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ホムンクルスを造ろう






 アルコールランプで沸かしたビーカーの中のお湯が沸く。


 この水は只の水ではない。我が身体に力と気力をもたらす聖なる糧の……



 「なんちゃって」


 

 “一人魔法使いごっこ”も少し恥ずかしい年齢になって来た。

 俺はカップ麺のフタをめくるとビーカのお湯を注ぐ。


 放課後の化学部の部室で食うカップ麺は格別なのだ。ちなみに今日は“カッパヌードル・スペシャルシーフード”大きなエビやホタテがゴロゴロ入っている話題の商品だ。


 三分経ち、フタをおごそかに外すと、えもいわれぬ香りが……!


 「いただきまーす」


 誰に云うでもなく、そう云いながら割りばしで摘まんだ麺を口に入れた瞬間だった。


 部室の戸を壊れんばかりに力一杯開けて入って来た同級生で幼馴染みの河南美月かなんみづきが俺に向かってこう云った。


 「陽介!丁度良かった!ホムンクルス造るからこのフラスコにちょっと精液ちょうだい!」


 「ぶふぉっ!」 


 ああ……


 エビやホタテが麺にまみれ俺の口から高速で飛び出す様は、まるでパーティーや祝いの席で鳴らすクラッカーの様だ。


 勿体ない。今のでエビ一個、ホタテ一個、ワカメ三枚、麺五〜六本が無駄になってしまった。無駄死にだ。


 いや、そんなエビやホタテを悼んでいる場合ではなかった。


 え〜と、


 「美月、え……?何だって?何を造るから何をちょうだいって……?」


 女子高生が云うにはいささか不適切な単語を聞いたような気がしたが、気のせいだろう。


 「だーかーらー“ホムンクルス造るから精液ちょうだい”って云ったの!」


 聞き間違いじゃなかった。しかも何だ、まるで“煮物作るから醤油貸して”みたいなノリで。


 俺の精液は醤油か!……じゃなくて。



 「美月……あの……そんな急に云われても心の準備が……」


 顔が赤くなってる事は自分でも解る。必要以上にモジモジしている事も。


 ああ、ついにこの瞬間がやって来たか。記念すべき童貞喪失の……


 「何勘違いしてるのか知らないけど、このフラスコに入れてね。ちゃっちゃっとね」


 「えっ」


 「ほら早く!」



 え?ええ?ええええ?

 

 「つまり美月は、このフラスコの中に精液を入れろ。と?」


 「最初からそう云ってんじゃん!」


 「今ここで?」


 「そう!時間無いんだから急いでよ」



 いくらなんでもそりゃ無理だ。ここにはエロ本もAVも無い。


 いや、美月がちょっと脱いでくれたらすぐ出せるかも。出来たらついでに……


 「それはイカン、俺達はまだ高校生だ、しかも神聖なる学校で!」


 妄想が炸裂しまくる俺に美月は最終兵器を出して来た。


 「早くしないと、小学六年生の頃までオネショしてた事、言いふらすわよ」



 ううむ……恐るべき最終兵器。全面降伏するより他はあるまい。







 “ブツ”が入っているフラスコを横に置き、手を洗いながら鏡を見ると

 やつれている……

 目の下にうっすらと隈が出来ている。 


 仕方なく、トイレの個室で“ブツ”を出して来たのだが何と云うかやるせないと云うか恥ずかしいと云うか悲しいと云うか


 そんな感じだ。


 きっと“恥ずかしい写真を撮られた挙げ句バラまかれた”とかそんな感じだ。


 フラスコを抱えて、そそくさと男子トイレから出ると、同じクラスの杉山がテニスウエアに身を包み女子にキャーキャー言われている所に出くわした。


 「よっ、北里!」


 爽やかな笑顔で俺を呼び止める爽やかイケメン杉山。やめてくれ、俺は今、“爽やか”からは程遠い所にいるんだから。


 「杉山、今から部活か?頑張れよ」


 早口で云い、早足でその場を駆け抜けようとしたが


 「ん?何持ってんの?北里」


 はあああああああっ!


 何でコレに気付くかなああああっ!


 「フラスコだよフラスコ。只の蒸留用フラスコ」


 「いや、それは解るよ。フラスコの中に何入れてんの?」


 うっきゃーっ!


 何でコイツこんなに目が良いんだよ。


 察してくれよ、女子まみれの爽やかイケメンにこんな物を見られる屈辱を。


 「こ……これは……洗濯糊だ!」


 「洗濯糊?」


 「我が化学部では、手軽に使えてアイロンの手間要らずの画期的な洗濯糊を開発中だ!この事はどうか他言しないでくれ」


 俺がとっさに神妙な顔で嘘八百を並べると、杉山も


 「わ……解った。健闘を祈る」


 と、神妙な顔で俺を見送った。

 良かった。単純な奴で。





 部室に戻ると、美月が仁王立ちで腕を組んでいた。


 「遅かったじゃないの」


 ああ……なんと説明したら彼女は解ってくれるのだろう。いや、説明するのも恥ずかしいが。


 「ごめん、ところでこんな物で何を造るって?」


 「ホムンクルスよ」


 「ホモ……?」


 「一体どういう耳してんのよ、いいから早く手伝って。皆も待ちくたびれてるんだから」


 えっ?

 皆?


 美月の後ろを見ると、化学部員達が蒸留装置をセットしている。


 「北里、おせーよ」


 「ったく、出すのに何分かかってるんだよ」


 口々にそんな勝手な事を云う野郎共。


 いや、なんつうか凄い喪失感?みたいなものに襲われちゃってるんですけど、俺。



 ふと、傍らを見ると“カッパヌードルスペシャルシーフード”が変わり果てた姿になっている。


 麺は云うまでもなく延びきって、ラーメンだかうどんだか解らない。具のフリーズドライのエビやホタテは水分を吸いまくり化け物のようなデカさになっている。

 

 うう、悲しい。


 何だか今日は色々と悲しく切なくやるせない一日だった。帰ってゲームでもしよう。


 

 ……と、帰ろうとすると。


 「北里、何お前帰ろうとしてんだよ?」


 「部活やってけ」


 などと、口々に云われ、結局自分の分泌物を見せられるハメに。


 「で?ホモクルシイとやらは出来そうなん?」


 渋々蒸留器の前に座り、俺が聞くと、美月は何やらノートを見ながら気難しい顔で


 「何よ?ホモクルシイって、ホムンクルスよ。この状態で四十日密閉保温しておくの」


 「なんですと?腐るやん!」


 「腐らせるのよ、精液を腐らせないとホムンクルスは精製出来ないのよ」


 自分の分泌物が腐って異臭を放つ様を想像して、気が遠くなった。




 どの位遠くなったかと云うと、う〜ん。アラスカあたりかな。いや、そんな事より


 四十日間、俺の分泌物はここで、化学部員達に晒され続けなければならないと……?


 駄目だ、俺、気を失いそう。 


 ラーメンは延びきっちゃうし○ーメンは晒されるし……なんてオヤジギャグをぶっこいてる場合ではない。


 「ところで、ホモンクルスって何よ?」


 素朴な疑問だ。

 また名称が微妙に違うような気がするが、どうでもいい。


 「えっ!北里、お前ホムンクルス知らないの?」


 「マジ?名前ぐらいは聞いた事あるだろう?」


 珍獣を見るような目で見られた。

 何でだ? 








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