表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/60

21話 悲しみの夜を越えて

今日はお葬式の日。



今日で、おじいちゃんとおばあちゃんとはお別れとなる。



私は、葬式が始まる前におじいちゃんとおばあちゃんの顔を見に、

おじいちゃんとおばあちゃんがいる部屋にきていた。


おじいちゃんとおばあちゃんは安らかな顔で眠っていて・・・まるで、まだ生きているかのようだった。



「・・・あら、奏ちゃんここにいたの?」



さゆりおばさんが部屋に入ってきた。



「ごめんなさいね、邪魔したかしら?」



「・・・いえ、大丈夫です。」



おばさんは、私の隣に立って、おじいちゃんとおばあちゃんに合掌をした。



「・・・奏ちゃん、寂しいわね。お祖父さんとお祖母さんが一気に亡くなるなんて・・・」



「いえ・・・きっと、これで良かったんだと思います。

おじいちゃんとおばあちゃん・・・いつも仲が良かったから・・・・」



おじいちゃんとおばあちゃんはいつも仲が良かった。



おじいちゃんが仕事から帰ってくるといつもおばあちゃんは嬉しそうにおじいちゃんとばかり話していた。



「あら、ごめんね。奏。おじいちゃんとばかり話しちゃって。」



ご飯の席で少女のような笑みでいつもそう私に謝っていたっけ。



「ねえ、何でおばあちゃんはいつもおじいちゃんとばかり話すの?」



あれは、いつだったんだろう、おばあちゃんにそう聞いたことがある。



「ごめんね。奏。おばあちゃん、いつも仕事でおじいちゃんと一緒にいれなかったから、

一緒にいれることが嬉しくて・・・つい、おじいちゃんと話しちゃうの よ。」



おじいちゃんのことを話すおばあちゃんはいつも嬉しそうだった。



「おばあちゃん、おじいちゃんと結婚しでいるんでしょ?結婚って、ずっと一緒にいることじゃないの?」



「そうなんだけど、私は、ヴァイオリンを弾きたかったから・・・なかなか一緒にいられなかったのよ。」



「・・・変なのー。結婚しているのに一緒にいられないなんて。」



「ふふっ。いつか奏も自分が本気でやりたいって夢を持ったらおばあちゃんの気持ちが分かるわよ。

ああ、いつか奏にもできるかしら。


自分の夢と、一生側にいたいって思えるような人が・・・・・」




―――おじいちゃん、おばあちゃん。




今まで、私のことを育ててくれてありがとう。




おじいちゃんとおばあちゃんがいなかったら、私、どんな人生を送っていたのか分からない。

おじいちゃんとおばあちゃんがいてくれたお陰で、私は、私らしく生きることが出来たよ。



おじいちゃんとおばあちゃんが音楽に出逢わせてくれたお陰で、私、自分の夢を持ったよ。



まだ片思いだけど、好きな人も出来たんだよ。





―――だから、もう、私、一人でも大丈夫なんだ。




いつの間にか、ぽろぽろと涙が零れて来た。




さゆりおばさんが、私の背中を優しくさすってくれた。

なんとなく、美和君の手を思い出した。



「ごめんなさい・・・さゆりおばさん。」



「いいのよ。奏ちゃん。涙はね、心を浄化してくれるの。だから、今は、たくさん泣きなさい。」



さゆりおばさんのその言葉に涙が止まらなくなった。




泣けば泣く程、心が綺麗になっていくような気がした。





----------



お葬式の後、遺言の開封が行われた。



弁護士であるさゆりおばさんが、遺言の内容を読み上げていく。



おじいちゃんとおばあちゃんは、私宛に残りの高校生活が送れるくらいの教育費と、

海外の大学に5年くらい留学できるお金を残してくれていた。



お父さんとお母さんはとても不満そうだったけど、

さゆりおばさんが説得をして、私は、どうにか学校に残れることになった。



そのことを帰って美和君に説明すると、「良かったね。」と素っ気なく返事をした。



「それでね、冬休みの間、私とさゆりおばさんで、

おばあちゃん家の遺品の整理に行くことになったんだ。」



「ふーん。いつから?」



「・・・・あ、明日から。」



何だろう。なんとなく、美和君の反応が冷たく感じるような気がする。

この間は私を助けてくれたのに・・・なんだか、今日は壁を感じるような・・・・。




・・・・気のせい、かな?



「そう。」



「・・・だから、今日は寮に帰るね。お世話になりました。」



美和君にお礼を言って、私は、荷物をまとめて美和君の家を後にした。





----------------------





翌日、私は、おじいちゃん家がある屋久島にさゆりおばさんと一緒に向かった。



「全く、彩子さんも薄情よね。実の親の遺品整理にもこないなんて。」



「仕方ありませんよ。たぶん、私がやるって言い出したから・・・」



「そんなことないわよ、奏ちゃん。考えすぎよ。」



さゆりおばさんはそう言っていたけど・・・間違いなくそうだと思う。

下手な慰めなんてなくたって、はっきり分かってしまうのだから、しょうがない。



屋久島を進んで、おじいちゃんの家のある集落へと向かう。

途中、お世話になる民宿に荷物を起きに行った。



「あら、奏ちゃん。大きくなったわねー。」



民宿の経営者である上村さんが出迎えてくれた。



「上村さん、こんにちは。」



「聞いたわよ。奏ちゃん。世界のコンクールに出るんですってね。

万智子さんが誇らしげに話していたわよ。

・・・それなのに、残念だったわねぇ。」



「・・・・そうですね。でも、私なら大丈夫です。天国のおばあちゃんに届くように演奏しますから。」



上村さんは、目を潤ませながら「奏ちゃんは偉いわねぇ」と何度もうなづいていた。



---------



おじいちゃん家に行く道中、この島でジャズバンドをやっている北野さんにあった。



「やあ、奏ちゃん、こっちに来ていたのかい?」



北野さんはギターケースを担いでいた。

ジャズの演奏に行く途中だろうか。



「はい、おばあちゃんとおじいちゃんの遺品の整理で・・・」



「そっか・・・。気が向いたら、バーにおいでよ。

俺たち、奏ちゃんが元気になるような曲をたくさん演奏してやるからよ。」



「・・・ありがとうございます。」



北野さんは、「おっと、いけね、遅れるわ。」と行って、私に手を振って早足で立ち去った。



「奏ちゃんは、この島の人たちにとても良くされているのね。」



さゆりおばさんが、北野さんが去った後にそう呟いた。



「はい。皆さん、家族のように可愛がってくれているんですよ。」



「・・・でも、残念ね。もう、あの家は売りに出してしまうから・・・

奏ちゃんが帰る場所がなくなっちゃうわね。」



さゆりおばさんは、悲しそうな顔をしていた。



そう、おじいちゃん家は、お父さんがすぐ売りに出すと言っていたので、年明けにはもう入れなくなる。




おじいちゃん家が無くなれば、私の居場所は寮しか無い。



・・・・でも。



「だったら、ここに住めばいいじゃん。」



いざとなったら、きっと、美和君が助けてくれるから・・・・



「大丈夫ですよ、さゆりおばさん。私は、一人じゃありませんから。」



私は、さゆりおばさんに笑ってみせた。



「そうね・・・。」



さゆりおばさんは感慨深そうに何度もうなづいていた。




--------


おじいちゃん家に着くと、近所の人たちが集まっていた。



「よう、奏ちゃん。遅かったじゃないか!」



隣の家の齋藤さんが手を振って出迎えて来た。



「・・・あ、あれ、皆さん、どうして・・・」



「いやあ、この家、すぐに売りに出すんだろ?

皆でやれば遺品の整理が早く終わると思ってよ、声をかけて人手を集めておいだぜ。」



「齋藤さん・・・すみません。ありがとうございます。」



「礼はいらねーよ。俺たちも富士野さんにはお世話になったからな。

最後くらい、今までの礼を兼ねて手伝わせてくれ。」



齋藤さんのその言葉がすごく嬉しかった。



私は、おじいちゃんの家の鍵を開けて、皆で遺品を整理した。




いらないものは、洋服屋さんや家具屋さんや質屋さんや

リサイクルショップの人がが高く買ってくれて、ゴミも安く引き取ってくれた。



島の人達が代わる代わる手伝いに来てくれて、

遺品の整理と家の掃除をわずか5日間で終わらせることができた。

年の瀬で皆忙しいというのに、島の人達は文句一つ言わずに、綺麗に掃除をしてくれた。



私は、おじいちゃんが大事にしていた熊の置物と、

おばあちゃんのアクセサリーと、おばあちゃんのドレスを何着か貰った。


私の背ではおばあちゃんのドレスはサイズが合わないけれど、

仕立て屋さんが安くサイズを合わせるよ、と言っていたので、

仕立て屋さんにお願いしてサイズを 調整してもらうことにした。



大晦日に、バーに行って、北野さんのジャズバンドを久しぶりに聞いた。



北野さんが、



「奏ちゃん、あの家が無くなったとしても、いつでも帰ってきなよ。

ここは奏ちゃんの故郷なんだから。」



と言ってくれたことが、すごく嬉しかっ た。




島から帰る時、皆が見送りに来てくれて、お土産をたくさんくれた。




「奏ちゃん、頑張ってね。」



「いつでも帰って来てね。」



その一言一言がすごく嬉しかった。



おじいちゃんとおばあちゃんがいなくなっても、

島の皆さんがすごく私に良くしてくれたことが、本当に嬉しくて、有難くて・・・・




言葉に出来ない思いが、涙になって出て来た。




「ありがとう」の一言じゃ全然足りなくて・・・・




私、この人たちに何を返せるのかな?




いつか、こんな五文字の言葉だけじゃなくて・・・もっと大きなものを返しにいきたい、ってそう思った。





-----------------------






新学期が始まり、私は、久しぶりに学校に登校した。

授業が始まる前、飛鳥に会った。



「奏ちゃん!もう学校来て大丈夫なの?」



「うん。平気だよ。」



「そっか、良かった。」



飛鳥はホッとしたように息をついた。



「そうだ!あ、あのね、この前のコンクール、奏ちゃんが一番になったんだって!」



・・・コンクール?


ああ、全国コンクールか!



飛鳥に言われるまですっかり忘れていた・・・・。

そういえば、そういうこともあったっけ・・・




―――美和君のあの魔法の言葉のおかげだね。



あの言葉があったから、私は演奏に集中することができたし、

自分のベストを出し切れたと思う。



・・・・・・また美和君に貸しができちゃったな。



美和君から受け取ったこのたくさんの優しさをどう返していけばいいんだろう・・・。



「そっか・・・。うん。ありがとう、教えてくれて。

飛鳥、また、チャイコスフキー国際コンクールでも伴奏してくれる?」



「えっ?で、で、で、で、でも・・・・。

さ、流石に世界のコンクールなのにわたしなんかが伴奏していいのかな・・・・

だ、だって・・・・生徒が伴奏者じゃなくてもいいんでしょう?」



「そうだけど・・・でも、私、飛鳥にお願いしたいから。」



飛鳥はしばらく困ったような顔をしながら考え込んでいた。



「・・・・・わ、わたしのヘボ演奏で本当にいいの?」



しばらくして、飛鳥は絞り出すような小さな声でそう言った。



「大丈夫だよ。飛鳥、だんだん伴奏うまくなっているから。」



「・・・・あ、ありがとう。わたし、頑張るね!

あ、そろそろ予鈴だ・・・・。わたし、教室戻るね!それじゃあ!」



飛鳥は嬉しそうにうなづいて、パタパタと走りながら教室に戻って行った。



--------



放課後、私は、先生とチャイコスフキー国際コンクールの打ち合わせをした後、

少し練習をして、帰りの支度をし、校門まで来た時のことだった。



「奏ーっ!」



千鶴の声がして、声のした方を向くと、夜明け一番星の皆がいた。



「あ、千鶴。久しぶり。」



「もうっ、奏っ!なーんで新学期なのにウチに会いにこないのー!今日は会えないかと思ったじゃん!」



千鶴は頬をぷくっと膨らませて言った。



「ごめん、ごめん。国際コンクールの準備があって・・・。なかなか普通科まで行けなかったの。」



「ねえねえ、奏!3月1日って暇?と、いうか、予定空いているよね?」



「え、えっと、ヴァイオリンの練習があるけど・・・どうしたの?」



「ええええっ!うっそ!で、でも、夜までやらないよね!」



「た、たぶん・・・」



千鶴、どうしたんだろう。

なんかかなり慌てているけど、何かあったっけ?



「あのね!3月1日って奏の誕生日でしょ?

だから、ウチらライブやることにしたんだ!絶対来てよね!」




・・・・あ、そうか。




すっかり忘れていたけど、そういえば3月1日は私の誕生日だった。




「・・・ありがとう、千鶴・・・。」



どうしよう。すごく嬉しくて、涙が出て来そうだ。

こんなに嬉しい誕生日プレゼントなんてないよ。



皆が私のためにわざわざライブをやってくれるなんて・・・。



「なーに言ってんのよ!

奏はウチの誕生日も圭の誕生日も祥太郎の誕生日も祝ってくれたじゃん!

だから、その、お礼を兼ねてねっ!」



「で、でも、私、美和君の誕生日お祝いしてないよ。そういえば、美和君の誕生日っていつなの?」



その言葉を発した時、皆が固まって微妙な空気になった。



「・・・あ、えーっと、朝音の誕生日はもう過ぎちゃったんだよねー。」



千鶴があははーって言いながら頭をかいた。



「えっ、いつ?」



「12月24日。ご、ごめんね、奏・・・

コンクールで忙しそうだったし、その後おじいさんとおばあさん亡くなったから言いそびれちゃって・・・・」



12月24日って・・・クリスマスイブか・・・。




し、知っていたならケーキの一つでも焼いたんだけどなぁ・・・




うう、よりによって美和君の誕生日をお祝い出来ないなんて・・・

美和君には普段お世話になっているから、誕生日ははりきってお祝いしようと思っていたのに・・・。



「別に子供じゃないし、いちいち誕生日で騒がなくていいよ。正直、騒がれるの迷惑だし。」



美和君が呆れたような顔をしながらそう言った。



「そ、それはダメだよ!誕生日はね、いくつになったからとか関係ないの!

お世話になった人に、生まれて来てくれてありがとうの意味を込めて

お祝いする日っておばあちゃんが言っていたよ!」



美和君が驚いたような表情をしながら私を見る。



「・・・あんた、母親と同じ事を言うんだ。」



美和君が聞こえるか聞こえないかくらいの声量でぼそっと呟いた。



たぶん、これは彼の独り言だろう。

この場合の母親は・・・亡くなった方のお母さんかな?



美和君は、顔を赤く染めながらそっぽを向いて、



「・・・そんなにやりたいなら、勝手にすれば。」



と言った。



「うん、そうする。」



来年はちゃんと美和君のお誕生日をお祝いしよう。

私は、心のスケジュール帳に12月24日は美和君の誕生日としっかり刻みこんだ。



「あ、じゃあさ、今年のクリスマスイブは朝音ん家で

クリスマスパーティを兼ねて皆で誕生パーティやろうよ!」



「お、いいね。」



「賛成。」



千鶴が提案し、藁科君と酒井田君もうなづいた。



「おい!やめろ!そういうのやらなくていいから!」



美和君が慌てて千鶴を止めようとする。



「無理無理。もう決まっちゃったもんねー。そういうわけで宜しくね!朝音!」



千鶴が満面の笑みで美和君の肩を叩いた。

美和君は、暫くわあわあ騒いでいたけど、やがて諦めたように大きなため息をついた。



その光景がおかしくて、私は声を出して笑った。




・・・・おじいちゃん、おばあちゃん。




私は、おじいちゃんとおばあちゃんがいなくなっても、元気にやってます。




島の人や、さゆりおばさん、飛鳥に千鶴に藁科君に酒井田君に・・・それから、美和君。



沢山の人達から優しさを受け取って、ようやく私は、いつもの日常に戻れた気がする。




―――この人達の為に、私ができる事って何なんだろう?



・・・とりあえず、私は、ヴァイオリンを弾く事しかできないので、

3月のチャイコスフキー国際コンクールでいい結果を出したいと思います。



・・・できるか、どうか、全然自信ないけど・・・



でも、きっと、このコンクールで結果を出したら、皆が喜んでくれると思うから。

天国のおじいちゃんとおばあちゃんも・・・きっと、結果を出したら、安心して眠りにつけるよね。




だから、私、世界で一番を取ります。




世界で一番になって、皆から貰った優しさを少しでも、返せるように、頑張ろうと思う。




END


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ