ニンゲンの記憶とオカルトの店
ドタバタから数分後。
キッと睨みつける早奈苗は顔を真っ赤にしている。
興奮冷めやらぬといったところか。
一方俺は床に横たわっている。
「いくらわたしが原因だっていっても……」
「……?」
そういえば、ドアを開けた瞬間なにかに足を取られて盛大に転がった気がする。
明らかに外部からの干渉だった。
だがドア付近にはそのトラップのようなものは跡形も無く回収されていた。
「………早奈苗」
「なによっ」
「なんというか……すまん、失礼なことをしちまった」
「……! ふ、ふんっ、許さないわ」
まずい、非常にまずい状況だ。
このまま許してくれなければここに来た意味が無くなる。
と言ってこの部室らしきところから立ち去るのもなんだか格好が悪い。
となるとあれか……!?
「そうだ早奈苗、駅前に新しいスイーツショップが出来たんだ、今日の帰りにでも行かないか?」
「いやよ」
女子なら食いつくはずの話題が跳ね除けられただと……!?
困った顔の陽介を尻目に、
「二つ先の駅に最近出来た『UFOカフェ』がいいわね」
早奈苗はクスっと笑って言った。
「キャトルミューティレーションを模したグロい料理が出てこなかったら、な」
「模型の宇宙人の開いたはらわたに詰め込まれたカレーもいいわね」
「それはもうオカルトじゃなくてサイコパスの域だと思うぞ」
陽介は肩を震わせながら言った。
早奈苗は合わせて笑っていたが、目は据わっていた。
そして、
「……アブダクションされた人間ってなにをされるんでしょうね」
空気が、変わった。
「さ、早奈苗……? 顔が怖いぞ…?」
「わたしは普通の人よりもUFOを信じる気持ちは強いと思う」
「ま、まあそりゃあな」
「それで陽介はUFOを信じない」
「それもそりゃあな」
「UFOを信じない懐疑派のやつらはアブダクション被害率ナンバーワン」
「なんだかむちゃくちゃだが怖い」
「わたし、調べたんだけど、過去のアブダクション例の被害がかなり卑劣なのよ」
「鳥肌たってきた」
内容を少し知ってることもあって陽介の顔が青くなる。
「少し前に話したヒル夫妻の話でね、夫のバーニーさんは精神解析医のベンジャミン・サイモン氏の睡眠療法を受けたんだけれど幸か不幸か突如として夫妻は空白の2時間の記憶を取り戻したの!」
「なんでお前はそう嬉々として人の不幸をベラベラ出来るんだ」
「そんな小さなこと気にしないの!! 記憶を取り戻したバーニーさんは顔を青くさせて、グレイ型宇宙人に診察台に寝かされて、お尻に異物を挿入させられたと訴えたの!」
「なんてむごい、宇宙人にも特殊なやつがいるんだな」
「ヒル夫妻以後、次々と自分もエイリアンに誘拐されたと訴える人が世界中で続出したのよ! これは宇宙人の侵略と考えていいわね!」
「どうせブームに乗りたいがためにの嘘だろ」
「いちいち水を差さないで! 小さいことにぐちぐち気にしてるんじゃないわよ! 男のくせに!」
「なんだと! 言わせてもらうが、もっと打倒な意見だってあるんだ!」
「なによ! 言ってみなさいよ!」
「ベンジャミン・サイモン氏の睡眠療法によって取り戻される記憶が全て本物の記憶とは限らないぞ! 心理療法士によって刷り込まれる『虚偽記憶』である可能性もあるんだ」
「なんですって? じゃあベンジャミンさんがヤブ医者だって言いたいのかしら?」
早奈苗は眉間に皺を寄せた。
「少し違うな、人々にエイリアンは存在すると思い込ませる悪因だ、つまりあいつこそがエイリアンだ」
「あの人はちゃんと医者よ」
「考えてみろ、人々に世情不安を煽って果てには混乱を引き起こし、自己の陰謀を企てようとしたに違いない、そもそも人間の記憶なんてアテにならないんだ」
陽介は目頭を押さえながら続けた。
「本物の記憶と嘘の記憶の区別がつかなくなることだって多々ある。心理療法によってありもしない虚偽記憶を植えつける事が可能であることは実験でだって解明されてるんだ」
「あんたもしつこいわね……! UFOはあるのになんで頭がこんなに固いのかしら」
早奈苗が呆れたように頭を抱えた。
「それはこっちのセリフだ……。お前のおかげで夜もまぶたの裏にUFOやらオーパーツやらの映像が浮かんで眠れないんだ…! どうしてくれる……!」
「あら? それは愚問ね、いっそUFOを認めて全てを受け入れることが出来れば不眠症なんて一瞬で解消されるわよ」
「俺にとってその発想の展開は毒だ、カオスを産み付けないでくれ」
「って反抗しててもオカルトのことは詳しいのよね……」
早奈苗が首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。
「あ、もしかしてツンデレ?」
得意顔で人差し指を陽介に指差した。
「――違うっ! 全ッ然違うっ! 俺はただ心に出口の無い混沌を植えつけられたくないだけで……!」
「それをツンデレっていうのよ♪」
「うわあああああああやめろおおおぉぉぉぉぉ」
頭を抱え、騒ぐ陽介を尻目に早奈苗は思い出したように指を鳴らした。
「そうだ陽介、さっきの約束忘れてないわよね?」
「……へ?」
そして40分後。
「―――――げ」
「ここに来るのは二日ぶりだわ、元気にしてるでしょうけど、元気してるかしら」
「――いやだ帰りたい」
「お茶だけでも飲んでいきなさいよ、居心地だけはいいから」
「うぐ……」
強制力は無いのに、早奈苗の柔らかい笑顔を見ているとどうしても断れない。
「お茶だけだからな」
「お店は二階にあるわ」
エレベーターに向かうと、大きくその店の看板が出迎えてくれた。
どうやらこの店にはマスコットがいるらしい。
愛らしい『グレイ型宇宙人』の。
(分かってた……。分かってたんだ……。電車に乗って移動すると言われた頃からなんだかあやしい気はしてたんだ………)
グレイ型の吹き出しからは「ワレワレノアジト『オカルティストン』ヘヨウコソ」とご丁寧にカタカナで書かれていた。カタカナだと逆に読みにくいっつーの。
なんだか妙にローカルなエレベーターに乗って、②と書かれたボタンを押す。
チン、と小気味良い音を鳴らして扉が開く。
なぜか店までの通路が薄暗い。
「定休日とかじゃないだろうな」
「違うと思うわ……多分」
廊下を少し進んで曲がった突き当たりにあると早奈苗は言った。
角を曲がって奥を覗けば、オレンジ色に光るドアが目に見えた。
なんとも複雑な心境だが店はやっているようだ。
宇宙人関連のあやしい店だっていうのにドアも内装も暖色でなんだか胃がむかむかする。
そんなはっきりしない心境の中陽介はドアノブをまわした。
呼び鈴がチリリンと鳴り、
「あらぁ~いらっしゃ~い」
妙に間延びした野太い声が聞こえた。