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4話 新曲

私は学校でヴァイオリン練習を終えた後、スタジオへと向かう。


昨日も来たのに今日も見るなんて私も物好きだなぁと思う。

だけど、何故かここに来てしまう。



ここには、私を惹きつける何かがあるんだと思う。それが何かは分からないけれど。



「あ、奏ー!ちょうどいいとこに!」



私を見るなり、千鶴が駆け寄って来た。



「今からさ、新曲を合わせるからさ、アレンジとか、

音のズレとかそういうのあったらバシバシ指摘して欲しいんだ!」



「・・・・そうなんだ。」



そういえば、昨日も新曲が云々とか言っていたような気がする。



新しい曲を作るなんてすごいなぁ。



私なんか、音楽理論とかそういうことは頭に入っていても、頭の中にメロディなんて浮かばないもん。


曲を作るのって、やっぱり、才能なんだろうな、と思う。

いくら歌や楽器がうまくても、才能がなければ曲は作れないから。



・・・だから、美和君は本当にすごいと思う。



ロックのことはよく分からないけど、彼の作る曲はすごくいいと思う。

一曲ごとに表情があって、その表情にぴったりな曲とアレンジがあって・・・

その多彩な表現は、一つのバンドというよりは、色んなジャンルの、いい曲を集めたという感じだ。


そんなことを考えながらぼんやりと練習を見ていたら、演奏がはじまった。



まだ演奏は荒削りな感じだけど、メロディと詞がしっかりしていて、

これはこれで味がある演奏になっているかも・・・。



曲ができるって、やっぱり、すごいなぁ。



まるで、惑星の誕生の瞬間みたい。



感心しながら聞いていると、間奏のギターソロに差し掛かった所で私は少し違和感を覚えた。



―――今のギターソロなんか違う。



この曲の雰囲気なら、激しくかき鳴らすより、ギターを歌わせた方がいいんじゃないかな・・・。



うーん、でも、私が口を挟んでいいのかな・・・。



私は、ちらりと、大サビを歌っている美和君を見た。



彼は、いつも通り、無表情でギターをかき鳴らしている。



「・・・・・。」



―――やっぱり、言おう。


黙っているのはよくない。

ここで私が黙っていたら、美和君にもう来るなと言われそうな気がする。なんとなくだけど。



演奏が終わり、美和君は静かに私を見た。



「どう?」



美和君は、じっと私の評価を待っていた。


たぶん、上っ面の褒め言葉なんて、彼には通用しない。

私の素直な感想が聞きたいのだろう。



「・・・えっと、まだ荒削りだけど、良かったよ。

でも・・・間奏のギターソロがちょっと違うというか・・・・」



「どういう風にしたらいいと思うんだ?」



美和君の目がむっとしたように細くなる。

鋭い目。相手を威嚇するような眼差し。



たぶん、普通の人ならここで口ごもってしまうだろう。


俺の曲に文句があるのか?というオーラが出ていて、とてもじゃないけど、意見なんて言いにくい。

たぶん、彼はこのアレンジが最良だと思っている。

曲に対して確かな自信があるから、私にプレッシャーをかけているのだ。



―――これは俺が最高だと思った感じなんだ。お前はそれに文句をつける気なのか?って。



・・・だけど、この視線に負けないようにしなきゃ。

違うと思うんだから、言わないと行けない。

あくまでも「私」の意見だから。「美和君」がどう思うかなんて関係ない。



「えーっと・・・・」



・・・・そう言っても、口で言うのも難しい。

私はギター弾けないし・・・・仕方ない、ヴァイオリンで再現してみるか。



私は、ヴァイオリンのケースから、ヴァイオリンを取り出した。

弓に松脂を塗り、調音をする。



「えっ?奏?どしたの?」



千鶴や藁科君や酒井田君は、私が何をしようとするのか理解出来てないみたいだ。


・・・うん、確かに何も言わずにいきなりヴァイオリン取り出したら、

何をしようとするのか意味不明だと思う。

ちゃと、説明しないと・・・



「えっと、さっきのギターソロ、こんな感じだったと思うんだけど・・・」



私は、弓を動かして、さっきのギターソロを出来るだけ再現する。


・・・再現と言っても、ヴァイオリンで出せる音は多くても3つだから、雰囲気だけだけど。



再現が終わると、



「・・・・えええ、ちょっと待って!奏、さっきの聞いただけで、これ、弾いたの?」



千鶴は目を丸くしながらそう言って、



「・・・驚いた。初見・・・しかも、楽器が違うのにこれだけ弾けるなんて・・・」



と、藁科君は感心し、



「僕のギターソロをヴァイオリンで再現するなんて・・・なんて素敵なんだ・・・」



と、酒井田君は感動しているようだ。



・・・美和君は相変わらず、何も言わずに、私を見ている。



「・・・これだと、ちょっと・・・曲の雰囲気に対して激しすぎる気がするんだよね。

だから、もっと、歌う感じにしたらどうかな?

例えば、こんな感じとか・・・・」



私は、即興でギターソロの部分を弾いて見る。



ゆるやかに、歌うようなイメージで、音を紡いでいく。


ロックのことは全然分からないから、音楽理論的に間違っているかもしれないけど、

自分にしっくりくるイメージで、ギターソロを弾いた。



演奏が終わると、美和君が静かに口を開いた。



「・・・そうか。つまりこのギターソロは怒りの表現より、叫びを表現した方がいいと?」




・・・伝わった。



何でヴァイオリンで音を出しただけなのに、美和君には私の言いたいこと、ちゃんと伝わるんだろう。

なんか、テレパシーみたいだ。不思議だな。



・・・もしかして、同類だから、分かり合えるのかな?



「う、うん。そう。」



私が慌ててうなづくと、美和君は少し考えるような仕草をして、



「・・・一本取られた。確かにお前の言う表現の方がいいな。」



と、言った。




「うわ!すごいよ、奏!朝音がアレンジのことで一発OKだすなんて・・・明日は台風くるって!」



と、千鶴が興奮したように言った。



「そうなの?」



「だって!こいつ超ダメ出しするんだよ!この音は違う!とかさ・・・」



千鶴が美和君に対する不平不満をぶつぶつと言うが、美和君は全く聞いてないような顔をしている。



「酒井田、今の音、再現できるか?」



「ははっ!僕は天才だから、余裕だよ!」



と、酒井田君がドヤ顔をしながら、さっき私がヴァイオリンで弾いた音をギターで弾いた。



「・・・ほんと、あいつ器用よねぇ。あーあ、羨ましいわ。」



そんな酒井田君を、千鶴は呆れ半分、羨望半分の目で見ていた。



「・・・・それにしても、奏って楽譜なしでも即興で弾けるんだね。

クラシックやっていてもアドリブで演奏できるの?」



「・・・他の人のことは分からないけれど・・・。

私は、おばあちゃんがね、「クラシックだけ聞いていたらいい演奏者になれないから」って言って、

よく、ジャズバンドやっていたおじさん達の所に連れて行ってくれたの。」



そう、おばあちゃんはよく、

私に「作曲者の意図を読み取って表現することも大事だけど、

自分なりの解釈で演奏することも大事だ」といつも言っていた。


だから、島でジャズバンドを組んでいたおじさん達の所によく私を連れて行って、ジャズを聞かせていた。


おじさん達はとてもいい人達で、私に色んなことを教えてくれたり、一緒に演奏していたりした。



・・・あの時は、ヴァイオリンを弾くのがすごく楽しかったなぁ。



いつも私は、楽譜を見ながら演奏していたから、

ある程度の決まりはあるにしても、自由に演奏できるジャズはすごく演奏していて楽しかったっけ。




(・・・・・・・。)





そう言えば、私は、いつからヴァイオリンを弾くのが楽しくなくなったんだろう。




ジャズバンドのおじさん達も、美和君や千鶴も、楽器を弾いている時、すごく楽しそうに弾いている。




・・・でも、私は――――?





「音楽は「楽しい音」と書くだろう?だから、楽しんで弾いてやらないと、楽器もいい音が出せないんだ。」




いつだったか、ジャズバンドのおじさんがそう教えてくれたことがある。




「だから、大人になっても、音楽を楽しむ心を失ったらダメだよ。」






―――そうか。




ずっと私に足りてなかったものが、やっと分かってきた気がする。



―――私、いい音がでないことばかり気にして、音楽を楽しむことを忘れていた。



この学校に入って、ひどいことをたくさん言われて、ヴァイオリンを弾くのが、苦痛だった。




だから―――私のヴァイオリンはどんどん鳴らなくなってしまったんだ。




もしかして・・・・このことに気づかせる為に、美和君は、私をここに連れて来たのかな?




・・・・・まさかね。考え過ぎか。



「千鶴。ごめん。練習途中だけど、もう帰っていいかな?」



「えええっ?もう?何で?」



「・・・・ヴァイオリンを弾きたいから。」



千鶴が、目を丸くして、私を見る。

美和君は、気のせいかもしれないけど、満足そうに笑ったような気がした。



「そっか、うん。じゃあ、また、来てね。」



千鶴がそう言って、笑って手を振ってくれた。

私も、千鶴に手を振る。



―――ありがとう。皆。ようやくこれで、一歩前に進めたような気がするよ。



私は、夜の街を急いで走って、寮へと帰る。

寮につくなり、すぐにヴァイオリンを取り出して「ラ・カンパネラ」を弾いた。




―――小学六年生の時のようなすごい音は出なかったけど、生き生きとした伸びのある音が出た。




その音は、まるで、夜明けの中に輝く一番星のように、キラキラと輝いていた。





END


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