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23話 3月1日

今日は3月1日。

私の16歳の誕生日で・・・美和君達がライブをやる日でもある。



今日は土曜日だったので、朝から夕方までみっちりヴァイオリンのレッスンを受けて、

私は、急いで会場に向かう。



約2ヶ月間、あんまり美和君に会えてなかったから、久しぶりに会えるというだけで心が踊る。

ワクワクが止まらなくて、走るのはあまり好きではないのだけど、走るのが楽しかった。




会場に着くと、もうたくさんの人が来ていた。



「あ!奏先輩!お久しぶりですー。」



朱里さんが、私に気がついて手を降る。

相変わらず華やかで綺麗な顔をしているなぁ、と思った。



「朱里さん。久しぶり・・・。」



「えへへへっ。奏先輩、今日はお兄ちゃんすごい気合い入っているんですよ。」



朱里さんが嬉しそうに笑った。



「そうなの?」



「うん、だって・・・・」



朱里さんが何か言いかけた時に会場の照明が落ちて、わあっ、と歓声が上がる。



ライブの始まりだ。




私は、慌ててステージを見る。




大きな歓声と拍手に迎えられて、美和君達がステージに上がる。

楽器のセットをして、アイコンタクトで合図をし、演奏が始まった。




それは、永遠のようでもあり、一瞬の出来事でもあるようだった。




美和君達はすごい気合いが入っているのが、聞いていて分かった。

とにかく、コンディションがいい。

いつもより、美和君の歌に感情・・・というより、

魂がこもっているような感じで・・・私はぐんぐんと美和君に引き寄せられて行くかのようだった。






―――苦しい。




ライブを聞いていると、突然、水の中にいるような苦しさを感じた。




胸がドキドキと高鳴って、私の感覚全てが美和君に集中しているようで。




それは、これまでに感じたことのない感覚。




こんなに苦しいのに、それでも、もっとこの演奏を聴いていたいような・・・・そんな気がした。




あっという間に、時が過ぎ、アンコールの最後の曲になった。




それまで、エレキギターを持っていた美和君がアコースティックギターに持ち替えた。

美和君がライブ会場でアコースティックギターを持っているなんて、初めて見た。

バラードを歌う時でさえ、いつも美和君はエレキギターで演奏するというのに。



美和君がアコースティックギターを弾き始める。



切ないようで、美しい、綺麗な音がした。





何だろう。美和君の、こんな音・・・初めて聴いた。




美和君が歌いはじめる。





それは、今まで聴いたこともないような切なくて優しい声だった。




ステージ上の美和君と目があって、私の胸がドキドキと高鳴る。





―――ああ、これは、恋の歌だ。





直感的にそう感じた。

私は、耳を澄まして歌詞をじっくりと聞く。




『君の姿が 頭から離れなくて

君のことを 抱きしめたくて

狂おしい程に 愛おしくて

だけど 俺は 君のそばには いられない』





―――どうして?







どうして、こんなに・・・その人の事を思っているのに、離れようとするの?




『俺は罪人 世界の底辺から 愛を歌う

君の瞳には 映れない 映らない

二人一緒になっても 悲しみしかないのだから』





―――ああ、美和君には好きな人がいるんだ。





ここにいる誰もその事に気付いてなくても、私には分かる。




この歌に込められた意味を、想いを。




美和君の魂が、好きだ、好きだと叫んでいる。





―――でも。





それなのに、どうして・・・・その人から離れようとするの?



私の目からぼろぼろと涙が零れた。




美和君に他に好きな人がいたことが哀しいわけじゃない。

美和君が、好きな人を好きと言えないことが哀しい。





胸が苦しくて、痛くて、涙が出てくるの。




どうして、美和君は・・・離れようとするのだろう。

罪人なんかじゃないよ、幸せになっていいんだよ。




私は、こんな歌じゃなくて・・・美和君が心から幸せだと思って歌う歌が聴きたいんだよ。





後奏に入って、美和君のフェイクが木魂する。




歌詞のない美和君の歌が、美和君の魂の声を現しているようで。




まるで、音が生き物のように、自由自在にステージを巡って。





そして、唐突にそれは途切れ、美和君の切なくて綺麗なアコースティックギターの音で、曲は終わった。




---------


ライブが終わった後、朱里さんが楽屋に行こうと言って、私の手を引っ張った。

私は、あまり乗り気ではなかったけど・・・でも、美和君の姿を見られるだけでもいいかな・・・と思った。



あの曲のことを、話す勇気は今はない。



楽屋を覗くと、知らない大人が沢山いた。



「あっ、やばっ。事務所の人来ている。奏先輩、引き返しましょ!」



朱里さんにそう言われて、私たちは楽屋を後にした。



「・・・あの、事務所の人って?」



「あれ?奏先輩知らないんですか?お兄ちゃん、芸能事務所と契約したんですよ。

まあ、すぐにメジャーデビューするというわけじゃないんですけど。

でも、そのうち、デビュー出来るかもしれないんです!」



「・・・そうだったんだ。」



私、何も知らなかった。

ここの所、忙しくてなかなか千鶴ともメール出来なかったからなぁ。



ライブハウスの外に出ると、まだ冬の名残が残る夜空に、流れ星が沢山見えた。




「あっ、流星群ですよ!今日テレビで見えるって言ってましたね!綺麗だなー。」



朱里さんがそんなことを言いながら隣ではしゃいでいた。




・・・・流れ星か。





―――星よ、夜空に落ちる星達よ。





どれでもいい。どれか一つでいいから、私の願いを叶えて欲しいの。





美和君の恋が叶いますように。





美和君が、いつか、心から幸せと思って歌える日が来ますように―――







END


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