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4-1 転入生が言うことには

「つまり……こういうこと?」


 翌日の昼休み。

 イギリスはスコットランドからはるばる訪れた転入二日目のクラスメイト、アルティア・ハイデルマンは、この不可解な現状をおさらいすると称して、校内最大のオアシスたる保健室に居並ぶ面々を鷹揚(おうよう)に見渡した。

 二日目といっても、彼女が実際に授業に参加するのは今日が初めてだったわけだが。


「降魔調伏の退魔行を生業とする追儺士の狩魔サナギの家に、今から三日前、犬塚のお堂が破壊されたと連絡」


 サナギが(うなず)く。


「しかし実際はその前日、堂内のご神体が壊れる瞬間にたまたま立ち会っていた暁月見姫が、左手から離れなくなった日本刀……村雨をやむなく持ち去っていたに過ぎなかった」


 続いて見姫、ルキが頷く。

 白布は取り払われ、水滴を帯びた独特の刀身が露わになっていたが、不思議にもその一粒一粒はまるで凝固したかのように密着していて、一滴たりとも表面を滑り落ちて保健室の床を濡らすことはなかった。


「そして昨日の朝、暁月の意思とは関係なく動く村雨に襲われたこの山田追一が、以来謎の声を聞くようになったと言い張る」

「ちょっと待て」


 早速突っ込みを入れる。

 丁度オアシスの主たる美貌の校医に腰のガーゼを取ってもらうところだったので、Yシャツを胸の上までたくし上げるという、女生徒にはなるべくお目にかけたくない体勢からの発言だった。


「俺のとこだけなんかおかしくないか? 主観が混じってるっていうか」

「別に。至極客観的な判断。時に、この山田追一というのは本当に本名? 珍妙。嘘臭い。苗字が陳腐(ちんぷ)なだけに一層」

「うるさいよ。珍しくて悪かったな」


 珍妙だの陳腐だの、こいつこそ本当に外国人か?

 生粋の日本人だって十代の若者はそんな言葉使わないぞ。


『落ち着けって。俺なんかお前の妄想扱いだぜ。泣けてくるわ』


 名無しのお前に慰められるなんてな。

 俺も落ちぶれたもんだ。

 豪奢(ごうしゃ)な巻髪の転入生は興味を失ったように目線を外し、ルキの持つ刀を見据えて眩しげに眼を細めた。

 その瞳は墨のように黒々と塗られ、純洋風の相貌に東洋的なワンポイントを残している。


「にしても、ここで天下の霊刀村雨に相見えることになろうとは。思わぬ僥倖(ぎょうこう)眼福(がんぷく)

『なんだよギョーコーガンプクって。母国語か?』


 俺に訊くな。

 多分日本語だろうが、俺だって初耳だ。


「あら、この刀のこと知ってるの?」


 それまで黙していた寺島先生が尋ねかけた。


「知らいでか。頭に超がつくほど有名。〈抜けば玉散る氷の刃〉……この極東地区全域で唯一、霊子(エーテロン)階級Sクラスに分類される、稀に見る霊具の一つなり。そもそも日本刀とは、たたら、積み沸かし、折り返し鍛錬、甲伏(こうぶ)せ、焼き入れの五つの工程からなる、世界的に見ても一級の工芸品。それに奇瑞(きずい)を併せ持つ、名刀にして霊刀がここにおわす村雨なのである。重畳(ちょうじょう)


 西欧系の透き通った顔立ちとは裏腹の古風な言い回し。

 そのギャップに起因する違和感を、俺は未だ払拭できずにいる。


『おかしな奴だな。美人っちゃあ美人だが、確実に変人だろ。何者なんだよ、こいつ』


 他人を不思議がる前に、お前はまず自分の正体を突き止めろよ。


「あら、やっぱりわたしの苦手な分野の話みたい」


 舌を出して笑う寺島先生。


「ほんと物知りだよね、アルティア」サナギが感嘆の吐息を洩らし、言った。「あたしたちよりオカルト方面のこと詳しそう。日本語も達者だし」

「何を隠そう、ワチキが日本に来た第一の目的が、そっち方面のことなのだ」

「え?」


 話す事柄を選んでいるのか、肩先に垂れる淡紅の毛先を三本指で(しば)(もてあそ)んだのち、アルティアは、


「世界四大聖人のうち、最も新しい時期に出現したイエス・キリストを除く三者が、その登場した年代にのちのキリストほど開きがないのは周知の通り」


 唐突にそんなことを語り始めた。


『いきなりなんの話だよ』


 さあな。


「儒教の創始者・孔子は紀元前六世紀中葉から同五世紀の人で、古代ギリシャの哲人ソクラテスが前五世紀半ばから同四世紀初頭。仏教の開祖・釈迦はその生存年代に二説あるが、どちらを採択しても孔子かソクラテスとは同年代。また、ゾロアスター教を(おこ)したザラシュストラも少し遡るが前七世紀から同六世紀、ジャイナ教の教祖・ヴァルダマーナも釈迦と同時代人であることがはっきりしている。双方ともに、規模としては三大宗教に劣るが、現代まで存続する〈生きている〉宗教」

「俺、無宗教なんだけど」

「宗教談義ではない。紀元前七世紀から四世紀初めに渡る三百年の間に、古代の名だたる宗教家・思想家はほぼ出揃っているのだ。哲学者にして精神科医でもあった、かのカール・ヤスパースが〈枢軸時代〉と呼んでいた時代。これについてどう思う? 山田」


 俺に訊くなよ。

 思うも何もないっての。


「何もないのか。その〈枢軸時代〉とほぼ同じ年代に〈精神革命〉なる概念を提唱した伊東俊太郎は、君と同じ日本人なのだが」


 いや、だからなんなんだよ。

 当てこすりのつもりか?


「でも、世界三大宗教のうちキリスト教とイスラム教は、それに当て嵌まらないわよ。それと、その二つの源泉となったユダヤ教も無視できないんじゃなくて?」


 すかさず寺島先生が異を唱えてくれた。


「その三つは、ほかの宗教とは切り分けて考えるべき」しかし転入生は動じない。「何せ、ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、名こそ違えど結局は同じ唯一神を崇めているのだから。信仰の対象が同一である以上、同時発生することはまずありえない」

「なるほどね。まあいいわ」先生は譲歩して、「で、この壮大な話の終着点はどこなのかしら。ユング言うところの共時性の一事例とか?」

「オカルトとの交配で畸形(きけい)を産んだ俗流精神分析、興味はあるけれどもそこはワチキの管轄外。ワチキがここに来たのは、この地の霊子(エーテロン)が世界的に見てもおよそ非常識なくらい活性化しているため。その調査のため」

「エーテロンって?」


 サナギが尋ねる。


「霊的存在の最小構成単位。アストラル・ボディ……星気体やエーテル・ボディの構成要素と言えば、よりイメージしやすいのでは」


 無理無理。

 イメージ以前の問題。

 要するに、得体の知れない何かを形作る、一番小さな何かってことだろ。


『何かってホント便利な言葉だよな』


 ああ、お前が言うと重みが違う。


「それともう一つ。実は今、世界各地で大変な事件が頻発(ひんぱつ)していて」

「大変な事件?」

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