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37話 失恋


―――彼氏にフられた。



これでもう何回目の失恋だろう。

いっつもウチはフられてばかり。



どうして周りは幸せな恋が出来るのに、ウチは不幸な恋しか出来ないんだろう・・・。



ウチはぼろぼろと涙を流しながら朝音のマンションのインターホンを押した。



-------



「またフられたの?」



俺は呆れながら泣いている千鶴にホットミルクを出してやった。



「うん、朝音ぉ・・・。ウチってそんなに魅力ないのかなー・・・」



「知らねーよ。」



「だよねー。」と鼻水をすすりながら千鶴はホットミルクを飲む。



千鶴は高校に入ってから彼氏にフられるたびに何故か俺の家に泊まりにくる。

どうして俺の家なのかさっぱり分からないが追い返すのも気が引けたので、

仕方なく上がらせたら、それ以来毎回来ている。



・・・ホント、失恋した千鶴をみていると亡くなった母親に見えて困る。



こいつも、いつか・・・男に捨てられて死ぬのかな。




やっぱり恋愛なんてロクでもない。

人を不幸にするだけだと思う。



こんな下らないもの、するもんじゃないな、と俺は再確認した。




「・・・はあ。朝音ごめんねー。なんかいつも慰めてもらっちゃって。」



しばらく泣きながらホットミルクを飲んでいた千鶴が、そう言った。

涙はすっかり止まっている。



「はあ?」



何言ってんだ、こいつ。


俺はいつもホットミルクを出して放置しているだけなんだが。

それのどこが慰めている事になるのだろう。



「このホットミルク、美味しいよね。

ウチ、このホットミルクにいつも慰められてるんだ。」



「・・・そう。」



このホットミルクは、いつも失恋して泣いていた母親が

酒ばっかり飲むから代わりに出しはじめたものだ。



そう言えば、母親も「朝音のホットミルクは美味しいね」って飲んでいたっけ。



「・・・千鶴はさ、よく懲りないよね。」



「うー、言わないでよ。好きになっちゃうもんはしょうがないじゃん。」



千鶴が、不満そうに俺を睨む。



「それにしてもさ、いつも同じ失敗ばかりしてバカじゃないの?学習能力ないんじゃない?」



「・・・ちょっとー。傷心中の女の子にそういうこと言うの、やめてよね。

もっと優しくしてよ!」



「お前に優しくしてどうすんの。

俺に何かメリットはあるわけ?」



うっ、と千鶴は言葉に詰まって、「この冷血!」と舌を出した。



「いーもん。こういう時は圭に慰めてもらうんだからっ。」



千鶴はそう言って、ケータイをいじって圭に電話をかけた。

しかもわざわざスピーカー設定にして俺に聞こえるようにしてやがる。




・・・なんの当て付けだよ。




俺が聞いて、どうすんの。参考にしろって?

参考にしてどうしろって言うんだよ。

俺はこういうの苦手なのは千鶴だってよく知っているクセに。




「もしもし?」



「あっ、圭ー。ウチ、彼氏にフられちゃったのー。慰めてーっ。」



千鶴が甘えたような声で電話の向こうの圭に泣きついた。



「はあ・・・本当に千鶴ちゃんの彼は見る目がないね・・・。千鶴ちゃんはこんなに可愛いのに・・・」



圭の言葉を聞いて、寒気がしてきた。


女を慰める時ってこんなに寒いこと言わなきゃいけねーの?信じられない。



「本当だよね!・・・でもさ、ウチ、なんか自信なくなっちゃった。

いっつもおんなじ様なフられ方しちゃっていてさー。

恋をするの、ちょっと怖いみたい。」



千鶴は重い深くため息をついた。


いつもは表に出さないけど・・・千鶴も千鶴で悩んでいるのだな、と思った。

まあ、だからといって何をするわけでもないけれど。



「そんなこと言わないで。

いつか、きっと、千鶴ちゃんの王子様がやってくるよ。

僕もお姫様を笑顔に出来る様に頑張るからさ。」



・・・寒い。寒すぎる。

6月だというのに部屋が真冬のように感じてきた。


俺には無理だ。こんな風に女を慰めるとかできない。



「えっ?圭、何々!好きな人でもできたの?」



千鶴の表情が一変して、目が爛々と輝きはじめた。



「恋か・・・うーん、この胸の高鳴りはそうかもしれないね・・・。」



・・・どいつもこいつも恋だの愛だの言ってバカみたい。



そんな気持ちなんて、まやかしに過ぎないのに・・・。



「えーっ!誰?誰?」



「いつもライブに来ている女の子でね。

いつも笑わないでライブを見ているから何でだろうってずっと気になっていて・・・。

今日さ、ようやくその子に会ってきたんだ。」



圭の話を聞いて、ああ、と俺は思い立った。


あの地蔵みたいにライブを見ているヤツか。

圭はあんなヤツがタイプなのか?あんな無愛想でキツそうな女、俺は勘弁したいぞ。



「で?どうだったの?」



「冷たくあしらわれて終わりだったよ・・・。こんな女の子は初めてだ。

僕が笑えば、いつも女の子は笑ってくれるというのに・・・」



圭は大きくため息をついた。



「でも、僕は諦めないよ。

いつか彼女の笑顔を見るんだ!それまでは絶対に諦めないさ!」



「・・・そっか。頑張ってね!」



「うん。僕はさ、絶対に彼女を笑顔にしてみせる。

だから、千鶴ちゃんも恋をすることを諦めちゃダメだよ。」



・・・バッカみたい。

こんな寒いこと言って、励まされるのなんて単純な人間だけだ。



「うん、ウチも頑張る!ありがとう!」



・・・まあ、千鶴は単純だから励まされるだろうけど。




恋愛なんて、幸せになれるのは限られた人だけで、あとは全部不幸になるだけなのに。

それなのに、どうして圭も千鶴もマジになっているんだろう。




・・・バカみたい。



「よしっ!元気も出てきたし、帰ろっかな。」



千鶴は電話を切って、帰り支度をしはじめた。



「・・・あっそ。じゃあな。」



全く、勝手に押しかけて、勝手に帰って・・・毎度毎度勝手なヤツだよな。



「朝音。またウチがフられたらホットミルク入れてよ。」



「・・・家はカフェじゃないんだけど。」



「いーじゃん!朝音のホットミルク、元気がでるから好きなんだもん!また飲みに来るからね。」



そう言って、千鶴は玄関のドアを閉めて帰って行った。




・・・本当に勝手なヤツだ。




俺はやれやれと大きなため息をついた。



----------



翌日、千鶴のヤツはケロっとして学校にも来ていた。


失恋したばかりだというのにタフなヤツだ。



「あー!朝音!昨日はありがとね。」



千鶴はいつもと変わらない笑顔で俺に話しかけてくる。



「・・・千鶴はさ、何でそんなに元気なの?」



「えーっ?そう見える?」



千鶴はニコニコ笑っていたが、急に真顔になった。



「・・・実はね、あんまり元気でもないよ。でも、元気にならないとね。」



珍しく千鶴がしおらしくて、俺は何て声をかけていいのか分からなかった。



「まっ、あんな男なんか忘れてもっといい男をGETしてやるんだから!」



そう言って、千鶴は太陽のように笑った。


いつもの千鶴だ。うん、この方がいい。

千鶴が元気じゃないと何かこっちまで調子狂うからな。



「・・・お前、本当に懲りてないんだな。恋愛なんて傷つくだけじゃん。」



「うーん、そうでもないよ?」



「えっ?」



「いや、確かにね、失恋ってショックだけどね・・・。

その分心が成長していく気がするんだ。

ダメになった恋でも無駄にはならないよ。

傷ついてボロボロになるだけが失恋じゃないから。」



千鶴はそう言って、綺麗な顔で笑った。



―――不覚にも、初めて千鶴が女に見えた。



いや、だからと言って、惚れたりはしないんだけどさ。

でも、少しだけドキッとしちまったよ。危ねえ、危ねえ。



「まあ、お子ちゃまな朝音君には分からないかもねー。」



「はん、何言ってるの。俺だって恋の一つや二つくらいした事あるし。」



「へぇー、一つは知っているけど、二つもしてたの?知らなかったなぁー。」



千鶴がニヤっと笑った。



こいつ・・・揚げ足を取りやがって。


ムカついたので俺は千鶴を叩いてやる。



「ちょっと、いったーい!

女の子に手を上げるなんてサイテー。

そんなんじゃ奏に嫌われるよっ!」



千鶴がムっとした顔で俺を睨む。



「・・・べっつに。嫌われても構わないし。」



むしろその方があいつの為だろう。

さっさと俺を嫌いになってくれた方が、白黒ハッキリついていいじゃないか。



「もうっ。素直じゃないんだからー。

他の男に攫われても知らないよー。」



それでもいい。

いっそ、その方が俺も、気持ちの整理を付けやすい。



他の男が音海を幸せにしてくれるなら、それでいいんだ。



恋愛なんてマジになるだけ無駄だ。

どうせ、最後にはボロボロになって傷つくだけなんだ。




―――だから、俺はマジになることを止めたんだ。



音海を傷つけたくないから。




最初からマジになって関わなれば傷つくことなんてないから。



「あっ、圭!」



千鶴が廊下の向こう側からやって来た圭に手を振った。



「やあ、千鶴ちゃん。大丈夫?」



「・・・まあね。うん。」



千鶴がうなづくと、圭は千鶴の頭をぽんと叩いた。



「大丈夫。きっと、いい人が現れるよ。

どんな環境や育ち方をしてきても、人は幸せになれるし、誰かを幸せにすることも出来るんだ。」



圭が笑顔でそう言うと、千鶴は目に涙を貯めていた。



―――俺の心が、圭の言葉で少し動いたのを感じた。



どんな環境や育ち方をしても、誰かを幸せにすることが出来る・・・。




って、何、俺圭の言葉なんかに感動しているんだろう。

俺は慌てて首を振った。




―――そんなの、綺麗事だ。



人生なんて、そんなにうまく行くはずないんだ。

こんな言葉なんかに俺は騙されない。



「ウチも、幸せになれるかな?」




千鶴が自信なさそうな顔で圭を見る。



「証明してみせるよ。僕があの子を幸せにしてね。」



圭は笑顔でウインクをした。



千鶴は、泣きながら何度もうなづいていた。



俺は2人を見ながら、どうせうまく行かない、行くはずがない、と自分に必死に言い聞かせていた―――



END


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