてうっすら輝き始めた。

 何か半透明の靄みたいなものがまとわりついている。

 それを見たアルティアが感心した様子で、


「ほう、大気より集めた霊子(エーテロン)を凝縮しているのか。大したものだ」

「これできないと追儺士の免許取れないんだよね。苦労したよ」サナギはルキに眼を向け、「ルキちゃん、今からあっちに向かって走り出すから、後についてきて。あたしからなるべく離れないでね」

「は、はいです」ルキは不安そうに俺を見て、「山田さん、どうかご無事で」

「ん、おう」

「平気よ、こいつ逃げ足だけは学校一だもん」

『インターハイとかならまだ判るが、学校一ってそんなにすげーのか?』


 判らん。

 ていうか校内の生徒と逃げ足を競ったことがない。

 一方、サナギの変貌を目の当たりにした黒服たちは、


「なんと、あの娘、気魂を己の腕に」

「恐らく比礼(ひれ)を身につけておるな。鋭い波動から察して蜂比礼(はちのひれ)か」

「おのれ泥棒猫の分際で。絶対に許せん!」

「だから違うってば……」


 サナギの溜め息を尻目に、両脇から四、五人がまとめて襲いかかってきた。

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