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13話 コラボレーション



夏休みが終わり、二学期になった。


私は少し早く学校にきて、「ラ・カンパネラ」を演奏する。

夏休み中はずっとカルメンとノクターンを演奏していたので、この曲を演奏するのは久しぶりだ。



春の時と比べて、だいぶ音がよくなってきた。




―――ようやく小学六年生の頃の音になったかな。



あの時より技術的なことが出来るようになったので、

単純に比較すると、今の方がいい演奏をしていると思うけど、

ようやく、自分の音が戻ってきたような感触がした。




・・・ここから、もっと上手くなるにはどうしたらいいんだろう。




おばあちゃんは、とにかく技術を磨きなさい、と言っていたけど、

どうすれば、もっと上手く演奏できるのかな。




―――もっと上手く弾きたい。




そんな事を強く思った秋のはじめの朝だった。





-------



昼休み、二学期から飛鳥も一緒にお昼を食べることになった。



「ねー、奏、飛鳥!音楽科って文化祭なにやるの?」



お昼ごはんを食べていると、千鶴をがそう聞いてきた。

10月の終わりに音羽学園の文化祭がある。



普通の学校の文化祭とは違って、音羽学園の文化祭は、いわゆる「夏フェス」のような音楽祭だ。



学園のあらゆる場所で、普通科のバンドや歌手が歌ったり、

音楽科が演奏したり、芸能科のアイドルがライブしたりする。

演奏をしない生徒達は、露店を出したり、コンクールの運営にかかわったりするのだ。



「音楽科はね、毎年、各学年の成績優秀者のソロを一曲、

オケ部の人はオケ部の演奏と、声楽の生徒さんとのオペラが一つ。

それから必ず、アンサンブルを組んで演奏することになっているんだ。」



ざっと説明したけど、千鶴の頭にハテナマークが浮かんでいる。



「ごめん。よく分からない。奏と飛鳥はどれに出るの?」



「私は、ソロ曲の演奏があるから、この間のカルメン通しでやるよ。

それから、飛鳥と森君と一緒に大公を今度はやる予定。」



本当は、ソロ曲は別の曲にしようかと思ったけど、

全国コンクール準備もあるので、この間のカルメンを通しで演奏することにしたのだ。



「ふーん、ね、奏も飛鳥ももう一曲くらいなんとかなる?

実はさ、ウチ文化祭の実行委員やっているんだけど、

今度の文化祭ね、違う学科とのコラボレーションを企画しているんだ!」



「コラボレーション?」



「うん、ほら、ウチって奏のおかげでクラシック聞くようになったけど、

普通科では敷居が高いって思っている子、いるじゃない?

しかも芸能科なんて雲の上のような存在であんま交流ないしさ、

だから、お互いの音楽でコラボしたらどうかな、って思って!」



「へぇー、いいね。やるやる。」



いい企画だと思う。これを機に普通科も音楽科も芸能科も交流できればいいな。



「わたしも賛成。・・で、でも、何をやるの?」



「えーっと、まず、ウチら夜明け一番星でエンターティナーって曲をバンドで演奏するんだ。」



S・ジョップリンのピアノ曲か。映画スティングのテーマ曲だ。

軽快な曲で、サビのメロディがよく知られているし、

クラシックに馴染みのない人でも聞きやすい、いい選曲だと思う。



「それからー、芸能科のまいまいちゃんがね、

「恋とはどんなものかしら」とウチが書いた「幻」って曲を歌ってくれるんだー。

ほら、奏には前に聞かせたウチが初恋の人に失恋したときに書いた曲だよっ。」



「恋とはどんなものかしら」は、モーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」に出てくるアリアだ。

異性を気にし始めた15の男の子が、歌う可愛らしい曲。

これも、親しみやすいメロディだし、いい選曲かな。




・・・でも、声楽を習ったことのない人が歌うのかな?



「・・・ごめん、まいまいちゃんって、誰?」



「奏ちゃん、まいまいちゃん知らないの?

この春デビューしたアイドルだよ。本名は幸村麻衣ちゃん。

わたしの小学生の時の同級生なんだ。昔ね、声楽やっていて、歌すごくうまいんだよ。」



飛鳥がそう教えてくれた。

そうだったんだ。テレビとか見ないから全然分からなかった。




後でネットで調べてみよう・・・。




「んで、飛鳥にお願いしたいのは、

まいまいちゃんの「恋とはどんなものかしら」の伴奏をお願いしたいんだ。」



「うん。いいよ。」



「それから、奏は・・・なんかね、朝音がウチのバンドとセッションして欲しいんだって。」




「えっ!?」






私は、驚いて思わず美和君を見た。

美和君は、何も言わずにおにぎりを食べながら、ノートにペンを走らせている。



「コラボ企画って聞いて、超嫌そうな顔していたんだけどさー、

まあ、音海とやれるならいいよって言ってたんだ。」



・・・そ、そうだったんだ。




美和君が私とやりたいって言ってくれるなんて何か意外だな・・・。



美和君は自分のバンドの中の音をすごく大事にしている。

鍵盤を入れれば楽に表現できそうな音を頑張ってギターやコーラスで表現したりしている。

とにかく、どんなに苦労しても、自分のバンドの中の楽器以外の音は使わないのだ。



今まで、一緒にやろうなんて言葉、言われたこともないし・・・どういう風の吹きまわしなんだろう。



「・・・・せ、セッションって、何するの?」



「知らなーい。朝音に聞いてよー。ウチらもなんの曲やるのか聞いてないもーん。」



千鶴をがそう言いながら、美和君をじーっと見る。



「・・・たぶん、新曲でしょ。朝音、夏休みからずっと何か作っているから。」



「藁科君、何か知っているの?」



「うーん、いや、ただのカン。でも、なんか、朝音、張り切っていたからさ。

文化祭ですごいステージにしたいって言っていたし。」



藁科君が喋っている間も、ずっと美和君は、ノートに何かを書いていた。




―――彼はいつも曲を作っている時は、皆でご飯を食べているときでも喋らない。



下手したら学校に来ない時ですらあるから、学校にきているだけマシなの・・・かな?



「音海」



「は、はいっ!」



美和君の顔を見ていたら急に名前を呼ばれてびっくりした。



「これ、練習しておいて」



美和君は、ノートのページを何ページか破って私に渡す。

そこには、譜面が書いてあった。



「・・・・楽譜?」



「文化祭で、それ、やるから。」



「え、でも・・・ど、とんな曲なの?」



楽譜を渡されただけじゃ、流石に演奏できない。

譜面通りに音はなぞることはできても、音の作りとか・・

楽譜通り演奏する以外でも、やらなきゃならないことはたくさんある。



「世界の終わりを歌った曲。」



美和君のその一言で、なんとなくイメージが膨らんだ。



ざっと楽譜を見てみる。



カノン形式の曲だ。

前半は同じフレーズが半音ずつ上がっていって、後半は違うフレーズの繰り返しになっている。



ここにどんなメロディがくるんだろう。



私は、美和君の歌声を想像しながら、楽譜の音を頭の中でイメージした。



「練習は、三日後。それまでに曲仕上げるから。」



美和君は、それだけを言って、再びノートに向かって何かを書き始めていた。




---------



「コラボレーション?」



最初、千鶴からその企画を聞いた時、俺は、断る気満々でいた。



何でそんなことをやらなきゃいけないんだ。

俺のバンドに歌下手なアイドルとかが乱入するなら断固拒否するぞ。



「そうそう、ほら、学科同士の交流になればいいなぁって思ってさ。だめかな?」



「・・・そういうの、やりたくないんだけど。」



「ふーん、そんなこと言っていいんだー。」



千鶴がニヤニヤ笑いながらこっちを見る。



「音羽祭ってー、芸能事務所の人がたくさん来るんだよね。」



「・・・そうだな。」



彼らはこの学校にいるアイドルを見に来たり、

この学校で演奏しているバンドを見て、事務所にスカウトしたりしている。



いわば、俺たちにとって、この文化祭はこっちから、自分を売るチャンスでもある。



「このコラボレーションに参加すると、なんと、メインステージで歌えるんだー。」



文化祭のメインステージ正門前の広場に特設ステージを作る。



正門前というだけあって、一番目立つし、人も集まるが、毎年、そこで歌う人は抽選で決まる。

倍率は3倍以上と言われ、なかなかメインステージで歌うことはできない。


とはいえ、メインステージで歌うバンドや歌手は注目度が高くなり、

それだけ芸能事務所の大人も見てくれる確率が高くなる。



「嫌なもんは嫌だ。そんな茶番に付き合ってまでメインステージ欲しくない。」



だいたい俺たちはまだ一年だ。今回抽選に外れたとしてもまだ二回チャンスはある。


俺もメインステージで歌いたい気持ちはある。

でも、こんな茶番に付き合うのは絶対に嫌だ。



「えーっ、そんなー。コラボレーションの内容は朝音に任せるからさー。

お願いだよー!なかなか普通科でコラボしてくれる人見つからなくてさ、ねっ、ウチを助けると思って!」



別に千鶴が困ろうとも俺には関係ない。

皆で手を取り合って仲良く・・・なんて企画に参加するのはゴメンだ。



「・・・あのな、お前も知っていると思うけど、うちのバンドは他の音は入れない主義なの。

コラボレーションだとしても絶対嫌だね。」



「うっ・・・そ、そうだけどさ・・・。

でも、いいじゃん、お祭りなんだし。奏とだって一緒にやれるんだよ?」




千鶴のその一言で、何故か心が揺れた。







こんなお祭り騒ぎは嫌だ・・・でも。




音海と一緒にやれる、その言葉が俺の心を動かしている。




そんな俺を知ってか、知らずか、



「ねっ、ねっ!朝音だって奏と一緒にやりたいでしょ?

あんなにヴァイオリンうまいんだもん!きっとすごい演奏になるよっ!」



千鶴は急に音海と演奏できるメリットを主張しはじめた。



―――こいつ、まさか、俺の心を読んでないだろうな?



・・・いや、俺の心の迷いは表情にも出してないはずだ。千鶴はただ、純粋に音海とやりたいんだろう。



「お願いだよー、朝音ー。」



「うるさい。しつこい。もう黙れ。

・・・分かったよ。やればいいんだろう、やれば。」



しつこく食い下がる千鶴に根負けして仕方なく俺は、了解した。




―――そう、千鶴に根負けしただけで、決して音海とやりたいと思ったわけじゃない。



「えっ、ホント!?」



「ただし、俺は、音海の音しか入れたくないから。アイドルとか入れたらぶっ飛ばすぞ。」



「うんうん!分かった!」



千鶴は嬉しそうにうなづいた。




・・・こいつ、本当に分かっているのかな。

やっぱり断れば良かったな。




ても・・・・



あのヴァイオリン音が、自分のバンドに入る所を見てみたいと思ってしまったんだ。



クラシックなんて興味が無かった俺を、クラシックの世界へと引き込んだ音。



いわば、憧れ・・・のような音と一緒に共演できる。

身体の奥が熱くなって、震えるのを感じた。




頭の中では、既に、音海のヴァイオリンを入れた新しい音楽が鳴っている。




・・・・我ながら、すごい曲ができそうだ。





―――そう、これは、きっと、俺の「最高傑作」になるような・・・そんな予感がした。




---------




あっという間に三日間が過ぎて初練習の日となった。



夜明け一番星の練習は、何度か見たことあるけど、実際に一緒に演奏するのははじめてだ。

はじまる前から胸の高鳴りが止まらない。




・・・こんなにワクワクする練習って、ヴァイオリンはじめてから思い出しても、はじめてかもしれない。



「美和君、歌詞見せてくれる?」



はじまる前に私は、美和君に言って、歌詞を見せて貰った。

練習をする前に自分の演奏イメージを固めておきたかったからだ。



『君の顔が頭に浮かぶ 君に一言言っておこうか

愛を囁く? 感動の別れ言葉を言う? ピンとこない

今日は世界の最後の日 俺はあいつに・・・


伝えたい言葉 やり残したこと たくさんある

出来ればこんな機会ではなくて 普通の時に言えば良かったんだ。

世界の終わりに言われても 続きが無ければ意味がないだろ?

俺たちの人生は物語じゃない 終わりになんかさせないぜ。

世界の終わりがなんだ? その時にならきゃ分からないだろ?

君と一緒に紡ぐ物語は ここからはじまるんだ。


世界の最後の日、でたらめな青い空と浮き立つ人々

その中で俺は最後まで足掻き続ける

最後の一秒まで、君と足掻き続ける』




美和君にしては珍しい・・・恋愛要素がある。



そう言えば、千鶴がもっと恋愛の曲を作ろうって美和君に言ったんだっけ。

苦手だって言っていたけど、ちゃんと作れているように思う。



「何、俺の顔珍しそうにチラチラ見て。」



美和君が不機嫌そうな声を出す。

・・・いけない。あんまりにも珍しいから、美和君の顔見すぎちゃったかな。



「・・・な、なんでもないよ。」



怒られる前に私は、歌詞を書いた紙を美和君に返して、さっさと美和君の側から離れた。



ヴァイオリンケースから、ヴァイオリンと取り出して、

チューイングをしながら、再度曲のイメージを頭で固める。



「うん。準備OK、と。奏は大丈夫?」



「うん。大丈夫。」



「OK。いくよ、1、2、3・・・」




藁科君がドラムステイックでカウントを入れ、曲がはじまった。





最初は静かに、祈るように、そういうイメージで弾いていく。




初めて音を合わせるというのに、不思議にピタッとみんなの音がはまっていた。

それぞれが、美和君の歌を引き立てていて、美和君の歌声も普段よりも艶っぽく聞こえる。





・・・すごい、これは、すごいことになるかも。





まだ曲の途中なのに、自分が自分じゃないような、すごくいい音が出て、

みんなもいい音で一緒に演奏していて・・すごく心地よく感じた。




なんだろう・・・・音楽がキラキラ光っているように見えるの。




――-初練習がこれなら、本番はどうなるんだろう。





ああ、すごい楽しみだな。





こんなに音楽が楽しいなんて、初めてかもしれない。





そこからは、無心に弾き続けて、あっというまに曲が終わってしまった。




「ね!今、すごくいい音が出たと思わない!?」



演奏が終わるなり、私は、思わず美和君に話しかけた。

彼は、少しぼんやりとしていた。



「あ、ああ・・・・」



上の空のような返事だったけど、それでも、私は、嬉しくて、楽しくて、しょうがなかった。

こんなに達成感と充実感が起こった曲を弾いたのははじめて。



きっと美和君も、そう感じてくれたよね。



「ひゃー、なんつーか、すっごい良かった!これ、すごいことになるよっ!」



千鶴が興奮したように大声で言った。



「俺は、皆の演奏聞きながら叩いていたけど、すごいいい音出していたね。こんなグルーヴ初めてだよ。」



藁科君が目をきらきらさせながら言って、



「まさに、神様が弾かせてくれたセッションって所だね、美しいよ・・・」



と、酒井田君がうっとりと余韻に浸っていた。





神様が弾かせてくれたセッション・・・・




―――そうだ、そう、まるで、音楽の神様が魔法でもかけてくれたような、すごいいい音が出た。




この音の感触が、自分の演奏で出せればもっと、もっと、いい音が出るはず・・・・



この音を、忘れないようにしよう。

いつでもこういう音が鳴らせるように、もっともっと練習しよう。



「おい、お前らまさかこれで満足してないよな?」



美和君が皆を見渡しながら、大きな声で言った。



「まだ一回目だ。本番まで時間はある。もっと、もっと、いい演奏にするぞ。」



それは、皆と、自分を奮い立たせるような大きな声で。



「千鶴はベースをもっと女性的なフレーズにして、翔太郎はBメロから走っているから、抑えて。

圭はサビのカッティングが甘い。もっと練習しろ。それから、音海、お前全体的にピッチが甘い。」



・・・最高だと思っていた演奏なのにこれだけ意見を言えるなんて。




美和君はすごい。もっと、もっと、いい演奏にしたいんだね。





―――私も、それに答えられるように頑張ろうっと。





私は、ヴァイオリンについた松脂を拭き取り、

美和君に言われたことを頭に起きながら、チューイングをはじめた。





END


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