57話 お宅訪問
日曜日。
私と朝音はまず、私の実家に挨拶をするということで久しぶりに実家のまえに来ていた。
実家に来るのはおばあちゃんとおじいちゃんが亡くなった時以来となる。
あの時は、お母さんに玄関の前で突き飛ばされて、
家に入れなくて本当にどうしようかと思ったけれど、朝音が助けてくれたんだよな・・・
と隣に立っている彼をチラリと見た。
朝音はいつもの素っ気ない表情をしながら、私の実家を見つめていた。
「・・・ほら、早く行くぞ。」
「うん。」
朝音に言われて、私は大きく深呼吸をして、自分の家のインターホンを鳴らす。
ピンポーンという音が鳴り響くが、人が出てくる気配はなかった。
「・・・おい、いねーぞ。ちゃんと連絡したのかよ。」
「連絡したよ。私は連絡先知らないからさゆりおばさんにして貰ったんだけど・・・」
さゆりおばさんに結婚のことを伝えたらとても喜んでくれた。
日曜日に彼を実家に連れて行きたいから連絡してくれって言ったら任せてと力強く言ってくれたのに・・・
やっぱり、私は何とも思われてないんだな、と改めて実感してため息が出る。
「んな暗い顔すんなって。」
朝音が私の頭を優しく撫でてくれた。
「出ないっていうなら、出るまで押そうぜ。」
気を取り直したように朝音が言って、何度もインターホンのボタンをガチャガチャ押す。
ピンポーン、ピンポーン・・・と何度もインターホンの音が鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと、朝音。」
私は慌てて朝音を止めようとするが、彼は私の静止を振り切って何回も押す。
「んだよ。別にいいじゃん。素直に一回で出ない奴が悪いんだし。」
朝音がいたずらっ子のように笑いながらそう言った。
・・・確かにお父さんもお母さんも悪いけど・・・でも、これって物凄く非常識じゃないのかなぁ・・・
しばらく朝音がガチャガチャインターホンを鳴らしていると、急に玄関のドアが開いた。
「ちょっと、何回も押さないでよ。迷惑じゃない。」
かなりキレぎみの顔をしたお母さんが出て来た。
まるで家族を殺された恨みとばかりの表情で朝音と私を睨む。
「あっ、すみません。聞こえてないかと思いまして。」
お母さんの表情に全く物怖じせずに、朝音があっけからんとした顔でそう言った。
「・・・・あんたが美和朝音ね。やっぱりろくでもない男じゃない。」
「そちらこそ、ご挨拶に行くことには事前に連絡がいっているはずですけど?
迎えの一つもよこさないなんて非常識じゃないですか?」
朝音が皮肉たっぷりに笑顔でお母さんに言って、お母さんの眉がますます険しくなった。
「・・・・結婚でも何でも好きにすればいいじゃない。その子はうちの子ではないのだから。」
お母さんは捨てセリフのようにそう言って、ガチャンと勢いよくドアを閉めた。
「・・・・ったく、ひでー親だな。」
朝音がうんざりとした顔で呟いて、私の頭をぽんと叩いた。
「よし。親の許可も出たし、これで結婚できるな。」
満足したようにそう私に笑いかけて、私も黙ってうなづいた。
お母さんは「好きにしろ」と言っていた。
・・・この間は反対していたら、きっと朝音のこと認めてくれたのだと思う。
だから、好きにしてもいいんだよね。
「ほら、挨拶も終わったし、行くぞ。」
朝音が私の手を握って歩き出した。
「うん。」
私はこの家にはあまりいい思い出はない。
いつもお父さんもお母さんも私の事をよく思ってなさそうだし、
そんなお父さんとお母さんと暮らすのは嫌だった。
思えば、いつも私は誰かにこの家から助けられているような気がする。
小さい時はおばあちゃんとおじいちゃんに。今は朝音に。
もし、私が今でもこの家に住んでいたらどんなひどい人生になっていたのだろう。
本当に、本当に私は恵まれている。幸せだなあと思いながら私は朝音の後を歩いた。
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実家に行った後、私は朝音の家に向かった。
「ついでだから、一応俺の家にも挨拶しておこうぜ」と朝音が言ったからだ。
「まあ、俺は養子だし、今の両親優しいから反対されねーと思うけど。」
そう言いながら朝音が玄関の扉を開けた。
「お、おじゃましまーす。」
私は遠慮がちに家の中に入った。
「あら、いらっしゃい。」
朝音のお母さんが玄関に顔を出してくる。
いつ見ても綺麗で優しそうなお母さんだ。
私は思わず朝音のお母さんに見惚れてしまいながら、慌ててお辞儀をした。
「あ、あの、よろしくお願いします!」
「ふふっ。上がって。ちょうど準備が出来た所なの。」
朝音のお母さんは柔らかく笑った。
私はお母さんの好意に甘えて上がり、朝音と一緒にリビングへ行く。
リビングへ行くと、朝音のお父さんと、朱里ちゃんがいた。
「あの、結婚したいんだけど・・・」
席に座るなり恥ずかしそうに朝音がそう切り出すと、
「そうか・・・。まあ、いいぞ」
とお父さんが快くうなづいた。
「・・・・ただ、一つ、頼みがある。お前の父親に、この事を報告してきて欲しいんだ。」
そう言って、お父さんは一通の封筒を朝音に差し出した。
「は?父親・・・?死んだんじゃなかったの?」
朝音が信じられない、というような目でお父さんを睨む。
「生きている。・・・ずっと行方不明だったんだが・・・ようやく見つかったんだ。
その封筒に父親の現住所と写真が入っている。」
「行方不明?何それ・・・。」
「お前を引き取る時にも説明したんだが、忘れたのか?」
朝音がますます理解出来ない、というような顔をした。
「・・・・んなの、覚えてねーよ。
大体あの時はあいつが突然いなくなったせいで呆然としていたし・・・・」
朝音はばつの悪そうな顔でぼそぼそと呟いた。
・・・朝音の口からお母さんの事を聞くことは少ないけど、
何だかんだ言って、大好きだったお母さんを亡くしたことはとても辛かったんだろうな、と思った。
「・・・そうか。
お前の父親は、お前が三歳の時に仕事で出張中に津波に巻き込まれて・・・
ずっと行方が分からなかったんだ。
でも、ようやく見つけた。
どうやら記憶を無くしていて、今は屋久島で一人で暮らしているんだ。」
「えっ?屋久島・・・?」
屋久島と言えば、おじいちゃんとおばあちゃんの家がある場所だ。
私はおじいちゃんとおばあちゃんと一緒に幼い頃から小学生まではそこで暮らしていた。
もしかしたら、話した事があるのかもしれない。
「あの、そのお父さんのお名前・・・何ていうんですか?
・・・あ、えっと、私、昔屋久島に住んでいたことがあって・・・もしかしたら、会ったことがあるかも・・・」
私は、お父さんにそう聞いてみた。
「おお、そうなのか。朝音の父親の名前は「朝河零士」。
津波に襲われた際に自分の名前も身分証明書も無くしてしまって、
今は「北野聡太」と名乗っているそうだ。
どうだい?心当たりがあるか?」
お父さんから「北野聡太」という名前を聞いた時に私は震えが止まらなかった。
幼い頃、よくおじいちゃんとおばあちゃんに連れられて来たバーで聞いていたジャズバンド。
そのジャズバンドのギターを担当していたのは北野さんで、よく私を可愛がってくれた。
北野さんは、音楽を志す私に色んなことを教えてくれた。
おばあちゃんからはクラシック・・・特にヴァイオリンのことしか教えて貰ってなかったから、他のジャンルの音楽のことや他の楽器の話を北野さんから聞くのはとても新鮮だった。
あの北野さんが、朝音の本当のお父さんなんだ・・・・。
「その人、知ってます。小さい頃、とてもお世話になった人なんです。」
「・・・・なんと、縁とは不思議なものだな。」
お父さんが感慨深そうにうなづいた。
「・・・・奏。その・・・どんな人、なの?」
朝音が戸惑いながらも私に質問を投げかけた。
「そうだね。顔はあんまり朝音に似てないかな。言われれば口元が少し似ているけど。
でも、すごくいい人だよ。私に音楽のことを沢山教えてくれたの。」
「ほう、零士は向こうでも音楽をやっていたのか?」
お父さんが目細めながら私に質問をした。
「ええ。ジャズバンドでギターを弾いてました。」
「そうか・・・あいつは、記憶が無くなっても音楽を好きなことには変わりはないんだな・・・」
お父さんの目は少し潤んでいるように感じた。
「あの・・・失礼ですけど、北野さんと朝音のお父さんは・・・どんな関係なんですか?」
「学生時代の親友だよ。
好きなミュージシャンが一緒でよくライブに一緒にいったんだ。」
お父さんは懐かしそうに笑った。
そんなお父さんを朝音はじっと、複雑そうな顔で見つめていた。
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「まさか、父親が生きていたなんてな。」
帰り道、朝音は私を寮まで送ってくれた。
朝音はため息をつきながら複雑そうにそう独り言を呟いていた。
「・・・・会いに行くの?」
私は、首をかしげながら朝音のことをじっと見る。
「今さら会いに行ってどうすんの。
向こうは、俺のこと覚えてないかもしれねーし。
どんな顔をして話せって言うんだよ。」
朝音はむすっとしたようにそう言った。
かなり複雑そうな顔をしている。
まだ、お父さんのことを受け入れられてないのだろう。
確かに、朝音はずっと本当のお父さんとは会ってなかったから困惑するのも無理はない。
「会いに行こうよ。」
私は、朝音の目をまっすぐ見ながらそう言った。
「・・・・でも。」
「私も一緒に行く。北野さんに朝音のこと報告したいから。」
朝音ははずかしそうに目をそらしながら
「そ、そうか・・・分かったよ。」
とうなづいた。
朝音は迷っているみたいだし、もしかしたら・・・北野さんは朝音のことを覚えてないかもしれないけど。
でも、一回くらいは会っておいた方がいいと思ったから。
こうして、私たちは北野さんに会いに行くことになった。




