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3-4 再登場の懲りない面々

 今日一日の時間の長さというものを痛感しつつ、俺は(ようや)く帰りの途に就いた。

 本当は独りでさっさと帰りたかったのだが、そんなことをあの横暴な幼馴染が許すはずもなく、寮に戻る生徒たちの姿が(まば)らになる午後五時過ぎ、ルキこと暁月見姫を連れてやっと保健室を出たところだ。

 気温の上昇も落ち着き、夏の落日は既に山々の向こうにあったが、本格的な夕暮れを迎えるには今少し時間が必要なようだった。


「おい、どこ行くんだよ」


 ルキのほっそりした腕を力強く取ると、何故かサナギは階段を上へ上へと進んでいく。


「もう忘れたの? あんたの除霊をするのよ。外だと人目ついちゃうでしょ」


 俺にしか聞こえない謎の声に関して、寺島先生はその処置如何をサナギに一任した。

 というより、これ以上不可解な事象に手を焼きたくないというのが本音だろう。

 日本刀の表面に付着する水滴のサンプルを採取した先生は、それをどこぞにあるという理化学研究所勤務の知人に調べてもらうべく、放課後になると早々に校舎を離れた。


「それともルキちゃん送ってからにする? あ、ルキちゃん、ひょっとして早く帰りたかった?」

「あ、いえ、大丈夫です。ご一緒しますです」

「さっさとやってくれ。で、どこでやるんだ」

「屋上」


 三階から非常用階段を使って屋上へ。

 打ちっ放しのコンクリートが広がる屋上空間に見当たるものといえば、貯水タンクと鉄柵くらい。

 運動部の少々(だる)そうな掛け声がグラウンドから微かに聞こえるほかは、人影もないし静かなものだ。

 一般生徒であれば、この時間帯にまず足を運ぶような場所じゃない。


「ルキちゃんは、そうだね、あたしの後ろにいて」

「俺は?」

「そこに立って、こっち向いて」


 言われるがまま所定の場に立ち尽くす。

 元々麓町とは隔絶された小高い丘の上に校舎や学生寮があるため、眼下に見える遠景はさながら下界を見(はる)かす神の視座のようでもあった。

 そういえば、あの厄介な音声が数刻前からふっつり途絶えている。

 もしや観念したのか?

 あるいは身の危険を感じて早くも俺から離れたとか。


『残念でしたー』


 ……そんなことだろうとは思ったが、改めて声を聞くと心底ガッカリだ。


『うんうん判る判る。お前の心境は。痛いほどにな』


 うるせえよ。


「約束だからね」

「ん?」

「謝礼よ謝礼。三千円」

「もちっと、まからないか?」

「消費税取らないだけありがたく思いなさい」


 なんてこった。

 除霊に成功したら半月分のジュース代は消えちまうのか。

 いやいや待て。

 仮に成功したとしてもだ。

 俺がまだ取り憑かれていると主張すれば、散財しないで済むかもしれないぞ。


『さすがにバレるだろそりゃあ。ブレブレとはいえちゃーんと見えてんだし』


 まあそうだろうな。


『それとさ、もっぺん確かめたほうがいいんじゃねーの』


 ?

 何をだよ。


『その謝礼って、俺を祓うのがうまくいったら渡すってことなのか?』


 何を今更。

 もちろんそのつもりだが。


『行為そのものに対する謝礼じゃねーのかってことさ。成功するしないに(かかわ)らず』

「えっ」


 …………。

 俺は慌てて問い質した。


「別に決まってんでしょ。成功報酬はこっちで指定した額請求するからね」

「待て待て、待ってくれ。そりゃ無理ってもんだ。スマホの料金払えなくなる」


 だったらサナギの力は借りないで、違う方法考えるっての。

 今暫くこいつと付き合うのは大いに(しゃく)に障るけど。


「あ、あそこに人が!」


 俺は適当な方向を指して声を上げた。

 つられてそっちを見るルキ。

 いや、お前が見てどうする。


「そうやって逃げるつもりね。その手は喰わないわよ」


 やはり十年来の腐れ縁には通じなかったか。

 顔色一つ変えず両手を奇妙な形に組み合わせ、サナギは口の中で何やらモゴモゴ唱え始めた。

 除霊が始まったのか?

 と、俺が示したのとは異なる通用口の陰から、音もなく黒い人影が浮かび出る。

 それも一人じゃない。

 二人目、三人目……全部で四人。

 サナギの怪しげな詠唱が呼び寄せた……わけでもなさそうだ。

 見憶えのある和服。

 そして木刀。

 今朝の、あいつらだ。


「お、おいサナギ! 見ろよ、そっちそっち!」


 今度は本気で指を差し、声高に叫んだ。


「何度言ったら判るの? 学習能力ゼロねあんた。そんな子供騙しに引っかかるわけないじゃない」

「違うって、本当にいるんだよ! 後ろ後ろ!」


 俺はまさしくオオカミ少年の心境だった。


「こんな時間に誰が来るっていうの、どうせならもっとましな嘘つきなよ」


 男たちは俺とサナギには眼もくれず、未だ闖入(ちんにゅう)者に気づかずにいる日本刀少女の周辺にまで進み出ていた。

 各々が年季ものの木刀を構えつつ。


「ルキ、右見ろ右!」


 サナギと違って素直なルキは、俺の言う通り右手方向に首ごと向いて、

 ……悲鳴を放った。


「ルキちゃん!?」


 すぐさま身を反転し、状況を呑み込んだサナギは男たちに囲まれるよりも早くルキの許へ駆け戻った。

 それにしてもあの四人組、一度ならず二度までも。

 全く懲りない連中だ。


「あんたたちね、ルキちゃんを狙ってるってのは」

「誤解するな。我らが所望はその刀のみ。大人しく返せば何もせず引き下がろう」

「返さなかったらどうするの」


 リーダー格の男が雑巾絞りの要領で木刀を持つ腋を締め、中段に近い独特の構えを取った。


「邪魔立てするなら、少々切ない目を見ることになろう。さてはお主が噂に聞く逐電士か」


 それを聞いたサナギの表情が、一瞬にして凍りついた。


「ち……逐電士?」


 まさか、まさかサナギが逐電士なのか?


『このねーちゃんが逐電士だとお?』


 だから疑問をかぶせるなっつーの。


『そういやあのセンセー、逐電士のことはこのねーちゃんに話してなかったよな』


 確かに。保健室にいたときも、美人校医は日本刀少女のケアに気を取られていて、その件に関してサナギに話すのを失念していたようだ。

 いや、だがそれにしても、今のあいつの反応はまともじゃない。

 いくらなんでも度が過ぎている。握り締めた拳がわなわなと震えているのが、俺の距離からでもありありと見て取れる。

 あの態度は、喜怒哀楽でいうところの、(まご)うかたなき〈怒〉の噴出。


「逐電士ですってぇ!」


 雄叫びに似た怒声が、色合いを深めつつある蒼天に響き渡り、床の砂(ぼこり)を竜巻状に吹き上げた。

 追手たちが一斉に構えを改める。


「むおっ、この気合い……」

「かなりの手練(てだれ)か!」


 声量だけでは説明できない、途轍(とてつ)もない気の凝縮のようなものを、我が幼馴染はいちどきに解き放ったようだった。


「やはりお主が逐電士か」

「そんなわけないでしょ!」


 サナギは言下に否定した。


「むしろ敵よ敵、商売敵! 逐電士が異形のものたちを勝手に逃がしてるせいで、あたしたち追儺士(ついなし)は商売上がったりなんだから」


 異形のものを逃がす?

 ツイナ、シ?

 何を言っているのかさっぱりだ。


「追儺士とな?」そんな中、リーダー格の男が一歩前に乗り出して、「ではお主、退魔の一族か。さすれば、今し方の気合いは獅子吼法(ししくほう)の一種か」

「! あなたたち、何者?」


 怪訝(けげん)そうに眉を顰めるサナギ。


「我らは里見衆。古河公方(こがくぼう)の塚を守護する者」

「里見って……ひょっとして、八部衆の人たち?」

「左様。里見八部衆がうちの四柱、仁の五部浄(ごぶじょう)である」

「同じく義の沙羯羅(さから)

「同じく礼の鳩槃荼(くばんだ)

「同じく智の畢婆迦羅(ひばから)

「なんだ、そうだったの」サナギはほっと胸を撫で下ろし、「なら話が早いわ。あたし敵じゃないもの」


 取り囲む四人も構えを解いたが、総じて、依然として表情は険しい。



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