39話 嵐
今日は一学期の終業式。
この4ヶ月間、本当にダルかった。
今まで出たくない授業はサボってきたし、音楽に集中したい時は学校をサボっていたけど、
小松さんからサボるのは辞めろと言われ・・・真面目に授業なんか出て・・・
久しぶりに毎日のように学校に行ったから本当に疲れた。
でも、それも今日でおしまい。
明日からは、夏休みがはじまる。
夏休みと言っても、俺にとっては海とか祭りとかそういう遊びは一切ない。
音楽だけに集中できる40日間だ。
祥太郎や圭はライブやレコーディングの間に彼女と遊ぶとか言っていたけど、俺はそんなことはしない。
今年の夏休みは音楽だけに全て費やそうと思っている。
・・・正直、あいつらが羨ましくない、と言ったら嘘になる。
だって、祥太郎も、圭も、女を作ってから毎日がすごく楽しそうで、ウキウキしていて、音も凄く良くなって。
あいつら、女が出来て本当にいいことばかり続いているんだ。
それで相手もすごく幸せそうにしているのを見ると、いいなって思っちまうよ。
俺も、音海と・・・って妄想したくなる。
そうなったら、どんなにいいんだろう。
絶対叶わない事なのに、身体の底から欲しがってしまうこの気持ちを、人は性欲と呼ぶのだろうか。
わかんねえ.わかんねえけど・・・。
でも、やっぱり、音海を母親のような目にあわせてしまうのは嫌だから、
だから、俺はギリギリの所で踏みとどまらせている。
きっと、音楽の事に集中してないと、自分の中で溜まっていたものがはち切れそうになるから。
だから、この夏休みは、全てを音楽に捧げるんだ。
音楽に捧げて、一日でも早く、音海に追いつきたいから。
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終業式の帰り、朝はいい天気だったというのに、何だか雲行きが怪しくなってきた。
黒い積乱雲が、空に浮かんでいて、今にでも一雨来そうだ。
朝の天気予報では「今日は雲一つない晴れ間が広がるでしょう」とか言っていたクセに
外してんじゃねーよ、と思いながら、俺は、帰り道を早歩きで歩く。
傘なんて持って来てねーし、濡れると嫌だから早めに帰らなくちゃな。
「美和君、ちょっといいかな。」
突然、後ろから声をかけられた。
―――誰だ?知らない奴の声だ。
立ち止まり、振り返って見ると、音楽科の制服を来た男がいた。
・・・誰だ、こいつ。
「誰?」
「あれ?覚えてないかな。
ほら、音海さんと同じクラスの森だよ。」
森はそう言って胡散臭い笑みを浮かべた。
・・・ああ、確か文化祭の時に音海と演奏していた奴か。
「今日はさ、君に話があるんだ。」
何だろう。こいつ、親しげに笑っているというのに、何か嫌な感じがする・・・。
話しているだけで胸の中がもやもやする。
―――あの爽やかな笑顔の裏側に見えるのは・・・・敵意?
なんか、嫌だな、こいつと話すの。
俺は、話すことなんて何もないし、早く帰ってギター弾きたいし、無視しよう。
そう思って、俺は、無言で奴に背を向けて歩きはじめた。
「僕、音海さんのことが好きなんだよね。」
背中から森の声が聞こえた。
俺は、歩き出した足を止め、無言で振り返り、森の顔を見る。
森はさっきと変わらない笑みで俺を見ていた。
「明日から、一緒にドイツに短期留学に行くんだ。そこで告白しようと思うんだ。」
もやもやとした気持ちが、俺の胸の中に広がっていく。
なんだ、これ、すっげーイライラする。
急に強い風が吹いて来た。
空がどんどん黒い雲に覆われていく。
遠くから、ゴロゴロと雷の音が聞こえる。
「いいよね?音海さんを貰っても?」
何でこいつは俺に聞くんだ。
告白するなら、勝手にやればいいじゃないか。
「・・・・勝手にしろ。」
俺は、それだけ言って、再び森に背を向けて早足で歩きはじめた。
―――いつかは、こんな日が来ると思っていた。
自分で想いを伝えないと決めた時から、いつかはそういう日が来るという事を覚悟していた。
だけど・・・・
何でこんなにモヤモヤするんだ?
雨粒が、ぽつぽつと地面に落ち、ざあざあと激しく降りはじめた。
―――渡したくない。
絶対に、あいつなんかに音海を渡してたまるか。
他の誰が何て言おうと俺が気に入らねえんだ。
俺が認める奴じゃないと、音海を渡せない。
音海は誰のものでもないけど・・・俺が決める事でもないけど・・・
でも、嫌なものは嫌なんだ。
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家に帰って俺はすぐに音海に電話をかけた。
何回かコールをして、音海が電話に出た。
「・・・・どうしたの?美和君?」
音海は不思議そうな声を上げた。
久しぶりに聞く音海の声は耳に心地よい。
ずっと側であいつが喋っているの聞いていたいくらいだ。
だけど、俺は、ぐっと自分の欲求を堪えてさっさと要件を伝える。
「お前、明日から、ドイツ行くんだよな?」
「・・・うん、そうだけど・・・。急にどうしたの?」
「いいか、お前、あくまで勉強で行くんだからな。絶対に男と二人きりになるなよ。」
「・・・・えっ?」
音海は俺が何を言いたいのかイマイチ理解していないようだ。
ホント、こいつはこういうことに本当に鈍いよな。
まあ・・・それで助かっている部分もあるんだが・・・。
「あーもう!お前はぼーっとしているから、変な男に騙されやすいの!
だから気をつけろって言ってんだ!その位分かれ!!」
俺はそれだけ音海に言って、さっさと電話を切った。
今ので音海は俺の言いたいこと、理解したかな・・・。
・・・あいつのことだから、イマイチ理解してない気もするな・・・・
―――何やっているんだろう、俺。
俺は、ケータイをソファーにぶん投げてベットに寝転んだ。
あいつのことが好きって男が現れたらちゃんと譲ろうと思っていたはずだよな?
それなのに・・・どうしてこんな、妨害みたいなことをしているんだ?
―――ああ、もやもやする。
音海は森のこと、どう思っているんだろう。
好きなのかな。普段親しげに話しているのかな。どの位仲いいんだ?
もしかして、俺の知らない間に二人はいい感じの関係になっているのかもしれない。
音海は本当は森が好きなのかもしれない。
本当は、祝福するべきなんだって、頭では分かっている。
こんな裏でこそこそ音海に忠告して、本当にカッコ悪い。
悔しいと思うなら、正面から森に勝負を申し込むべきだったんだ。
なのに、俺は・・・・・・・・・。
自分の女々しさに嫌気が刺す。
ホント、サイテーな奴だ、俺。
―――いっそのこと、音海を自分のものにしてしまおうか。
俺たちの周りの環境全部無視して、音海の手を引いて誰もいない所で二人きりで暮らせたら・・・・
ああ、どうしたら気持ちを入れ替えることが出来るのだろう。
人を嫌いになるってどうしたら良かったんだっけ。
頭の中の音海の記憶を全部消して欲しい。
こんなに好きなのに、何で俺は、あいつに気持ちを伝えようとしないんだろう?
音海を自分のものにしたい気持ちと、音海を不幸にしたくない気持ちがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
外の激しい雨の音が部屋の中まで響き渡る。
雷の音と光が、だんだんとこっちに近づいてくる。
嵐の夏休みが、はじまる―――
END




