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3-2 幼馴染は猟奇的

 だが、そのまま玄関先まで俺を引っ張り込むかに見えたサナギは、あれ? と頓狂(とんきょう)な声を上げてその場に立ち止まった。

 俺の耳を掴んだまま。

 通用口の鉄柱の一方に身を寄せてこっちを(うかが)っている、小柄な少女の容姿が眼に映る。

 左手から伸びた白い棒状のものを胸許に抱いた、それは今朝知り合ったばかりの無意識の襲撃者……暁月見姫にほかならなかった。


「ルキちゃん、出てきても平気なの?」

「あ、はいです、なんとか」

「まあその恰好なら、日本刀持ってるとは誰も思わないだろ。もう教室に戻れば?」

「あんたは無責任なこと言わないの!」


 耳朶を引く力が俄然(がぜん)強くなる。


「痛い、痛い! 暴力反対」

「取り敢えず、保健室に戻ろっか。ルキちゃんお腹ペコペコでしょ」

「すみませんです……サナギさんのお食事まで遅らせてしまって」

「いいってことよ。全ての元凶はほら、こうして捕まえたし」

「俺もうメシ喰っちまったんだけど」

「うるさい。追一、あんたは黙ってついてくればいいの」


 やっとのことで耳を離してもらい、先を行く両者の後ろをとぼとぼと歩き出す。

 申し訳なさそうに幾度も振り返る見姫……ルキを、いいからいいからと手で制する幼馴染の女傑。

 傍目には俺が捕虜に身を(やつ)した敗残兵みたく見えていることだろう。


『何グズグズしてんだ。さっさと逃げちまえって。お前なら余裕だろ』


 そう言うな。

 この場は逃げおおせたとしても、こうして学校に通っている限り、いずれは見つかって捕まっちまうんだ。

 今は刺激しないほうが身のためだ。

 下手に怒らせると後が怖い。


『そんなもんかねえ。さっきの保健の先生のがよっぽどおっかないと思うけどな』


 お前はちっとも判っちゃいない。

 こいつの恐ろしさを理解していないから、そんな口が利けるんだ。


「何変な顔して黙り込んでるのよ。変な奴」


 振り返り、吐き捨てるようにサナギが言う。

 そりゃないだろう。

 黙るように言ったのはどこの誰だよ。


「まだ休みボケが治ってないみたいね、追一」

「そうらしい。ちょっくら保健室のベッドで寝てくるわ」

「ん? 何か言った?」


 凶悪な視線で睨まれた。

 ここは話を逸らそう。

 青汰との会話で気になったことが一つあるんだ。


「なあサナギ、うちのクラスに転校生が来たってマジか?」

「そんなことも知らないの?」サナギは呆れたように語尾を上げた。「ていうより情報が周回遅れ」


 なんだそりゃ。


「本当は今日来る予定だったんだけど、お家の都合で間に合わなかったんだって。来るのは明日」


 なるほどね。

 そこまでの情報は、よそのクラスにはまだ伝わってなかったと。

 そうこうしているうちに、人気のない正面玄関に到着。

 靴を履き替えて校舎内へ……と思いきや、開けた下駄箱から上履きを取ろうとしたサナギの動きが、ピタッと停止した。


「どうしたんだよ」

『ラブレターでも発見したんじゃねーか?』

「なわけねーだろ……あ」


 これはいかん。

 脳内での対話が思いっきり声に出てしまっていた。


「…………」


 まあ俺のことなんて一々気にも留めないサナギのことだし、大丈夫だろう。

 相変わらず変な奴だと思われるだけだ。

 そう開き直る。

 下駄箱に手を伸ばした体勢でゆっくり首だけ向け、サナギは平常時より一オクターヴ低い声で、


「追一、あんた……何かに取り憑かれた?」

「……えっ」


『おおっ俺のことか!』


 バレてる。

 なんでだ?


「お前、な、なんで判るんだよ」

「さっきから、なぁんか妙だなぁと思ってはいたのよ。くっきり見えるわけじゃないから、あんまり自信なかったんだけど」

「じゃ、じゃあ少しは見えてるってことか。そうなんだな?」

「見えるっていうか、ほんのちょっと、輪郭がぶれてるなって程度」

『クロッキーかおのれは。もしくは画質落としすぎ!』

「声も聞こえてんのか?」


 完全無視。


「ううん、声は全然。あんたには聞こえるの?」

「まあな、できれば聞きたくないけど」

『この女ちょっとすごくね? 俺、自分でも自分の姿見えてねーってのに』


 そう、この狩魔サナギは、いわゆる霊感体質というやつなのだ。

 割と繊細な人がなりやすいイメージがあるけれども、こいつにそれは当て()まらない。

 とにもかくにも、その霊的センスは本物だった。


「衝撃だわ。まさかあんたに取り憑く物好きがいたなんて。あんた一生この手のものとは無縁だと思ってたのに」


 全くだ。

 生まれてこの方、霊体験なんてただの一度もない。

 我が家の霊視能力は、優等生ではあったがサナギが大人しく見えるほどの傍若無人っぷりで近所でも評判だった姉貴が、一手に引き受けていたからなあ。


『……やっぱ紹介しなくていいわ、お前の姉貴』

「で、俺に取り憑いてるのは一体なんなんだ?」

「そんなの判るわけないでしょ。気配もうっすらだし、姿形だってはっきりしないのよ」


 上履きを履いたサナギが、人目を気にしているルキの横にスッと並んだ。

 ルキの頭頂は丁度サナギの鼻先の高さにある。

 サナギの奴、また背伸びたんじゃないか? 

 前の測定時の僅か一センチ差が、俺の自尊心を保つ最後の砦だったってのに。


「あんた当事者なんだから、直接訊けばいいじゃない。お互い意思の疎通は図れるんでしょ?」


 だそうだが?


『そんなに俺の正体が気になるか。そうだなぁ、()いて言うなら〈神〉が一番相応(ふさわ)しいんじゃねーかな。ほら俺様って神々しいまでに知的じゃん。ウィットに富んだ会話の数々にこの美声。ご尊顔のほうもさぞかし眉目秀麗な……』

「ダメだ返答を拒否られた。自分がなんなのかも判ってないらしい。一種の錯乱状態」

『てめーちゃんと通訳しろや』

「下等動物の霊か何かかもね」

『ざけんなコノヤロー! ケンカ売ってんのか』


 ったく、えらく好戦的な神様もいたもんだな。

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