2話 初めてのバンド見学
美和君に連れられて、私は学校近くのスタジオにきた。
「おっそーい!朝音!遅刻じゃん!」
赤髪に黒のメッシュを入れた女の子が、美和君を見るなり、不満そうに声を上げる。
「・・・あれ?その子は?音楽科の子、だよね?」
と、私を見るなり、美和君に詰め寄って問いかける。
「・・・見学。」
と、美和君は短く返して、背負っていたギターケースを開けて、黒いエレキギターを取り出した。
「そっかー。ウチは神保千鶴!このバンドのベースと、コーラスとボーカルやってんの。宜しくねー。」
と、神保さんは人懐っこい笑みで、私の手をぎゅっと握ってきた。
「えっと、音海奏です。よ・・・宜しくお願いします。」
「あー、敬語とか堅苦しいのいらないから!タメ口で話してよー!」
・・・なんか、ぐいぐい来る子なんだな。
私は、すっかり彼女の勢いに押されていた。
ええと、こういう時はどうすれば・・・
「こらこら、千鶴。音海ちゃんが困っているだろ。」
と、困っていた私を見て、金髪のベリーショートの男子生徒が声をかける。
・・・男の人なのに、ピアスをしている。
見た目はちょっと壊そうだけど、雰囲気が柔らかいので悪い人ではないんだろう・・・たぶん。
「えー、だってー、女の子が来たんだよ!
あの女嫌いの朝音が女の子連れて来たんだよ!気になるじゃん!」
と、神保さんは私が来たことにかなり舞い上がっているみたいだ。
・・・うん?美和君が女嫌い?
・・・・そうだったんだ。あまりそういう風に見えなかったけど。
と、私は、チラリと美和君の方を見る。
彼は、一人、ギターのチューイングをしていた。
「あ、そうだ!奏っ、こいつは藁科祥太郎。ウチのバンドのドラム担当。」
「宜しく。」
と、藁科さんは人のいい笑みで挨拶をしてくれました。
・・・なんか久しぶりだな、人が普通に喋ってくれるって。
当たり前のことなのに、すごく感動する・・・。
「このバンドはね、昔、朝音がはじめて・・・最初はおれと朝音の二人だけだったんだ。
今ではメンバーが増えて四人体制でやっているんだけどね。
君もバンドメンバーになりにきたの?」
「えっ?ち、違います・・・。」
私は、慌てて否定した。
美和君が私を呼んだのは・・・私をバンドメンバーにさせる為じゃなくて・・・・。
――――こういう言い方はちょっと乱暴だけど、たぶん、喧嘩売りにきているんだと思う。
不甲斐ない私に自分の音はこうなんだ、って聞かせる為に連れてきただけで・・・・
「そうなんだ。いつも練習に連れて来る奴はメンバーにするからって言うんだけどな。」
藁科君がちょっと意外そうに言った。
「あたしもそう思ったー!
っていうか、朝音がメンバーにする気がないのに女の子連れて来るなんて・・・・まさか、彼女!?」
千鶴が、ものすごく期待しているような目で私を見る。
「・・・あはは、違うよ。たぶん、叱りたいだけなんだと思うよ。」
美和君は私たちの話を知ってか知らずか、
相変わらず、マイペースに楽器のメンテナンスをしている。
「おい、酒井田はどうした?」
美和君が藁科君と神保さんに話しかけた。
「圭はトイレ。もう戻ってくるんじゃない?」
と、神保さんが言うと、スタジオのドアがあいて、茶髪の男の子が入ってきた。
「やあ、待たせたね!」
なんていうか・・すごく爽やかで、イケメンで、
こういう人のことを王子様っていうんだろうなぁ、という感じの人だ。
・・・きっとモテるんだろうなぁと、私は客観的な目線で考える。
「あ、こいつは酒井田圭。ギターとコーラス担当ね。」
「やあ、子猫ちゃん。僕は酒井田圭。君も、美和君の音楽に魅了されたのかい?」
と、酒井田君はキラキラした笑顔で私に話しかけてきた。
「・・・・えっ?」
「ああ、何も言わなくても分かるよ。ベイビー。
彼の音楽はまさに神様が与えた素晴らしいものだからね。」
・・・・・・・。
えーっと、ちょっと何を言っているのか分からない。こう言う時、どうすればいいんだろう。
「ちょっと圭!練習はじめるよ!」
神保さんが酒井田君の腕をぐいぐいと引っ張って、私からはがしてくれた。
・・・た、助かった。良かった。
ああいう人と話すにはどうしたらいいのかちゃんと勉強しないとなぁ・・・と私は考え込んだ。
皆が楽器をセッティングしはじめて、音合わせがはじまって、色んな楽器の音が鳴り出す。
・・・昔、おばあちゃんのコンクールのビデオを見る前のような・・そんなワクワク感。
こうやってただ音を出しているだけなのに、どうしてこんなに胸が高鳴るんだろう。
初めてのロックバンドだから?久々に他のジャンルの音楽を聴くから?
・・・わからないけど、珍しく興奮している。どんな音を出すのか楽しみだ。
「一曲目、どうする?」
藁科君が美和君に声をかける。
美和君は、チラリと私を見て、
「ラストナイト。」
と、言った。
・・・・たぶん、これは、美和君が私に聞かせたい曲なんだろうな、と瞬間的に察した。
「・・・OK。」
と、藁科君がうなづいて、ドラムステイックでカウントを取る。
次の瞬間、悲しいようで温かい酒井田君のギターソロとともに曲がはじまる。
・・・夜の闇に押し潰されて 負けそうになっても
今日がラストナイト 朝日は登る
きっと いつか 夜は明ける
この世の果てでも 深海の底でも
光は届くと 信じている
朝日が登ると 信じている・・・
大サビが終わって、後奏に入ってから
今まで静かだった演奏がぐわっと盛り上がって、美和君がアドリブでフェイクを入れる。
その演奏は、まるで、美和君の魂の叫びのようだった。
ひたすらギターをかき鳴らし、喉を枯らしそうな歌い方で美和君は、歌詞のないメロディを歌う。
神保さんも、藁科君も、酒井田君も、演奏がのっているのか、最高に盛り上げてくる。
それは、まるで、言葉のない美和くんの心の叫びが、音楽になったみたいだった。
たとえ、闇が襲ってきても、自分は負けない。
こんなひどい世の中でも、絶対に幸せになる――――
言葉のないメロディは、こんなメッセージをダイレクトに伝えてきているみたいだった。
・・・・・・・こんな音楽が、世の中にあるんだ。
すごいなぁ。
音の波にただ身を任せながら、私はただ、美和くんの音楽に関心していた。
音が最高潮に盛り上がった所で、いきなり、静寂が訪れる。
静寂の中、静かに美和君はギターでコードを弾いて、静かに曲は終わった。
「・・・すごい。」
全ての音が鳴り終えた瞬間、私は自然と拍手をしていた。
切なくて、温かくて、それなのに激しくて・・・不思議な曲だった。
美和君が、チラリと私を見た。
・・・私の気のせいかもしれないけど、満足そうに笑ったような気がした。
「・・・これ、美和君が作ったの?」
「そうだよー!あ、でも、今日はなんかいつもよりすごかったー!」
と、神保さんが興奮ぎみに言った。
「確かに、神様が導いてくれていたみたいだね。」
と、酒井田君もうなづく。
「やめてくれ。俺は神なんて信じない。次の曲やるぞ。「螺旋階段の果て」だ。」
と、美和君がぶっきらぼうに言って、次の曲がはじまった。
・・・美和君は、神様を信じてないのかな?
私と同類だと言っていたけど・・・音楽の神様は信じてないのかな?
・・・運命も友も愛も神も 俺は信じない
天まで続く螺旋階段 その果てを見るまで登り続ける・・・
なんかおかしな人だ。
さっきは、朝日が登ると信じていると歌っているのに、今度は運命も友も愛も神も信じない、か・・・
おかしな人。やっぱり、美和君はどこか捻くれていると思う。
と、私は「螺旋階段の果て」を聞きながら、彼の天邪鬼っぷりを再確認した。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、いつの間にバンドの練習が終わってしまった。
美和くんの音楽は、とにかくすごいの一言だった。
受けた衝撃が強すぎて、まだ、頭の中で整理がつかない。
寮でじっくり聞きたかったので、CDないの?と神保さんに聞いて見ると、
「えーっ!CD聞いてくれるの!?ありがとーー!」
と、筆文字で「お品書き」と書かれたCDを渡してくれた。
「お品書き?」
「それ、ウチらの初CDだから、お品書きなんだよっ。
ねえねえ、奏!良かったらいつでも練習見に来なよー!
ウチの連絡先教えるから、見に来る時メールしてくれればいいからさ!」
「・・・えっ、本当に?ありがとう。」
・・・・ケータイの連絡先を交換しよう、なんて初めて言われた。
私はケータイを取り出して、自分の連絡先を表示しようとするけど、やり方が分からない。
私がケータイに四苦八苦していると、
「・・・どれ、ちょっと、貸して。」
と、神保さんが私のケータイを奪って、ちょちょっといじってアドレスを交換してくれた。
「・・・ありがとう。神保さん。」
「・・・ねえねえ、その苗字呼びいいからさ、名前で呼んでよ。もう友達でしょ?」
神保さんのその笑顔に、私は涙が出そうになった。
・・・友達なんて、この街に来てから初めて言われた言葉だ。
たぶん、普通の人なら普通に聞いている言葉だけど、私には・・・・
「えっ、ちょっと、何で泣いているの?い、嫌だった?」
どうやら、泣いていたらしく、神保さんはオロオロしながら私を見る。
「ううん、違うの。嬉しいの。この街に来てから、友達作ったことなかったから・・・」
不思議だね。小学生の時は普通に友達がいたのに。
三年間友達いなかっただけで、友達という言葉にこんなに感激するようになるなんて。
年を取ると涙脆くなるのって本当だったんだね。
「なんだー。良かったー。」
と、神保さんは安心したように笑った。
私もつられて笑う。
「これからも宜しくね、奏!」
「うん、宜しく、千鶴。」
私にとって、その日は、この街で初めて友達が出来た「友達記念日」になった。
END