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人食い花のメソッド





 放課後、園芸部の温室の前を歩いていたら絹を裂くような女の悲鳴が聞こえて来た。 


 ああ、園芸部だからなあ……育てている植物にイモ虫でも大量発生したんだろう。


 そんな事より俺は今、コンビニで買って来たばかりのカップ麺“麺龍・ハバネロチリソース”を食うことしか考えていない。


 ハバネロを使用したチリソース仕立ての激辛スープに生麺のコラボレーション。ああ堪らない。


 食べた感想は逐一、ブログにアップしている。カップ麺マニアからも評判がいいらしく、一日の平均アクセス数は二千前後だ。多いんだか少ないんだか良く解らないが。


 


 ちなみに、ブログ名は〔カップ麺の探究者・ヨースケのブログ〕だ。興味のある方は〔カップ麺〕〔ヨースケ〕で検さ……


 「ちょっと!アンタ、化学部の人よね!」


 何だ?折角“麺龍・ハバネロチリソース”への期待に胸をふくらませ腹を減らしている所なのに。水を差すとは「一体どんなオカチメンコだ」


 「オカチメンコで悪かったわね」


 「しまった、ついうっかり心の声を口に出してしまった」


 ……あっ、ヤバ……



 「化学部の河南美月を連れて来てよ、あのコのせいで園芸部の温室がエライ事になってるのよ」


 良く見りゃ園芸部の部長、岡地明子おかちめいこだ。紛らわしい名前だ。作者の悪意を感じる。いや、そんな事より


 「美月がまた何かやらかしたのでしょうか?」


 「また……って事はいつも何かやらかしてるの?あの人は」


 オカチメンコ……いや、岡地明子園芸部部長は、怒りの表情に更に呆れ顔をさせ、えもいわれぬ顔になった。絵に描いてみろ。と云われてもちょっと無理だ。



 失言だった。これじゃあ美月がいつも何かやらかしているみたいではないか。まあ、その通りだけど。


 「とにかく、河南さんを早く呼んで来て。全く、あの人に温室を貸すんじゃなかったわ」


 全然話が進まないのにイライラした岡地明子はいきなり愚痴り始めた。


 「五十センチ四方程、温室の花壇を使わせて。と云ったのよあの人」


 「美月に園芸の趣味があるとは」


 初耳だ。


 「それくらいなら……と、思ったのが……こんな事になるなんて」


 云いながら温室の入り口付近を見る彼女。


 そこには園芸部員数名が口や鼻を手で押さえながら倒れて悶絶している。


 「どうしたんだ?まるで毒ガスでもくらったみたいだ」


 毒ガスをくらった人間など見たことがないが、たぶんこんな感じだろう。


 「その通りよ。ある意味毒ガスよりタチが悪いわ」


 「と……とにかく美月を呼んでくるよ」


 オカチメンコの愚痴をグチグチ聞かされるのも厭なので、そう云って逃げる事にした。大成功だ。






 化学部の部室に入ると美月が居た。


 例の“ホムンクルスの素”が入った蒸留装置を見てニヤニヤしている。


 ……美月、美少女で良かったなあ、もし君が中年のオヤジなら、その図は只の変態だ。


 「あっ、陽介、いいぐあいに腐敗してるわよ、アンタの精液」


 本当?良かった。


 ……なんて云うとでも思ったか、この変態オタク美少女が!自分でもけなしてるんだか誉めてるんだか良く解らないが。

 「美月さあ、園芸部の温室借りたん?」


 俺がそう訊くと、美月はキョトンとした顔でこっちを見た。……可愛い。あ、いやいや。


 「温室?」


 「何だか、園芸部の部長が凄い剣幕で怒ってたぞ」


 美月は暫く考え込んで、いきなり手を叩いた。

 「思い出した!そうよ、借りてたわ!」


 「えーと、一体何を栽培してたのですかねえ?」


 「ラフレシア」


 また聞き慣れない単語が出て来たぞ。


 いや、聞いた事ぐらいはある。あの、チョーでかい花だろう?


 「えっ?ラフレシア咲いたの?」


 「いや、見てないから解らないけど」



 「じゃあ、見に行ってみようかな」


 そうしろそうしろ、その間俺はここでカップ麺を食ってるから。


 「陽介も一緒に」


 な……なんでー?



  



 美月に制服の襟を掴まれ、半ば引き摺られて、例の園芸部の温室に戻って来た。なんて力だ美月。


 俺の手の中ではカップ麺が、早くお湯を入れて、ねぇ〜ん、早くぅ。と云っている。いや、さすがに嘘だ。すまん。


 「河南さん、取り合えず温室に入って、自分のしでかした事を見て来なさい。そして後悔するがいい」 


 怒りのあまりオカシな台詞になっているオカチメンコ。もう、面倒臭いからオカチメンコでいいや。


 「わかったわ」


 意外と素直に温室へ向かう美月。

 そして、その美月に襟を掴まれたままの俺。


 「な……なんで俺まで」


 「いいから!」


 何がいいのか良く解らんが、美月が温室の戸を開けると……



 「ほげぇっ!」





 何だ?この匂いは!


 あまりの悪臭に思わず奇声を発してしまい、その拍子に肺一杯に臭い空気を吸い込んでしまった。死ぬ。


 目からは涙が止めどなく溢れ、鼻からは鼻水が滝の様に流れ、口からは出しては行けないものが出そうだったが、俺のちょっとだけある自制心がそれを押し留めた。


 例えて云うなら、肉(牛肉、豚肉、鶏肉、何でもOK)が腐りまくってる上にバキュームカーが来ちゃって、それはもう大騒ぎさ!的な匂いを濃縮した感じだ。


 「あー、駄目だわ。失敗だわ」 


 そう呟く美月の視線を追ってみると、そこには図鑑やテレビでしか見たことの無い、どす赤い座蒲団のような、あのチョーでかい花が。


 どうやらこの花が悪臭の元らしい。 


 「そりゃ、失敗だろう。こんな匂いさせちゃ、この花腐ってるよ」


 「何言ってるの、陽介、これがラフレシアの通常の“香り”よ。私が失敗だと言っているのはねえ……」


 ちょ!何か伸びて来たんですけど!


 何か伸びて来て、美月の身体に巻き付いたんですけどっ!


 「あら?良かった、成功したかもしれないようね」


 緑色の触手のような物に巻き付かれて喜んでいる場合か!

 でもちょっといい図かも……いや、いかん。

 ヤバイ状況じゃないのか?これは。


 「美月、説明してくれ、そのラフレシアで何をしようとしてたんだ?」



 今更説明を訊いている場合じゃないが、一応訊いてみた。


 「ラフレシアの遺伝子を操作して“人食い花”を造ってたのよ」


 えっ……“人食い花”って、そんなモン造って何のメリットが?

 確かにラフレシアって“人食い花”っぽいけど。RPGゲームのモンスターっぽいけど……

  

 「でも、私、間違ってたわ」


 珍しい、美月が自分の非を認めるとは、きっと植物とは云え、命を弄ぶ事の罪深さを知っ……


 「ラフレシアが“香り”で蝿などの虫を誘き寄せるのは“受粉の為”であって“補食の為”では無いのよね」


 ……って、そっちかーい!




 「で、どうなの?そのラフレシアは君を今からどうする訳?」


 美月の目論見通りに“人食い花”になってしまったとしたら、このままでは喰われてしまう。


 「食べられちゃうにしても“受粉”に使われるだけだとしても、大変な事になるわね」


 ふっ、と寂しい笑顔を見せる。

 かっ……可愛い。俺のハートに、どストライクだ。いや、そんな事を言ってる場合ではない。早くしないと美月が大変な事になってしまう!何だか良く解らんが大変だ!

 ラフレシアは触手を花の方にぐいぐい引っ張っている。


 美月が!美月があああっ!


 俺はとっさに、手にしていた物を花の中心に投げ入れた。



 それは、今現在に限って言えば、世界で三番目に大事な物だ。

 宙を舞いながらコンビニ袋から脱皮し、“龍麺・ハバネロチリソース”がその神々しいばかりのパッケージを露にする。


 そして、何故か美月の頭に当たり、クラッシュ。ワンバウンドしてラフレシアの肉っぽい花芯に落ちていった。


 美月の石頭に当たった時に外側のフィルムも敗れたらしく、割れた容器からハバネロを練り込んだ赤い麺やこれまた真っ赤なハバネロチリソース仕立ての粉末スープが散乱し、ラフレシアの“香り”と混ざり合い


 「ぐうぇほっ!」


 そう、混ざり合い、肉が腐っている所にバキュームカーが来てそれにラーメン屋の屋台が轢かれて唐辛子畑にふっとんでったみたいな物凄い匂いが辺りに立ち込めた。


 早い話が、腐肉、糞尿、激辛唐辛子、それらが混じり合った匂いだ。


 死ぬ……


 薄れゆく意識の中、ラフレシアの断末魔の声を聞いたような気がする。




 「もー、どうしてくれるのよ!」


 美月が怒っている。誰だ?美月を怒らせた奴は。

 俺がとっちめてやるぜ、へへっ。


 「陽介!アンタとんでも無い事をしてくれたわね!」


 ……って、俺かい!


 目を開けると、美月がぷんぷん怒っている。


 「あれ?」


 ここは、温室だ、俺が気を失った間に安全な場所に運ばれた。と云う展開は無く、確かに意識を失う前に居た温室だ。


 しかし


 あの悪臭が消えている。


 あの、肉が腐った所にバキュームカーが来てラーメン屋の屋た(以下略)な悪臭が消えている!


 「な〜んだ。あれは夢だったのか」 


 胸を撫で下ろすと、温室の片隅に、無惨な状態になったあるものを見付けた。それはまごうことなき“龍麺・ハバネロチリソース”だった。しかもちょっとレアな干し肉みたいになったラフレシアの上に、悲しげに粉末スープを撒き散らして絶命していた。


 「なんて事だ!世界で三番目に大事な“龍麺・ハバネロチリソース”が!」


 俺は号泣した。



 「カップ麺ぐらいで号泣してないで、この干し肉みたいな植物をひっこ抜いて行ってよ」


 悪臭が無くなり、少しはほっとしている様子のオカチメンコだが、相変わらず怒っている。きっとコイツは喜怒哀楽の喜と哀と楽が欠如しているのだろう。



 一方、美月は


 「やっぱり食虫植物を使わなきゃダメね。ウツボカズラなんてどうかしら?」


 などとブツブツ云っている。

 どーしても“人食い花”を造りたいらしい…… 

 誰を喰わせる気なのか解らんが。








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