焚火の前
たき火の為の乾いた薪は、石碑からさほど離れないところで思ったよりすぐに集まった。
火口にする為の枯れ草に、杖にも出来そうな木の枝と、雷にでもあったのか引き裂かれ焦げた跡のある、朽ちてはいない乾燥した倒木も見つかった。俺は、さっそく持っていたナイフと剣で、焦げている木の裂け目から木片を切りだした。
剣の方は、大したものじゃないのは俺が見てもわかる感じで刃の部分も、あまり研がれていなく切れ味も良くなかったが、ナイフの方は柄の意匠も凝っていたが鞘から抜くとその刀身は、油で濡れているかのごとく夕日の光をヌラリと艶めかしく輝いていた。
ナイフは両刃の小型の短剣で、ダガーと呼ばれる物だろうか?柄に近いブレードにはなにやら紋章のようなものが刻印されている。これは、かなり良い物なんじゃないだろうか?
貧乏症の俺としては、木を刻むにそのナイフを使うにはもったいない気がして仕方なかったが、剣の方があまりに切れ味が悪すぎたため結局木片の細工にはナイフを使う事になってしまった。
焦げた木片の端近くにナイフで摩擦穴を刻んで、火種が集まりやすいようにV字の切り込みを入れてゆく、そして拾ってきた杖になりそうな良い感じの木の枝を刻んで程良い長さにし、その先を削って摩擦穴へ押し込むと、木の枝を両手で挟んで下に押しつけるようにしながら両手をこするようにして
回転させてゆく・・・つくづく手袋があって良かった。
手袋があっても手はかなり痛たかった。
小学生のころ、オヤジに連れられて行ったキャンプで、オヤジはライターを持ってるくせに男のロマンだ!と、この原始的な方法で火をつけて見せて俺に向かってドヤ顔をし・・・最後には俺にまで、それを強要した。
あの時は、そんなオヤジの男のロマンに全くと言っていいほど共感できず。手の痛みへの不満を込めた冷めた目で、オヤジの顔を見てしまったことを、今だけは心から謝りたい。
サンキューオヤジ!おかげで助かった!!
正直言ってキャンプの時は、欠片も感動しなかったんだが・・・森の中で夜を明かさなくてはならない今、掌の中で回転させた木の枝と木片の摩擦熱で出た、黒く変色した木屑から煙があがって来た時には・・・本当に感動し・・・オヤジに感謝した。
まさか本当に、これが必要になるなんて思わなかった・・・迫られて必死にやったときに出来ると、こんなに感動するんだな、達成感が半端じゃない。
でも俺は、やっぱりライターがあったら、こんなことやる気には絶対ならないけどね。
煙を上げる火種をさらに増やしてから木の葉で火種をすくい上げ、枯れ草に包み込んで息を吹きかけると見事に火がついた!突然燃え上がった焔に若干あわてつつ、組んでおいた枯れ木と枯れ草の間に火のついた枯れ草を突っ込んでやると、かなり乾燥してたのだろう驚くほどスムーズに火がついた。
たき火の完成だ!朝まで消えないようにもう少し薪を作っておこう!
たき火の火の具合を見ながら、さっき引きずって来た雷で焦げてる倒木を剣でさらに切りつけて
追加用の薪を作ってゆく。
◆◇◆◇
あ~・・・火があると、なんか安心するもんだな。
もう辺りはすっかり暗くなってしまって、夜の森の静けさと時々聞こえてくる獣の声・・・時折風でざわざわと音を立てる森の木々のざわめきも、このたき火の炎の明かりがなければどんなに恐ろしく感じただろう。
この炎の明かりと、暖かさは本当にありがたい。
たき火で、塩ジャーキーこと干し肉を炙ってみたが、これも悪くなかった・・・この塩ジャーキー、刻んでスープとかにするのも悪くなさそうだなぁ等と思ったが、鍋がないので今は諦めるしかない。
ちなみに、薪を集めてるときに見つけた、むかごのようなものも枝を削って作った木串に刺して
火であぶってさっきからつまんでいる。
ほこほこして、まさにむかごの味だ。やっぱり見た目も味も、むかごだな。
「むかご」とは、山芋のつるに出来る小さな丸い実のようなものだ、正確には実じゃないらしいけど
これを土に埋めとけば山芋の芽が出るらしい。子供のころ、ばあちゃんの家の裏山で見つけて取って帰ると、ばあちゃんに渡し夕飯にむかごの料理が1品追加されるのが楽しかったっけ。
じいちゃんと山に行って見つけると・・・その場で生のまま喰わされたけどな。
というわけで、むかごと決まれば、じいちゃんに食わされたように生でもイケるはずなのでそのまま口に放り込んでみる、生でかじるとカリカリシャリシャリと、山芋を大きめに切って食べる時のような食感と風味でこれもうまい。
子供のころの味覚的には、火を通した物の方が美味かったんだが・・・大人になってからは生むかごの食感もいいな、また食べたいなと思ったもののなかなかその辺で売ってる物でもなかったので食べられず終いだったんだよな。まさか、それをこんな場所で食うことになるとはな・・・。
これがむかごだったということは、あのつるの根元を掘れば、何らかの山芋が手に入るはずだ明日は食材確保のために、とれるだけむかごを取って、芋も掘ってみるとしようかな?などと食材採取を考えると何かすこし楽しくなってくる。
我ながら、お気楽思考だ
それにしても、やっぱりさっぱり現状はつかめない。電車の中にいたはずの俺が、居睡から覚めたら森の中にいて荷物も、体さえも俺の物ではない状況って一体・・・
火を見つめつつ色々な事に思いをはせる。
電車の中にいた俺は、体ごと消えて、いまここにいるのだろうか?
それとも、意識だけがここにいるのだろうか?
しかし、ここは夢のなかではないようだし・・・意識だけがここにいるなら、向こうの俺はどうなってるんだろうか?意識不明なのか?それとも?・・・などと考えてもわからない事なのに、どうしても考えてしまう。
まぁ、とりあえずこの状況を乗り切って、今を・・・そして明日を生きるしかない。
明日は、どうしよう?とりあえずは、むかごとか食材をもう少し確保して・・・水も探して・・・あとは、この場所に戻れるような方法を確保したうえで森から出て、人里を探さないとまた森の中で夜を
明かすことになる。
結構な数取って来たむかごと、塩ジャーキーこと干し肉をかじってすこし腹も膨れ・・・
目の前で揺れ爆ぜる炎を見つめているといつの間にか、その炎の揺らめきを眺めながら心地よい暖かさにウトウトし始めた。俺って結構、思ってたより肝が太いのかもな、こんな夜の森の中で眠くなってら・・・
そんなことを考えながら奇妙な一日を過ごしたことで疲れもたまっていたのか、とりあえず体を休めようと石碑の根本に横になると、俺は特技といってもいい、いつもの異常な程の寝付きのよさを発揮して眠りについた。
読んでいただきありがとうございます。




