3話 友達
私のケータイにはじめて「友達」が登録された。
千鶴は何でもない時でも、よくメールが来る。
おはよう、おやすみ、授業つまんない。奏は何の授業受けてる?etc・・・
「ねえねえ、奏はLINEやってないの?」
また千鶴からメールが来た。
これで何通目なんだろう。もうすでによく分からなくなっている。
おかげで、私のケータイのメールボックスは千鶴からのメールばっかりだ。
LINE?LINEって何だろう?
ケータイのことはよく分からなかったので、
「LINEって何?」
と、返した。
すると、すぐに、
「スマホのアプリだよ!(^∀^)タダで電話が出来るの!」
と、メールがきた。
・・・今、授業中なのに、よくこんなに早く返信できるなあ、と感心してしまう。
そういう私も、授業中にメール返しているんだけど。
「スマホ?アプリ?何それ?」
と、私が返すと、
「えっ?知らないの?Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
じゃあ、ウチが教えてあげる!ヽ(≧▽≦)ノお昼一緒に食べようよー!」
と、返って来た。
・・・友達とご飯食べるなんて、それこそ小学生の時以来だ。
なんか当たり前のことなのに、感動してしまう。
「いいの?」
「もち!昼休み、普通科屋上に集合ね!(^ー^)ノ」
・・・うわぁ。すごく嬉しい。
友達がいるって、こんなに嬉しいことだらけだったっけ?
久しぶりすぎて、よく分からない。
「ありがとう。楽しみにしているね。」
そうメールを返して、私はふわふわした気持ちでお昼を楽しみに待った。
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昼休み、私は普通科の屋上に来た。
屋上には、千鶴の他にバンドメンバーの皆もいて、
千鶴曰く、いつもこのメンバーでご飯を食べているらしい。
「ねえねえ、奏!今日は練習見に来るの?」
「えっと、コンクールもあるし、ヴァイオリンの練習したいから、19時くらいに行こうと思っているよ。」
「えっ!何?何?奏コンクールやるの?」
「・・・学内だけどね。」
「えーっ!見に行きたーい!ねっ、いいでしょ?」
・・・見に行きたいと言われても・・・ちょっと困るというか・・・・
まだ、私は、昔のような音を取り戻せてない。
そんな状態で千鶴に演奏を聞かせて・・・千鶴は音楽家の人達みたいに失望しないかな?
・・・・折角友達が出来たのに、嫌われたらどうしよう。
でも、キラキラした笑顔で私を見る千鶴を見ていると、断れない。
でも、このまま逃げているわけにもいかない。
どうせ、いつかは、千鶴に私のヴァイオリンを聞いてもらう日が来るだろう。
それが早いか、遅いかの違いなだけで・・・・
私がヴァイオリンを弾いている以上は逃げられないイベントだ。
・・・大丈夫。千鶴は優しいから、きっと、私が不甲斐ない演奏をしても、
きっと「どんまい!」って言ってくれるはず。
千鶴を信じよう。友達を信じられないんじゃ、友達になった意味がない。
「うん、いいよ。20日に講堂でやるから。」
私は、笑顔でうなづいた。
「再来週の日曜かぁ・・・。ねっ!皆で見にいこーよ!」
千鶴が、男子メンバーに声をかける。
えっ、皆で・・・?
と、いうことは・・・
「おっ、いいねー。」
「賛成。」
酒井田君と藁科君がノリノリでうなづく。
「朝音もどう?」
ずっとノートに何かを書いていた美和君がこの日初めて私の顔を見る。
「・・・・この間みたいな演奏するなよ。」
と、それだけ言って、またノートに何かを書きはじめた。
「・・・努力します。」
やっぱり、美和君も来るんだ・・・。
正直、この間のこともあるし、美和君だけは来て欲しくなかった。
今度こそちゃんと演奏しないと、見捨てられてもおかしくない。
できれば・・・このイベントも後回しにしたかったけど、私が「来るな」と言っても彼は来るだろう。
仕方ないのだ。私が、ヴァイオリンを弾くのを辞めない限りは、これは避けられないのだから。
うう・・・これは頑張らないとまた怒られるなあ。
美和君が納得できるような演奏をしなくちゃ!
「・・・ねえねえ、前から思っていたんだけどさ、朝音と奏って、何かあったの?」
千鶴にそう言われて、心臓がドキッと鳴る。
・・・「何か」どころの話じゃない。私にとっては、本当に人生が変わった瞬間だと思う。
・・・でも、それを人に言うのは・・・何だか恥ずかしい気がした。
「・・・えっと、ごめん。今は・・・・秘密にしておきたいんだ。
いつか・・・話せる日が来たら、話すから・・・」
ごめん、千鶴。
せっかく友達になってくれたのに、隠し事するなんて私は最低だ。
・・・でも、どうしても、恥ずかしくて、話せない。
「・・・了解っ。じゃ、今は聞かないでおくね!」
千鶴はそんな私に気を悪くしたような様子はなかった。
・・・千鶴は優しいな。
隠し事をした私を責めたり、問い詰めたりせずに、笑って受け入れてくれるなんて・・・。
・・・・千鶴の友達で良かった。こんな私でも、千鶴は笑顔で受け入れてくれて・・・それがとても嬉しい。
・・・私も、千鶴にとって、そんな存在になれればいいな。
「あ、そうだ!ねえねえ、奏!今週の日曜空いてる?」
「うん。」
「実はね!ウチらの初ワンマンライブやるんだー!ねっ、来てよ!」
「・・・ワンマンライブ?」
聞いたことのない単語だ。何だろう?
「あっ!えーっと・・ウチらのー・・単独・・・コンサート、で、合ってる?」
千鶴はかなり考えながら藁科君に振った。
「合ってるよ。」
藁科君が笑いながらうなづく。
「とにかく、ライブやるんだ!」
「そうなんだ。うん、行く。」
ライブかぁ・・・。
お客さんが入ることで、音って変わるから、どんな風に皆の音が変わるのかすごく楽しみだ。
「ありがとー!これ、チケットね。」
私は、千鶴からチケットを受け取る。
・・・そう言えば、クラシック以外のコンサート見るなんて久しぶりだ。
「・・・ねえ、このコンサートって、ドレスコードあるの?」
「・・・へっ?ドレスコード?」
今度は千鶴が私の言葉の意味が分からないみたいだ。
「服装の決まりのことだよ。
音海ちゃん、動きやすい服装で来てくれればいいよ。
あと、なるべくならヒールや厚底の靴やスカートは避けた方がいいかな。
それから、その髪は縛ってきた方がいいかな。」
横で聞いていた藁科君が、ドレスコードが分からなそうな千鶴に助け船を出してくれた。
「・・・えっと、スカートはダメなんだ。それから、髪も縛るの?」
「うん。そういう輩が来ないと信じたいけど・・・
ライブハウスに痴漢が出るって話はあるからね。
それから、オールスタンディングのライブだから、長い髪で飛び跳ねたりすると、
後ろの人に迷惑がかかるから、できるだけ縛った方がいいんだ。」
「・・・うん、分かった。ありがとう、藁科君。」
皆すごいな。単独でライブをやるというのはすごいことだ。
演奏者が好きな人やその友達”だけ”でライブハウスやコンサートホールを
埋めなければいけないのだから。
例えば、TVに出たとか、何かの賞を取ったとかそういう分かりやすいものが
あれば話は別だけど、実際そういう人はひと握りで、大体のミュージシャンは世間一般的に無名なのだ。
100人くらいの狭いライブハウスでも、そこを埋めるのにどれだけ苦労するのか、それを知っているから、皆のことを尊敬する。
・・・・・よし、私も、コンクール頑張ろうっ。
―――頑張っても、また、ダメかもしれないけど、でも、今は、一緒に頑張る友達がいる。
だから、もう、私は負けない。
どんなことがあっても、乗り越えてみせる。
―――立ち止まっていたら、置いて行かれてしまうから。
美和君や千鶴と、肩を並べられる存在でいたいから。
だから、私も頑張ろう。
END