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5-1 フィーリングカップル三対三(スリーオンスリー)

 土曜日がやって来た。

 夏期休業が終わって初の休日。

 圧倒的多数の生徒たちにとっては、待ちに待った休み感が強いのだろうが、本来なら誰よりも嬉しがるであろうサボりの常習犯である俺は、実のところかなり複雑な心境なのだ。

 遂に魔の土曜日がやって来てしまった、といったほうが内的描写としては正確であるほどに。

 午前十時。

 空は俺の気持ちを投影するかのように、雲に覆われたり、たまに晴れ間が射したりという移り気な天気。

 集合場所の正門前に集まった六人の学生は、そのまま道路に出て予定通りバスに乗り、一路麓町へ向かうこととなった。

 うち三人は気心の知れたサボり仲間だが、残る三人は共通点のまるで見当たらない女生徒という、一見不可解な集まりなのはさて置き。


「ルキちゃん、私服もカワイイねえ」

「そ、そんなことないです」

「いやいや、やっぱりスカートは白が一番だよねえ」


 最後尾の五人掛けシート。

 その左端に座らされたルキは、青汰と肘掛け付きの窓に挟まれ、ひどく居心地が悪そうだった。


「その長いのは何? 腕を鍛える器具か何か?」

「ええと、そ、そうです。うう腕を鍛えてるです」

「へぇ、なんかいじらしいなあ。こないだ日本刀っぽいやつ持ってたよね。あれとは違うんだ?」

「ち、ちち違うです!」

「そっかあ。それにしても、私服もカワイイんだねえルキちゃんて」

「そ、そんなことないです……」

「スカートはやっぱり白が……」


 会話がループしている。

 麓町に着く前から押せ押せムードの青汰に対し、ルキは明らかに引きまくっていた。

 そんな青汰の隣に座る紺画とアルティアは、打って変わって話が弾んでいる模様。


「そういえば、アルティアさんの名前って、古代日本の蝦夷(エミシ)の長から取ってるんですよね」

阿弖流爲(アテルイ)のことか。いかにも。祖父の母が東北の出で、阿弖流爲の血を受け継いでいたと聞いている。産まれたばかりのワチキが黒い瞳をしていたので、母の眼の色を思い起こした祖父が名づけたのだそうだ。もっとも、アテルイは英語圏だと発音しにくいので語順は変えてあるのだがな。よく知っているな君は。確か吽野といったか」

「おおっ憶えていただいて光栄です。そりゃあもう、アルティアさんのことならなんでも知ってますよ! 大ファンなんで」

「同級生なのだから、敬語はよしてくれ。こそばゆい」

「いやいやいやとんでもないですよ。天才中の天才にして、大哲人アリストテレスや大数学者ゲーデルに比肩するとまで言われたその頭脳、これを敬わずして何を敬うか! ってなもんです。ところでそのバッグ、えらい重そうですね。何入ってるんですか」

「色々。見るか?」

「いいんですか? やったぁ!」


 アルティアの隣に座っていた俺は、首を(ひるがえ)して窓外の流れ去る景色に眼を向けようとしたのだが。


「ねえ、追一」


 前の座席に独り腰かけていたサナギが、こっちを向いて口を開いた。


「ん」

「なんなのその服」

「見りゃ判るだろ。ジャージだよ」

「恥ずかしくないの? あんただけよ、そんな恰好してんの」

『お前も災難だねー、事あるごとにケチつけられてさ』


 そう思うなら肩代わりしてくれよ、頼むから。

 本当お前は口先だけだな。


『そんだけお前のことが気掛かりなんだろ、このねーちゃん。あれだな、女房気取りってやつ?』


 恐ろしいこと言うなって。

 お前の声、周りに聞こえてなくて本当に良かったわ。

 なおも口の中でぶつぶつ呪い(ごと)を呟きながら前を向くサナギ。

 言われてみれば、学校指定の服を着ているのは俺だけで、後の五人はもちろん、バスに乗り合わせたほかの生徒たちも全員思い思いの私服に身を包んでいた。


「いいだろ別に。ただ町に下りるだけなんだし」

「……もういいわ」


 意外なほどあっさり引き下がるサナギに、ある種の薄気味悪さを感じていると、突然身を乗り出したアルティアに、


「時に、君たちはなんで縦に並んでいるのだ?」


 と問われた。

 今日のアルティアは髪を下ろしているので、いつもと雰囲気が違う。

 逆にサナギは長い髪を後頭部で一つにまとめていた。


「縦? いや、別に理由はないけど」

「なければ狩魔の横に座ればいい。そこは狭かろう、山田よ」


 アルティアが妙な気の利かせ方をしてくる。

 未だ車内にいるこの段階で、早くもトリプルデートのカップリングを成立させるつもりかよ。


「アルティア、あのさ」


 紺画が嬉々として牛革のバッグを覗き込んでいる隙に、隣に話しかけた。

 紺画に聞かれないよう、充分声を落として。


「なんとかしてくれよ」

「なんのことだ」

「この状況をだよ」

「不満か? ならば暁月の隣にしてもらうか? 阿川が怒ると思うが」


 ギュンッと首を振り、サナギが凄まじい形相でアルティアを睨みつけている。

 このストレートな物言いは文化の違いを反映しているのか?

 にしては、同じ文化背景を持つはずのサナギの態度が、俺には今一つ理解しかねた。

 どうして青汰の代わりにこいつが怒るんだろう。


「そういう問題じゃない」俺は脱線しそうな会話を力ずくで戻す。「青汰と紺画には、お前何も伝えてないだろ? 村雨とか、ここいら一帯の霊子(エーテロン)がどうとか」

「むろん。言ったところでなんの益もない」

「じゃあ、どうしてなんの関係もないこいつらを連れていくんだ。観光なんてお前独りでできるだろ」

「何を言うか」アルティアは心外だと言わんばかりに両瞼をしばたたかせ、「人数が多いほうが楽しいではないか。それに提案してきたのは彼らのほう。無下(むげ)に断るのも悪かろう」

「まあ楽しいってのは否定しないけど」口を挟むサナギ。「あんまり面倒なことに巻き込まないでよね」

「何を今更」呆れたように眼を(みは)り、アルティアは続けて、「とうに巻き込まれているではないか、君たち二人とも」

「え?」

「ええ?」

『そうなのか?』


 いや判らん。

 仮にそうだとしても、個人的にはまだ脱出可能と信じたいところだ。


「それに、村雨の謎はワチキとしても気になっているのだ。研究所の調査結果にも、なんら不思議な点はなかったというではないか」


 そう。

 昨日の放課後、寺島先生に理化学研究所の分析結果を教えてもらったのだ。

 水滴の成分に特筆すべき点は見られなかったという。

 刀から吹き出しているのは純水そのもの。

 100パーセントただの水。

 やはりルキの手から引き離すには、刀本体を調べる必要があるかも、というのが先生の導き出した結論だった。


 ……この刀身の冷たさが、表面の結露の原因だとは思うのだけれど。冷却のメカニズム自体、ちょっと見当がつかないのよね。


 刀身にそっと指を触れながら、先生がそう語っていたのが思い出された。


『涼みてぇときに便利だよな』


 何下らないこと言ってんだ。

 あとさ、お前暑さ感じるの?


『いんや。ただ、お前が汗ダラダラかいてんの見ると、すげー暑苦しい』


 どのみち俺はあの刀には触れないけどな。

 期待に添えなくて悪いが。


『でも肝は冷えるだろ? 怪談話よかよっぽど効果大だと思うぜ』


 いい加減にしろ。

 寿命が縮むっての。


「一応、村雨があったという祠には行ってみたい」


 雑談を切り上げ、アルティアの言葉に耳を傾ける。


「けど、手がかりなんて残ってなくない? あったとしても、里見衆が先に見つけちゃってるでしょ」

霊子(エーテロン)の乱れに村雨が関わっているのはほぼ確定的。後追いにせよ、行ってみる価値はあろう」


 と、バスが徐々にスピードを落とし、やがて完全に停車した。

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