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水晶のドクロ:オーパーツ

パチリ。

パチリ、パチリ。

二度ほど瞬きして眼前に現れた光景は最後に見た体育館裏壁の薄茶色とはかけ離れていた。

白なのだ。手術室のように真っ白に光る。だがお世辞にも綺麗な雪の色ではなくて。

ズキン、

思考を始めることもままならない程の頭の痛み。

一考することさえも苦痛である。

「つぅっ!」

反射的に側頭部を押さえようと手が動く。

「ん……?」

動かない。いや、動かせない。手だけではなく足にまでも「枷」が取り付けられていたのだ。

近未来を想定した映画でありそうな逆U字型のアレ、と同じものだった。

さすがに小気味よい空気音を鳴らせて解除とまではいかないだろうが、凄い設備だった。

そして極めつけは頭上にある無数のライトである。目を凝らせば一つ一つが細かい電球になっているのが分かる。LEDなんて金かけてんな。だが、奇天烈なのに違いはない。

これじゃあまるで………

「UFOじゃないか……」

「そう、UFOなのよ! これは! いいえ! UFOじゃないわ!」

いきなり支離滅裂な言葉を含みながらその人物は俺の右隣に立つ。

「な、ななななんだお前………」

平静を装って問いただそうとするが声が震えまくった。

「わたしは宇宙人よ! そう! ワレワレハウチュウジンダ」


…………どうしてこうなったのか整理したい。いや、整理させてくれ。頼む。



『体育館裏に来てください』

そんなベタな内容で書かれた可愛らしい手紙がベタに下駄箱に放り込まれていた。

今月で何回目なんだこれは。

と知友の大輝に相談しようとしたら恨みがましい目でギロリと睨まれてしまったことを思い出す。

今日またもう一人増えてしまったと愚痴をこぼせば、撲殺されるかもしれない。マジで。

「増えてしまった」というのは大輝によれば『待機組』なのである。

実は俺自信も正直よく分からない。

どうやら俺が告白をされてもイエスとかノーとかを言えない性格にあるらしい。

つまり待機組なのである。……分からん。

『嘘です☆ てへぺろっ☆』

なんてふざけた文が余白に無いのを確かめて、俺は体育館裏へ向かった。

自分の長所は多分、約束事をキチンと守ることだ。

だから体育館裏に行くのだ。理由になってない気もするけれど。

西棟を通過して体育館裏に来る頃には夕日がオレンジ色に世界を覆っていた。

桜の花びらが地に落ちるその場所は当然ながら閑散としていた。

「そういえば手紙に時間とか書いてなかったな………」

今になって気づいた大事なこと。

これがかのドジっ子というやつか。大輝に言わせれば『萌えの頂点』だそうだ。悪いけど興味は無い。

「まあいいや、待てば」

春の風を体全体で感じる。やっぱりこの時間が好きなのだ、俺は。

なんとも言えない哀愁を孕んだこの時間が。

花びらを指先で拾い、風の流れになびかせる。そして花びらは風の中を泳いでいった。

と、同時に背後に気配を感じこれから重大な発表を俺に向かってする女性に不安を与えないよう柔らかい笑顔で振り向いた。

だっだっだっだっだっ。

土を足で踏み散らかす音が伸びる。

その足音は俺に迫ってきていて、そして。



ボゴッ

人を確実に殴りつけてはいけない何かが俺の側頭部に衝撃をあたえた。

目の前がブラックアウトする。

最後に焼きついた光景は乱れた息を直す亜麻色の髪の毛だった。



なんだかすごく殺意が湧いてきた。

だが彼女(多分女性)は知ってか知らずか、歓喜の声をあげた。

「やったわ! エイリアンアブダクション成功ね! ほら! こんなにも怯えてる表情をしてるわ!!」

……どうやら俺は誘拐されてきたらしい。UFOに。

んで、彼女が宇宙人。なわけあるか。

この亜麻色の髪の毛と良く通る声ではあるものの苦を感じさせない美声。

俺のよく知る人物ではあった。

「エイリアンアブダクションて………」

「実験体が喋ったわ…! 未知の言葉を話したり……!?」

「いいか早奈苗さななえ、エイリアンアブダクションなんて存在しないんだ」

「あら手足を縛られてる汚い牛がなにか呻いてるわ」

こいつ……! ムカツクくらい細かいイジリを……!

「あとアブダクションを頭ごなしに否定するなんてあなた何様なのよ」

いちいちトゲのある言い方だがこれこそが『右京うきょう早奈苗』なのだ。

「いいや、理由はあるぞ、この枷を外してくれたら説明してやるから」

「今答えなさいよ」

「寝ながら話すってのは疲れるものなんだぜ?」

「………しょうがないわね」

一つ溜め息を吐くと早奈苗は手元のリモコンをポチポチと押した。

シュン、という空気音で手足合計四個の枷が外れた。

地味に近代的ギミックが備え付けられてるのに感動した。シュンって言ったよ今。シュンて。

俺は簡素なベッドから足を下ろし、その勢いで立ち上がった。

「じゃあ待ちくたびれてるみたいだし言うけど」

俺はまだ知らなかった。

この討論が壮大な冒険の始まりだという事を。


右手をこめかみにあて、いかにも「こんなオカルト電波女に構ってる暇はないんだぜ、帰りたいぜ」風なキザなポーズを決める。

「うん」

「エイリアンアブダクション、いやUFOは存在しないんだ」

「その根拠を聞いてんの!!!」

怒らせちゃアカン。説明説明。

「UFO、つまり未確認飛行物体は人の曖昧な観察力とトップダウン現象にある」

「というと、あんたはUFOの目撃情報は全部誤報だって言いたいのね」

「もちろんだ。UFOなんて存在するわけがないし、ある目撃情報がその地域の活性化のためにでっち上げたなんて話もあ」

「あんたの目は節穴なの? 逆転の発想を生かしなさい牛。UFOを信じたくないあんたみたいなやつが目撃情報をかき消すためにでっち上げ返ししてるだけなのよ」

「その屁理屈はおかしすぎだろ……横暴だ……」

「なんか言った?」

「いや、なんでも………」

「あ、あと確認したいことが一つだけあるわ、あんたが否定したいのはUFOじゃなくてエイリアンクラフトなんでしょ?」

「ああ、エイリアンクラフトはオカルト界の1、2、を争うメジャーすぎる単語だからな」

「そこまで言うのならエイリアンクラフトとUFOの違いくらい分かるわよね」

「エイリアンクラフトとは地球外の生物、宇宙人が作り出した飛行物体のことを言って、主に円盤型。その中でもアダムスキー型のエイリアンクラフトが代表だな」

「正解。逆にUFOはあくまで『未確認飛行物体』であって、不思議な色の気球を見間違えてUFOを見たと証言するケースもあるのよね」

墓穴を自分で掘ったな、バカめ。

「そうそう、早奈苗の言った通りUFOっていうのは人の勘違いで発見されることがしばしばなんだよ」

「そうやって頭の固いオカルト懐疑派が増えていくのよ、あいつらの逃げ道は大体『トップダウン現象』か『勘違い』、そんな言葉でUFOを完全否定しちゃうのよ」

「悪いな、俺はバリバリオカルト懐疑派だ。ノストラダムスやらチチェン・イツァやらそんな与太単語を聞くたびに鳥肌がたつ。なんとしてでも論破してやらなければ世界のエントロピーが増大してしまう」

俺の一言を聞いて早奈苗はなぜか嬉しそうな表情を浮かべる。

そういえばこいつの嬉しそうに笑ってる顔始めてみた気が………。

おおっと、ギャルゲーみたいな伏線を立たせないように留意せねば。ステンバーイ、ステンバーイ。

こんなオカルト電波女相手にフラグを立たせてやるもんか。

彼女はにへらと笑って、

「なかなか世界の超常現象オカルトに詳しいみたいね。これからの討論の幅が広がりそうだわ」

しまった。俺としたことがやつに藪蛇やぶへびを……!

俺の下駄箱にダミーのラブレターを投函して体育館裏へ呼び寄せ鈍器で殴る女性を相手に討論をするのは凄い不安だし、心にカオスを生みつけるオカルトの話なんてしたくない。

でもその混沌の種を一つでも取り除きたいがためにオカルトの勉強をしたなんて口が裂けても言えない。

『なんかちょっとだけ知ってたわ、これ以上は知らんけど』みたいな雰囲気を一刻も早く作り出さなければ、死ぬ!(大げさ)

「討論って言っても俺は完全にオカルトの存在を否定してるわけであって、多分早奈苗の意見に賛同できるお題なんてほとんどないとは思うが………」

「敵がいたほうがワクワクするのよ」

「それはおめでたいこった」

ふと、思った。

「そういえば一人のときはここで何してんだ?早奈苗って」

コイツとオカルトうんぬんの話をこのんでする友人なんているのか……?

というか友人と呼べる人間がいるのか………?

「オーパーツの研究とか……、ちょっと待ってなさいよ」

ドタドタドタと奥の個室でものを漁る音が聞こえる。どうやら部屋は掃除しない主義みたいだ。

あの個室が混沌に蝕まれている事を知ると鳥肌がたって仕方がない。

数秒ほど経って早奈苗は胸にラグビーボール大の「頭蓋骨」を抱いてやってきた。

彼女はドン、とドクロをテーブルの中央に置いた。

思わず目がドクロへ引き寄せられる。

「おっこれは………」

「あんたならこれくらい分かるでしょ? UFOの分類とは違うけどね」

「それは水晶ドクロだな、古代マヤ文明やアステカ文明で作られたとされる水晶製のドクロ。イギリス人の冒険家が1927年にベリーズの古代マヤ遺跡から発見されたものが最初と言われている。ちょっと前の映画でも題材にされてたな」

「詳しいわね」

しまった、むちゃくちゃ知ってるよアピールしちまった……。

「わたしも負けてられないわね、この水晶ドクロは世界各地に13個あるって言われてて、オーパーツの代表って言われてるわ」

来たよオーパーツ。与太話にも程がある。

「戦争の主力武器を本気マジで棍棒とか弓矢を活用してるやつらだぞ、こんなに高度な技術が必要とされる水晶ドクロを作れるはずがない」

「あんたバカね、バカ。さすが牛だわ。牧草を反芻はんすうしてなさい、げっぷで地球を救いなさい。古代マヤ人がすでに水晶ドクロを作る技術を習得してるとは考えないの?」

「いやそれはおかしいだろう。さっきも言ったがそんな技があるんなら武器だって少しは改良していいだろう」

「もしかして水晶ドクロ作製専門の技術者がいたとか」

「それはありえ……あるかもな」

「でしょ!」

「でもそれはにわかには信じられないな、もちろん高度な数学を発達させたり、チチェン・イツァの神殿ピラミッドを作ったのも古代マヤ文明だが、そんなマイナーな職業に就くやつがいるはずない」

「これだからガッチガチの懐疑派と討論してると疲れるのよ、もうちょっと柔らかく考えられないの? 例えば偉い王様が死んで伝説のオブジェみたいにマヤ人全員で作ったっていう可能性もあるじゃない」

なるほど、同意できる。というか早奈苗が話の論点を無理矢理すり替えて思い込ませようとしてる感じにも思えるが………。

早く反論しなければ主導権を握られてしまう。そんなことはさせてたまるか。

「そ」

「しかもこれほどの水晶ドクロを人間の手で作るには300年もかかるらしいの、どこまでも凄いわねマヤ文明」

「い、いや古代マヤ文明が水晶ドクロを作るのは無理があると思うぞ。他の文明も同じく。俺みたいな懐疑派の一人がドクロの本物の一つをスミソニアン研究所で最新技術を駆使して再調査したところ水晶ドクロの表面にはダイヤモンド研磨剤による切断跡が発見されていてこのドクロが作られたのは19世紀末以降と言われているんだ。事実、歯やあごの取り付け部分に金属ドリルが使われている後だってある。これで明らかに出土品じゃないことが分かるな。明らかな加工品だ」

論破したぜ。やったぜ。

「じゃああんたはミッチェル=ヘッジスが言うことは嘘だっていうの?」

「そうだ、思いっきり嘘だ。ヘッジスの娘の狙いは早奈苗みたいなオカルトバカに本気でオーパーツの存在があることを信じ込ませるためだろう。そしてその狙いは見事的中している。どこかのオカルトバカが言いふらした与太話がある。『13個の水晶ドクロが一箇所に集結したとき、宇宙の全ての謎が暴かれる』と」

「ド●ゴンボールね」

「アニメを例えにするんじゃない」

「あと『2012年までに全てを一箇所に集めなければ世界は滅びる』とかね」

「出たな2012年問題! 結局世界は破滅するどころかそれほど大きな変化もなしに終わったがな……。しかもマヤ地域の住民達は世界滅亡なんか眼中になく、家計を少しでも楽にさせようと仕事に勤しんでいたそうな」

「いいえ、2012年問題はあったわ。確実に」

「おいおい、もうその発表は苦しいんじゃ…………」

キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン。

「あら、もう6時ね」

あっという間に下校の時間になっていた。

ここの学校は下校と登校の時間だけ妙に厳しくて終業のチャイムから10分以内には必ず下校しなければキツ~いお仕置きが待っているらしい。

「なかなか楽しかったわねあんたとの討論」

心にカオスが産み付けられただけで俺は満足していないが。

「ま、まあな」

「実際1時間くらい気絶してたから討論は1時間弱くらいしか出来てなかったんだけどね」

「殴ったのはお前だろうが………」

「ちなみにこれで殴ったのよ」

にへらと笑って人差し指があるものを指した。それは先ほどまで「戦争」の資料ネタとして使われた水晶のドクロだった。道理で痛かったわけだ。

「まだ痛い……たんこぶ出来てるし……」

「悪かったわね、今度から手加減するわ」

「『今度』もなのか、勘弁してくれ」

「ふふっ、冗談よ」

「冗談であってくれ……、じゃあ俺は帰るわ。早奈苗は?」

「わたしはここの本を少し拝借してから帰るわ」

「そうかお疲れ様」

「ところで明日の放課後、暇……なんでしょ?」

夜7時重要な用事があるが、多分……大丈夫だろう。

「まあ暇、だな」

「そうなの! よかったわ!」

一瞬子供のような笑顔を見せたが、それは一瞬ですぐに真顔に戻ってしまった。

「明日、来なさいよ。ここに」

断るなら今だ。

「…………」

俺の苦手なカオスを産み付けていくオカルトの巣窟じゃないか。しかも本性の知れない女性と討論をするはめになる。これからそうなっていくかもしれないんだ。

「分かった、明日の放課後は2012年問題について、だな」

その言葉を聞いた途端早奈苗が破顔した。

普段早奈苗とは同じクラスだが、趣味が趣味なため話かける人はいない。

彼女の性格がああなので共通の話題を作ろうという試みもないのだろう。

いつしか彼女は一人になっていた。俺も少しばかり距離を置いていた節があった。

罪悪感。そんな言葉で片付けたいのが本性だ。だが、この笑顔を見せてくれる早奈苗がいた。多分、自分だけに見せてくれた笑顔だったのだろう。オカルトに対しての饒舌さも。

あのワクワクした表情をもっと見てみたい。

そんなのは大げさな気もするがそれに近い気持ちだった。


笑顔を噛み殺した変な顔で早奈苗は言った。

「明日こそあんたにオカルトを信じさせてやるわ! 首を洗って待ってなさい!」

そして俺は苦笑いで返事をした。

「『あんた』じゃなくて陽介な。『雛石ひなごく陽介ようすけ』。討論をする上で呼びやすい名前は必要だろ?」

「そっ、それもそうね! 憶えておくわ!」

『強制下校時間まで残り5分を切りました。校内、体育館内にいる生徒は速やかに下校してください』

スピーカーから催促の声が流れた。

「じゃあ俺はそろそろ、また明日な」

「ええ、また明日!」

俺はドアノブに手をかけた。扉が開かれると一番に柔らかい春の風が向かえに来てくれた。

校門へと至る犬走りを通りながら俺は呟いた。

「2012年問題について調べてこなきゃな………」

めんどくささよりも楽しみが足された溜め息で。

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