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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オムライスとメロンソーダ

作者: 陽花

「マスター、いつもの!」

 そういって、彰人は、俺の前に座ると脚を組んだ。机の下に収まりきらない長い脚が羨ましい。片肘をテーブルの上について顎を乗せ、視線は顔ごと明後日の方向。

 俺は、読んでいた小説に栞を挟んで脇に寄せて、彰人の顔を観察。機嫌がいいとはいえない表情。

 ほどなく、彰人が注文したオムライスとメロンソーダがテーブルに置かれた。

「お待たせ。またフラれたんだ。何回目?」

「…うっせ。置いたらさっさと行けよッ」

「彰人。そんないい方しないんだよ。ごめんね、マスター」

 毎度のことで心得ているマスターは、器用に片眉だけを上げて背中を向けた。

 オムライスにスプーンを差し込んですごい勢いで飲み込んでいく姿に、軽く失笑してしまい睨みつけられる。

「…んだよ」

「いや。で?」

「何?」

「こっちが聞いてるんだよ。今回は何が原因?」

 いいたくないとばかりに、皿を抱えたまま横を向き、オムライスの残りを征服していく。

「じゃあ、なんで呼び出すの?」

「…条件反射?」

「何、それ」

「オムライス食いたいなって思ったら、あんたの顔思い出しちまうんだよ」

 それだけだよ。そういって彰人は最後のひとくちを頬張ると皿とスプーンを投げ捨てるように手放し、メロンソーダーをグラスから直接、一気に飲み干した。

 それを見て、俺はマスターを振り返り手を挙げる。心得たマスターも軽く頷いただけで、2杯目のメロンソーダを持ってきてくれた。今度はちゃんとストローを差し込む。

「なあ。亮」

「ん?」

「…何でいつも来てくれんの?」

「君が呼び出すから」

 こういう答えを聞きたいんじゃないってことは分かっていたけれど、あえて意地悪くそういってやった。案の定、彰人は仏頂面でストローの先を噛んでいる。噛み続けてストローを平べったくしてしまうのは、出会った頃からの癖で、いくら注意しても直らない。

「そんなことしたら、上がってこないだろう」

「俺、吸引力には自信あんの。知ってるだろ?」

 意味ありげに淫靡な笑みを浮かべるが、おなざりの返事で受け流す。

「つまんね」

 呟いて、派手な音を立てて、2杯目のグラスも空にした。残った氷をストローで弄ぶ彰人に、俺は再び尋ねる。だいたい、いつも、このあたりから口が軽くなるのだ。

「何があったの?」

「…大きいんだってさ」

「…何が?」

「だから…。声が…」

「声…? ああ…、声、ね」

 彰人が付き合っていたのは商社勤務の男だったが、彰人の最中の声が大きくて、他の部屋の住人に性癖がばれそうになり、一方的に別れ話を切り出してきたという。本当に彼が好きなら場所を変えるとかいろいろ策はありそうだが、結局、そこまで惚れられてはいなかったということなのだろう。自分のメンツしか考えない男に痛憤し俺を呼び出したというわけだ。

 俺を呼び出すということは、つまりは、フラれたと観念したということ。フラれると悲しくなって腹が減る。で、好物のオムライスが食べたくなり、ついでに俺の顔が見たくなる。 そして、今、こうして、いつもの喫茶店で向い合せに座っている。

「君の声、可愛いのに」

 俺が目を細めてそういうと、彰人の頬は薄暗い店内でもわかるほど朱を掃いた。そういうところ、本当に可愛い。

「…そんなこというの、あんただけだよ」

 俺は、いわゆる彰人の元カレというやつだ。別れたのはもうずいぶん前になる。彰人に他に好きな人ができたといわれ別れたのだが、どうも長続きしない性質らしく、フラれたといっては俺を呼び出す。

 別れた相手の愚痴をさんざん聞かされて、気が済んだら、今度は付き合っていた頃の思い出話。ときどき、それは、誰とのことなんだい、と突っ込みを入れたくなる知らない話も出てくるけれど、彰人とのこういう時間は嫌いではない。

 俺は、まだ、彰人が好きなのだ。ちょっと軽い性格だが、自分に正直なこの男が、愛おしくてたまらない。でなきゃ、呼び出されたからってのこのこ出てきたりしない。今更とは思うが、こうして呼び出される度にやり直せないかと考えてしまう。

 でも、いってしまって断られたら。もう呼び出されなくなってしまったら。

 沈みそうな俺を彰人の呼ぶ声が現実に引き戻す。気持ち切り替えて、笑顔で取り繕う。

「ごめん、何?」

「…あのさ。怒んないで聞いてほしいんだけど、さ」

 いいにくそうに上目使いで俺を見る。まさか、もう、新しい男ができたとかいうつもりだろうか。真っ直ぐに彼を見るのが辛くなっている自分がいる。

「何ていうか、俺、誰とも長続きしないだろ?」

「…そうだね」

「でも…さ。あんたとは、さ…」

 背けかけた目を彰人に戻して注視する。

「その、つまり…も一回…あんたと…」

 急に立ち上がった俺に驚いて、彰人の肩がビクッと震えた。慌てて顔の前で手を振る。

「あ、やっぱ、いい! 今のな…」

 その手を握り込んで、俺はテーブル越しに言葉ごと彰人の唇を塞いだ。

「…こういうことで、いいんだよね?」

 視線を合わせて確認する。くしゃりと表情を歪ませる彰人の頭を抱き寄せて。

「今度からオムライスは俺に作らせて? メロンソーダは売り物で我慢してくれるだろ?」

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