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憧れのヒト

ぱちり、ぱちり。

目の前に白い天井が広がる。

「あっ、お目覚めですね陽介さん」

ホワイトブリムまで乗っけたメイド服姿で近づく。

「風邪ですか?」

端麗で長いまつげの顔が迫ってくる。

「ちょ、ちょっとゆかりさん……っ!?」

耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。体を揺すって逃げようとするが腕に柔らかい感触を感じて硬直する。

鼻先がくっつくくらい接近した頃には目をつむっていた。

ズルッ。

従姉が足を滑らせる音を聞いた。

二つの双丘が胸板にのしかかる。

すばらし……、けしからん重圧感。耳元に彼女の吐息がかかり、背筋が凍る。

それにしても柑橘系の香りが――、っ!?

「ちょっとゆかりさん………? そろそろ離れて……」

「――ごめんなさいっ! 陽介さんごめんなさい!」

ばっ、と体を起こし、俺から離れる姉。

ドキン、と彼女の体が離れたときに痛んだ胸の痛みはなんなのだろうか。

「ゆかりさんはいっつもこうだから慣れました」

「ごめんなさい…………」

いくらいとこの姉だとしても、年上にここまで頭を下げさせるのは無い。

「頭を上げてください……。それよりもいきなりですね」

「メイドですか? 仲の良い友達に誘われちゃってですね……」

「似合ってますよ、凄く」

もちろんお世辞ではない。

今日見たリリンさんのメイド服と同じエプロンドレス仕様のメイド服だがリリンさんよりも着こなしていて、赤縁のメガネと白いエプロン姿がなんともいえないくらいにマッチしている。

早奈苗によるとエプロンメイドのような長スカートのものではない『フレンチメイド』はマイクロミニと呼ばれるスカートを着用するスタイルであり、下着を見られる前提で履く事が早奈苗は好きになれないそうだ。

早奈苗は無駄な露出が嫌いである。

このキーワードは陽介の『謎:早奈苗ノート』に保存された。

「そうですか! ありがとうございます!」

ゆかりは表情を明るくして嬉しそうに笑った。

「あっ、そうだ陽介さん! ご飯にします? お風呂にします? それとも……」

「――ご飯でお願いします」

「分かりました……」

俺の返事を聞いて悲しそうに去っていくゆかり。

その姿を見て、なんだか損したなぁという気持ちもちょっぴりあった。

俺のいとこ姉である、『雛石ゆかり』。

母の妹の娘であり、俺の8歳年上。つまり25歳である。

物心つく前から俺の面倒を見てくれたらしい。

いとこと言っても家も近所で、休日は朝から夕日が沈むまでずっと公園で遊んでいた思い出もある。

そしてある日をさかいに俺の憧れの人となった。



冬の日の頃、大寒波で積もりまくった雪で遊ぼうと誘った当時7歳の俺。

母に遊びに行くと伝えると、母は『ゆかりお姉さんは勉強中なの』と一言だけ言った。当時の俺には受験の重大さがまだ分かっていなかったため、そこまで気には留めなかった。

そして事件は起こった。

雪だるまを作ったり雪合戦をしたりしてその年の冬を満喫したのだ。

そこまではまだ事件ではなかった。

風邪をこじらせたのだ。俺が。

無理矢理遊びに誘って勝手に風邪を引いたのにゆかりは責任を感じ、一日中つきっきりで看病かんびょうしてくれたのだ。

回復後、話を聞くと、生まれつきの寝相の悪さで蹴飛ばした布団を何度もかけ直したり、手が真っ赤になっても冷たいタオルを取り替えることを欠かさなかったという。

それだけでも胸が引き裂かれるような痛みを覚えたのに、不幸は連鎖した。

風邪の伝染である。

俺が飛びあがれるくらいに回復した後すぐにゆかりは寝込んでしまった。

より悪化した風邪菌に睡眠不足と受験勉強真っ最中の体は耐えられなかったのだろう。

こちらも責任を感じないわけにはいかない。恩返しのように何か出来ることがないかと母に相談すれば『何もしなくていい』の一点張り。

結局俺は風邪が綺麗さっぱりいなくなるように祈るしかなかったのだ。

完治した後に俺は何度も謝った。

ちょっと喧嘩けんかしたくらいのカップル同士の謝罪など笑えてくるくらいに。

対してそのゆかりは、風邪を引かせた上に受験勉強の時間までを潰した俺に何も言わなかった。

何も言わず、項垂うなだれる俺の頭を撫でてくれた。

優しく、柔らかな手で。俺はただただこみ上げてくる涙をこらえるしか無かった。

そうして雛石ゆかりは俺の憧れの人となった。



「ゆかりさん……いつもありがとうございます………、いいえ、感謝してます……」

「? どうしたんですか? 改まって」

「いや……なんでもないです……」

「元気無いですね……! ちょうどよかったです! 今日はカツカレーなんですよ!」

「なにか伝えたいメッセージでもあるんですか?」

「『勝つ』んです! 陽介さんにだって告白したい女性とかいるじゃないですか、成功するおまじないです」

「いませんし、カツカレーで『カツ』なんて古いと思いますよ」

「食べてから言ってくださいね! 勝気かちきが湧いてきますから! 湧いて来なかったら元気だけでも!」

(この強引さに救われるときもあるんだよなぁ)

しみじみそう思いながらも、湯気でむせながらかきこむカレーはたまらなく温かかった。オカルトと早奈苗の暴挙ですさんだ心が和らぐ音がした。

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