すすきの原っぱで
夕暮れ近い、すすきの原っぱで、淡い輝のかたまりがささやいています。
――早くしなくちゃ。
「誰ですか? そんなことを言うのは」
そう聞いても、かたまりは答えてくれません。
ただ、早く行かなくちゃ、とささやくばかりです。
「一体、どこへ行くんです?」
かたまりが答えます。
――遠い、遠いところ。
「もう遅いですよ。明日にしたほうがいいんじゃないですか?」
――ダメなんです。あぁ……間に合わないかもしれない。
「なにに?」
そう聞いても、答えてくれません。
「もう日が暮れますよ」
――あぁ、どうしよう! 日が暮れるまでには行かなくちゃいけないのに。
そう焦ったように、かたまりは言います。
「どうして?」
――とても大切なことがあるからです。だから、行かなくちゃいけないのです。
そう言うと輝のかたまりは、ぼんやりとした形を作りながら、原っぱの中を走り出しました。
すすきの原っぱをガサガサかき分けて、輝のかたまりは走り続けています。
……そうこうしているうちに、とうとう日が暮れてしまいました。
――あぁ! 間に合わなかった。
かたまりは悲しそうに呟きます。
「何に間に合わなかったのですか?」
――わたしは、ついうっかりここに落ちてきてしまったのです。それでも、日が暮れる前ならば『魔力』を使って帰ることができたのです。
そう言うと、しくしくと泣き始めてしまいました。
――日が暮れてしまったら『魔力』はもう使えない。もう、ひとりでは帰ることもできない。
泣きながら言うと、かたまりは続けました。
――お願いです。どうか、わたしの本当の姿を当ててください。あなたがわたしの本当の姿をあててくれたら、わたしは帰ることができます。
「わかりました。呼び止めてしまったのは私です。お役に立ちましょう」
そう言うと、かたまりは泣くのをやめて、嬉しそうに言いました。
――ありがとうございます。では、どうか月があたまのてっぺんに来る前までに当ててください。
「わかりました」
私は、輝のかたまりを見つめて一生懸命考えます。
「もしかして、あなたは『不思議の国のアリス』の『あわてんぼううさぎ』さんですか?」
――いいえ、違います。私はお茶を飲みに行くのにあわてているわけではありません。
「では、あなたは『かぐや姫』?」
――いいえ。それも違います。
「ヒントはありますか?」
そう尋ねると、かたまりは言います。
――この原っぱがヒントです。
かたまりの言葉に、私はすすきの原っぱを見回しました。
すすきのいっぱい生えている丘に、月がゆっくりと昇っていくのが見えるだけで、全然わかりません。
「本当に、この原っぱがヒントですか?」
――はい。ススキこそがヒントなのです。
そう言った、輝のかたまりは、私のほうを向いているようにも見えました。
私は更に、一生懸命考えました。けれど、なかなか思いつきません。
――では、もうひとつ。わたしは、今日この日になくてはならないものなのです。
そう言って、かたまりは跳ねました。
「わかりました。あなたは『うさぎ』さんですね」
私がそう言うと、輝のかたまりは次第に形をはっきりさせました。
それは、私の答えたとおり、うさぎの形になりました。
――ありがとう。これでやっと月に還れます。
輝のうさぎはそう言って、ぴょこんと一回おじぎのように跳ねて、すすきの原っぱを駆け回りました。
そしてもう一回、ぴょこんと大きく私に向かって跳ねると、うさぎは月に戻っていきました。
空を見上げると、すすきの原っぱのてっぺんに、大きな大きな月が昇っています。
そして、そこにはさっきまで私と話していたうっかりもののうさぎさんが浮かんでいました。
……今夜は、十五夜です。