9話 初めての喧嘩っぽいもの
その日の練習後、買い物をする為に街にあるショッピングモールに寄ったら、偶然美和君と会った。
「あっ、美和君!」
「・・・・音海か。」
美和君は私に話しかけられてもにこりともしない。
いつものことなので気にしないけど、たまには、嬉しそうな顔をしてもいいんじゃないかな・・・
・・・一応、友達だし・・・
「あのね、美和君。お願いがあるんだけど・・・」
私は、美和君に閑谷さんのことを話した。
「やだね。」
話を聞いて、美和君は素っ気ない顔でそう言った。
「人に練習見せるのは嫌だ。練習は完成されてない演奏だから、見たいなら、ライブに来れば。」
「でも、ライブの予定、しばらくないって・・・」
「そうだね。しばらくは、曲を作ろうと思っているから・・・・。
てか、あんた、その閑谷さんと仲が良かったの?」
「・・・えーっと、昨日知り合ったばかり、だけど・・・」
まだ友達と言える程の仲ではない気がするので、私は、そういう言い方をする。
友達ってどの段階でそう呼んだらいいんだろう。よく分からないや。
「赤の他人じゃん。何で、そんな、赤の他人の事に首突っ込むの。」
美和君が呆れたようにそう言った。
「赤の他人って・・・そんなこと・・・」
「だって友達じゃないんでしょ。全然関係ないじゃん。」
・・・確かに、そうかもしれないけれど。
でも、だからと言って、このまま見捨てるなんて・・・・
「あんた、お人好しにも程があるよ。そんな事していたら、足元見られるよ。」
「閑谷さんは、そんな人じゃない!」
つい、私は、大きな声を出してしまった。
周囲の人がざわつきはじめて、私たちを見た。
美和君がびっくりしたような顔をしている。
「・・・何でそんなの分かるの。付き合い短いんでしょ。あんたを騙そうとしているかもよ。」
美和君は不満そうな顔をしながら、そう返した。
「騙すなんて!閑谷さんは、そんな人じゃないよ!」
どうして美和君はそんなことばかり言うの?
ひどい。閑谷さんのことを何も知らないくせに。
私も彼女のことはまだよく分からないけれど。
それでも、「庸助君に追いつきたい」って言っていた彼女の気持ちを知っている。
そんな彼女が、私を騙そうだなんて、するはずがないよ。
「・・・あのね、簡単に人を信じていると痛い目に合うよ。」
美和君がワントーン低い声でそう言った。
彼は鋭い目線で私を睨む。
―――美和君の視線が怖い。
でも、負けてなんかいられない。
だって、それって、閑谷さんのこと、助けるなって言われているようなものだもの。
私も、同じだったから、それがどれだけ辛いのかすごくよく分かる。
美和君が手を差し伸べてくれなかったら、私は、今頃どうなっていたのか分からない。
だから・・・私は・・・・
「そんなことないっ!」
私は、美和君に負けじと大きな声でそう叫ぶ。
「どうしてそんなひどいこと言うの?人を信じることの何がいけないの?」
「・・・悪いことではないよ。だけど、あんた、ひどい目にあったんでしょ。
そんな奴らの為に優しくするのはどうかと思うけど。」
美和君もだんだん声が大きく、低くなって来ている。
美和君がイライラしているのが、こっちまで伝わってきた。
確かに、私は、中学時代、音楽科の人にいろいろ言われていたけど、それは、中学時代の話だ。
少なくとも、閑谷さんは高校から入って来たし、関係ない。
「・・・違うよ。閑谷さんは、高校からだから・・」
「そうだとしてもさ・・・。あんたを悪く言ってない可能性は0じゃないじゃん。」
「そんなこと言っていたらキリがないでしょう。
どうしてそんなことばかり言うの。人助けの何が悪いの?」
「人助けは悪くないって言っているじゃん。ただ、何で赤の他人なんか助けるのって言ってんの。
簡単にホイホイ人を信じて助けようっていうのが信じられないだけ。
そんなことしていたら、すぐ裏切られるし、騙されるだけじゃん。」
「赤の他人じゃないよ!友達じゃないかもしれないけど・・・知り合いではあるもん!」
「そういうのを赤の他人っていうんじゃない?」
「それじゃあ、美和君はどうして赤の他人だった私に声をかけてくれたの?練習に誘ってくれたの?
美和君だって、私と同じようなことしているじゃん!」
―――美和君が、虚を突かれたような顔をして、押し黙った。
それまで、私のことを睨んでいた瞳は、急に視線が泳ぎだして。
・・・あれっ?私、カッとなって何か悪いこと言ったかな・・・。
そんな美和君を見ていたら、頭に登っていた血がどんどんなくなって、冷静になってきて。
ど、どうしよう。熱くなって美和君と喧嘩みたいな感じになったかも・・・・
でも、謝るのもなんか違うし・・・・ええと、こういう時、どうしよう。
なんか、美和君も気まずそうにしているし。
うわぁ。なんか、変な空気になったかな。
「・・・とにかく、俺は、この件については関わりたくないから。」
気まずい沈黙の中、吐き捨てるようにそう言って、くるりと美和君は背中を向けて、早足で歩き出す。
―――待って。美和君。
ごめんね。でも、こればっかりは譲れないんだ。
結局、何で美和君は声をかけてくれたの?
心の中で美和君に言いたいことがぐるぐると回っては、消えて行く。
だけど、それらを言葉に出来ないまま、追いかけることもせず、私は、ただ、美和君の背中を見ていた。
なぜだか、彼の背中が、少しだけ、遠く感じたような気がした。
―――どうしよう。
私、美和君に怒鳴っちゃった。
お、怒ってないかな?呆れてないかな?
寮に帰って、お風呂に入ると、今度は美和君に嫌われてないかどうか、すごく気になって来た。
・・・かと、言って、「嫌いになった?」ってメールするのもなぁ・・・
迷いに迷った上、結局、千鶴に相談することにした。
千鶴に電話をかけて、事の顛末を話す。
「あー、それ、朝音に相談した奏が悪いよー。朝音ってそういう奴だもん。」
千鶴は、ゲラゲラ笑った。
「・・・そ、そうなの?」
「うん。基本的にあいつ、冷たいから。優しさとか求める方が間違っているから。」
・・・千鶴がそう断言するなら、そうなんだろうな。
・・・それだったら、どうして私の事、助けてくれたのかな?
「まっ、嫌いになってないと思うよ。たぶん。
あいつがああなのは、日常茶飯事だしー。
あいつが人を嫌いなのはディフォルトだから。
だけど、ある程度仲が良ければちょっとやそっとじゃ嫌いにならない奴だよ。」
千鶴がそう言ってくれたことで、少し安心した。
―――良かった。嫌われてない・・・みたいなんだ。
いつの間にか、こんなに美和君に嫌われることが怖くなっていたんだね。
それもそうか。久々に出来た友達だもの。できれば喧嘩なんてしたくないし、仲良くやっていきたい。
「それよりもさ、ねっ、奏って朝音に助けて貰ったことあるんだねー。」
「た、助けて貰ったというか・・・もしかしたら、私が一方的にそう思っているだけかも・・・」
と、いうか、そうかもしれない・・・。
でも、私にとっては、すごく大きなことなんだ。
「ねっ、ねっ、その事聞きたい。話してよー。」
千鶴に言われて、私は、少し躊躇した。
・・・以前は恥ずかしいからって断ったけど・・・そろそろ千鶴にも話そうかな。
うん、千鶴なら、話して大丈夫だよね。
「あのね・・・」
私は、私と美和君の出会いについて千鶴に話した。
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「へぇー、そんなことがあったんだー。あの朝音がねぇ・・・・。」
千鶴が、何度も珍しそうにへぇー、と繰り返す。そんなに珍しいこと・・・なのかな?
「いやはや、ウチがバンドに入る時は、「女なんかいるか」とか言っていたんだけどねー・・・
朝音も一応人の心を持っていたんだねー。」
千鶴がしみじみとそう言った。
「美和君がそんなこと言ったの?」
ちょっと意外だ。確かに、彼は普段女っ気は全然ないけれど。
音楽に関しては男も女もないと思っていた。
「うん。ウチさぁ、ほら、前にこのバンドやる前にバンド組んでいたって話したじゃん?
そのバンドが解散して、一週間くらいかな?先輩にライブ誘われて、気分転換にいって見たの。
そこで、演奏していたのが、夜明け一番星でさ、
当時は朝音と祥太郎のギターとドラムの構成だったんだけどね。
そのステージがすごくてさー、同い年なのにこんなにすごいライブする人いるんだ!って、思って。
ウチもここでベース弾きたい!って思って、
ライブ終わった後に朝音を捕まえて、言ってみたんだ。「メンバーになりたい」って。」
「・・・そうだったんだ。」
当時の美和君は、どんな音を奏でていたのだろう。
ギターとドラム。二つの楽器だけで、どうやって曲の世界観を表現していたのだろう。
・・・ちょっとだけ、千鶴が羨ましいな。
今の構成もいいけど、限られた構成での美和君の音も聞いてみたい。
「そしたら、朝音、なんつったと思う?「俺のバンドに女はいらない」って即答だったのよ。
だから、ウチさ、ムカついてこう言ってやったの。
「ウチのベースを聞いてもないのに合否を出さないで。音を聞いてから判断しろ」って。」
・・・ああ、何かその時の光景が頭に浮かぶようだ。
千鶴らしいな、断られても、音を聞いてから判断しろなんて言えるなんて。
そういう風に言える千鶴だからこそ、もしかしたら、メンバーになれたのかもしれない。
「そしたら、朝音が「それもそうだな」って、納得したように言ってさ。
ウチのベースを聞いたら朝音が悔しそうに「いい音じゃん。バンドに入れてやってもいいよ」って言って。
あー、あの時は、胸がスッとしたよねー。
あの渋々認めてやるかって態度・・・・あの態度見たときはざまあみろ、って思ったわー。」
「あははは。」
「まあ、ウチは初対面が最悪の印象だからさー、そんな朝音が奏を助けたなんて信じられないよー。
あいつも一応人の子だったんだねー。もっと血も涙もないやつかと思っていたわ。」
・・・・なんか、えらい言われようだな。
そんなに美和君って冷たい人なのかな・・・・?
・・・うーん、私にはどうしてもそう思えない。
千鶴とは初対面の時の印象が違うから・・・なのかな?
「まあ、朝音はそういうやつだよ。基本冷たいし、嫌なヤツだし・・・。
でもね、一度認めた人は嫌いになったり見捨てたりしないから、大丈夫だよ。
気になるなら、明日軽く謝っておけば?」
「うん、ありがとう。千鶴。」
―――千鶴に相談して良かった。
一人で悩んでいたら、きっと、どうしたらいいのか分からなかったもの。
―――明日、怒鳴ってしまったことを謝ろう。
でも、こればっかりは譲れないことも話そう。
うまく彼との気まずさを解消できればいい。
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翌日、登校中に偶然、美和君の姿を見た。
「おはよう、美和君!」
私は大きな声で、彼に声をかけてみる。
彼がいつもの素っ気ない無表情で、私の方を振り向く。
「・・・・昨日は怒鳴ってごめん。でも、私、閑谷さんを助けたいから・・・。」
「俺は手を貸さないよ。でも・・・あんたはあんたなりに頑張ればいいんじゃない。」
美和君が、小さな声でそう言って、恥ずかしそうにすぐ後ろを向いて歩き出した。
・・・・・激励・・・してくれたのかな?
――――不器用な人。もっと分かりやすい言葉で伝えればいいのに。
自然と笑みがこぼれてしまう。笑ったりなんかしたら、怒っちゃうかな。
「待って。美和君。」
私は、美和君の後を追って走り出す。
美和君は、私が追いつけないようにスピードを上げて、全速力で走って行ってしまって。
―――私は追いつくことが出来ず、結局、その日、彼とは会うことがなかった。
END