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オカルトな存在

別に挨拶もしたくなかったが、早奈苗に何か言われると面倒なのでカウンターの奥にいるであろうマスターの姿を探した。

内装は明るく、ブラジル豆のコーヒー専門店と言われれば信じてしまいそうだ。

カウンター席と大量のコーヒー豆が鎮座してる棚を覗き込む。

「!」

そこにはまぶしすぎる女性がいた。

おっとりとした目と柔らかい口元。見たことがないほどに整った端麗な顔。

お姉さん。そんな言葉がフィットする姿だった。

そして、

にこり、とこちらに笑いかけた。

「――っ!」

思わず赤面。

なんというか、とろけてスライムになってしまいそうな気がする。

温かい。温かい笑顔だ。

よくは知らないが、なにかの制服のようなものをまとっている。

め、メイ……? なんだっけ………。

「メイド服始めてなの? 顔赤いわよ」

「こ、ここはメイドカフェなのか?」

「マスターの趣味なだけね、それに今日は少し違うわ」

「……というと…?」

「今日のメイド服はスマートなデザインよ、黒地に白のレースが基調になっていて、スカートはミニ。マニア心を燃え(萌え)上がらせる黒いニーソックス。エプロンは腰から下につける前掛けに似たタイプで色はもちろん白。ふんだんに波打つフリルがあしらわれていて、華美なイメージが感じられるわ」

「……? ん…?」

「上半身は少し過激でワンピースの襟元に大胆なカットが入ってて、鎖骨辺りがグッと強調されてるわね、頭の上にはフリル付きカチューシャ! たまらないわ」

「…………………」

「なによじろじろ見て」

オタクだったのか!? もう早奈苗が謎の人物に見えてきた。いやもともと謎だったが。

「い、いやなんでもない……。俺もメイドについて少し勉強をしておこう」

「そうしなさいよ」


早奈苗のよく分からないキーワードに流されたが、カウンターの向こう側にいる彼女のメイド服は文句の一つもつけようが無いくらい似合っている。なんというかもう直視できないほどに。

「そ、それでなにか注文したほうがいいんじゃないのか?」

「そうね、わたしはここのカプチーノがおススメね」

「ほう……では、カプチーノを二つ」

「は~い、カプチーノ二つね~」

――そういえばこの店に入ってからカウンターでちゃっちゃとコーヒーを淹れている彼女の声を聞いたのは多分今が始めてだった。

!?

そして違和感。今、俺の耳に届いた声色は明らかに「男声」だった。

まさか……? いやそんなわけがあるまい。

どうせコーヒー棚の後ろにハードボイルドなマスターがコーヒーカップを渋面で拭いているに違いない。女口調で。

それにしても妙である。俺の知っているカフェでは男の人がカウンターに立ち、雑談を交わしながら、客に温かいコーヒーを淹れる。

どこかの小説で読んだだけの先入観かもしれない。だが、メイド服の萌え萌え~(大輝曰く)な衣装をまとった女性が可愛くフリフリにコーヒーを淹れていいものなのか。分からない。カオスの塊であるオカルトカフェだからこそ出来る技術なのか。そして聞こえる男声の重低音。目の前のメイドさんが男声が声色を変えて女声を作るのと逆に女声が声色を変えて渋い声を作ることだって出来るはずなのだ。


知りたくはなかったが、謎が深まるにつれて俺の心のカオスパーセンテージが上昇してしまう。最悪の事態は避けなければならなかった。聞かずにはいられない。

「早奈苗。か、彼女は……? なんなのだ……?」

声が震えた。真実を知りたくないと心の中で訴えていた。

そんな心境は始めてでなんだか恐怖を覚えた。

「――オカマよ」

早奈苗の言葉はナイーブな俺の心を一瞬で切り裂いた。

「………………………」

うわあああああああああああああああああああああ!!!!!

そんなバカな! バカな! 先ほどまでの俺のときめきは!? しばしのどきどきは!? メイド服への萌えは!? 俺は男に顔を赤らめて!?

そんな(以下略。


「カウンターに顔面を殴打してまで悔しかったのかしら?」

「ぐぬぬぬぬぬぬ……!」

なんという敗北感。一本取られただと……!?

「噂では聞いてたけどあんたってホントに女性を見る目ないのね」

「お前にだけは絶対に言われたくない……!」

突然早奈苗がこちらを見た。

「女性だと思っていた人が突然男性だと気づく恐怖ってオカルトね」

「む……?」

「宇宙人にも性別区別はあるのかしら」

「そういえば触れたことがなかった論題だな」

「難しいわね~」

声の方向を向くと二つのカップを乗せたトレイを持ったメイドさんがいた。

「難しい話、ということか?」

「そもそもどうやって子孫を増やしているかも分からないし~……」

「解明するのではなく断念するのか」

「だってかなり狭い問題だし……専門家だってUFOとかアブダクションとかで頭がパンパンなのよ」

カプチーノをカウンターに置いて、――彼女……彼は顎に手を当てた。物憂げな姿が男性だと分かっていても見とれてしまう。

「でも実際宇宙人っていうのは人間に対する疑問の解消の仕方がアクティブよね」

「エイリアンアブダクションのことか……もうその論題は飽き飽きだ」

「あら~? それじゃああるかないか決着はついたのかしら?」

メイドは目を輝かせながら聞いた。

「ある」

「ない」

ほぼ同時に答えた。順番としては早奈苗、陽介である。

「決着ついてないじゃない」

「いいんだこれで、早奈苗は負けを認めようとしない」

「うるっさいわね! 本当にアブダクションはあるったらあるんだから!」

「こう言って聞かないんだ……まさにのれんに腕押しというわけだ……」

「あら~? 残念ね、私はあると思うわ、エイリアンアブダクション」

「――な」

「多数決ね」

「ごめんなさいね陽介くん~、常連さんには優しくするべきだと思うの」

賄賂わいろだ……」

ん……? なんで俺の名前を……? 言ったっけ………?

「あっ私が陽介くんのことを知ってるのは早奈苗ちゃんから聞かされてるからよ♪」

「ちょっ、マスタ……」

「若いっていいわね~! 陽介くんの話題を口にするたびに早奈苗ちゃん顔赤くなるんだもの、青春ってかんじ…………痛い!」

メイドさんが何を言ってるかよく聞こえなかったが、早奈苗がメイドさんの足を踏みつけ黙らせた。なにか聞いちゃまずいことでもあったのか?

「マスター……は若くないのか?」

「レディの年齢を聞きだすなんて紳士じゃないわね陽介くん♪」

「え、あ、すみません」

「24よ」

「24!?」

言っちゃうのかい、しかも意外。

「つ、ついでにお名前は……」

落合おちあい リリン。これでいい?」

落合リリン。本名でないことは明らかだが、なかなか憶えやすい名だ。

このカフェを担っている辺り、オカルトには強力そうだし、ひょっとしたら俺の混沌が少しばかり浄化されるかもしれない。

少しうるさくなりそうだが、俺の耳と脳みそには期待している。

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