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10話 対決


さて、美和君が練習見せるのは嫌だって言っていたし・・・閑谷さんに何て言ったらいいんだろう。



「あんたはあんたなりに頑張ったらいいんじゃない。」



そうだよね。私は私なりに・・・でも、私に何ができるのかな?



・・・でも、私にできることなんて、ヴァイオリンを弾くことだけだ。



人付き合いはうまくないから、千鶴みたいにアドバイス送るなんてことできないし・・・・

本当に、私のとりえなんて、ヴァイオリンだけで。それがなければ、私には何もない。



でも、閑谷さんに向かってヴァイオリンを弾いても・・・彼女の心に届くのかなぁ?



そもそも、どんな思いを込めて演奏すればいいのかな?


・・・頑張れ、はなんか違うし・・・応援しているよ、は安っぽい気がするし・・・・



「あら、音海さん。おはよう。」



私が自分の席で悶々と考え事をしていると、城之内さんが珍しく挨拶をしてきた。



・・・何だろう。普段挨拶なんて絶対しないし、私に話しかけてくる時は嫌な話しかしないんだよな・・・・。



「聞きましたわよ。森君と一緒にピアノトリオやるんですってね。」



・・・ああ。何かと思ったら・・・その事か。


そういえば、この人のこと、すっかり忘れていたな。どうしよう。



「いや、その、偶然だから。私から誘ったわけじゃないよ。」



「ふーん、どうだか・・・」



城之内さんがそう言いながら、私を睨む。




・・・あーあ。面倒なことになった。



そんなに気になるなら、一緒にやればいいのに・・・。



「そんなに気になるなら、一緒にボランティアする?」



「誰が、ボランティアなんかするものですか。

わたくしの高貴な演奏は、そんな低層の人達に聞かせられるようなものではありませんわ。」



私が誘うと、彼女は即答でそう答えた。



・・・ボランティアを何だと思っているんだろう。頭に血が登ってくる。



「ちょっと、底層って。それひどいんじゃないの。」



「あら、失礼。つい本音が出てしまいましたわ。」



城之内さんが悪びれもなく、そう言って笑う。



・・・はあ。嫌な人だ。音楽を聴くのに資格だのなんだの必要あるわけないのに。



「とにかく。わたくしは許しませんわよ。

貴方がどんな手を使っているか分かりませんが、

中学時代全然結果の出てない貴方がいきなりトップに立つなんて、そんなこと、あるわけありません。

・・・まあ、次の県のコンクールでは、わたくしの父が審査委員を勤めるので、不正など出来ませんわよ。」



「不正なんかしてないよ。私は、普通にヴァイオリンを弾いているだけだから。」



「どうだか。そうですわ。次の県のコンクールで、勝負をしませんか?」



「・・・勝負?」



なんかめんどくさいことになってきたな・・・そういうの、できればやりたくないんだけど・・・



「貴方とわたくし、どっちが本当の一番か勝負をしましょう!

わたくしが負けたのなら、自分の実力不足を認めますわ。なんなら、ボスの座を譲ってもいいですわよ。だけど、貴方が負けたのなら、普通科に転学して貰います。」



「うん、いいよ。」



私は、城之内さんの提案にうなづいた。



ここで彼女より上に行けば・・・こんなめんどくさい言いがかりを言われることもないし・・・

それに、負けても、千鶴達と同じ学科になれるのなら、私としては大歓迎だ。




それに・・・・



「城之内さん、本当に負けたら、ボスの座を譲ってくれるんだね?」



彼女がボスじゃなくなれば、力のない人達が貶められるようなことはなくなるはずだ。



完全にそういうことはなくならないかもしれないけど、

でも、今、城之内さん達が率先して力のない人達を叩いているから、

少なくとも、それを辞めされることはできるはず。



音楽科の暗黙のルールは、実力のある人が力を持ち、持たないものはそれに従う・・・

だから、私の順位が彼女より下にならない限り、彼女は私に従わなきゃいけないはずだ。



「ええ、いいですわよ。わたくしより、下になったらね。」



城之内さんが得意げな笑みでそう言った。



「・・・分かった。その勝負、受けるよ。」



私は、力強くうなづいた。




彼女はすごいヴァイオリンうまいけど・・・こんな人に負けられない。



勝負とかそういうことは苦手だけど、

閑谷さんの為に、私ができることと言えば、こういうことくらいだと思うから。



もっと彼女と仲が良くて・・・友達なら、直接言葉で励ましたりだとかできるかもしれない。



でも私は、彼女とは、まだ付き合いが浅くて・・・友達と呼ぶのにも躊躇しちゃうし、

私は言葉で人を励ますことは苦手だから。



・・・少なくとも、この勝負で私が勝てば、閑谷さんを取り巻く環境を変えることはできるはずだ。



・・・たぶん。



彼女の為にも、他にも同じ思いをしている人達の為にも・・・

私が戦うことで・・・少しでも、何かのきっかけになれたらいい。



「ふふっ・・・。勝ち目がない戦いをするなんて・・・。

ああ、そう。貴方は不正を犯す可能性がありますからね。コンクールの自由曲を同じ曲にしましょう。

そうですわね・・・サラサーテのカルメン幻想曲はどうですか?」




・・・カルメンか・・・。



この曲は、城之内さんの得意な曲調だ。

対して、私は、あんまりこういう曲は得意ではない。



「・・・うん、分かった。いいよ。それで。」



―――でも、負けるものか。




美和君、これでいいんだよね?



これが正解なのかどうか分からないけど、私は、私なりに・・・頑張ってみようと思う。




------------------



いつも通り、お昼ごはんを食べようと普通科に行ったら、美和君がいなかった。



「あれ?美和君は?」



「四時限目が終わった後、「曲作る」って帰ったよ。」



藁科君がそう答えてくれた。



今朝のこと、相当恥ずかしかったのかな・・・?



「ねえねえ、奏。

なんかさ、音楽科の方で城之内さんって人と奏が権力争いしているって噂になっているけど、ホント?」



・・・普通科までその話がいってるのか。



あれから、城之内さんが色んな所で今回の「対決」を広めていたからなぁ。



「うん。まあ、なりゆきでそうなっちゃって・・・」



「マジで?」



千鶴が信じられない、という顔でわたしを見る。


私は、事の顛末を話すと、



「・・・へぇーそうだったんだー。そのカルメン幻想曲ってどんな曲なの?」



「ビゼーのオペラ「カルメン」で歌われている曲を元にサラサーテが作曲した曲だね。

「カルメン」の曲はTVやCMで結構流れているから、聞けば知っているメロディだと思うよ。」



さすが酒井田君。本当、この人よく知っているよなぁ。



「・・・でも、確かかなり難しい曲だったよね?」



酒井田君が心配そうに私を見る。



「・・・う、うん。かなり。」



休み時間に図書館で譜面を借りてきたけど、目を通しただけでもう目が回りそうだ。



「ま、まあ、時間的に全部は演奏できないし、先生と相談して編曲するから・・・」



・・・それでも、形になるかどうかは別だ。

コンクールまで時間があるとはいえ、「大公」の練習もしなきゃいけないしなぁ・・・。



「だ、大丈夫?奏?顔色が青いけど・・・」



千鶴も藁科君も私を心配そうにみている。



「だ、大丈夫。・・・難しい楽譜を見ると、いつもこんな感じだから・・・」



そうなのだ。私は、どうも、技巧的な曲というのは苦手で・・・難しい楽譜を見ると、頭がくらくらしてくる。


反対に、城之内さんはそういう技巧的な曲が大好きで・・・

そりゃあもう、彼女は技術的な技を人に見せるのが大好きなのだ。



加えて、こういう華やかな曲は私の得意な曲調ではない。

私は、もっと、技術じゃなくて、心で表現できるしっとりとした綺麗な曲調の曲が得意なんだけどなぁ・・・



でも、言ってしまったからには、頑張るしかない。

なんとか頑張って練習して、彼女に勝たないと!



------



「あ、あの、音海さん、城之内さんと勝負をするって本当ですか?」



放課後、閑谷さんが私にそう話しかけてきた。



「うん。」



私がうなづくと、閑谷さんは、「ほ、本当だったんですね・・・」とつぶやいた。



「・・・・音海さん、城之内さんのこと・・・怖くないんですか?

し、勝負なんて、城之内さんに逆らおうっていうようなものじゃないですか・・・・」



閑谷さんは、真っ青な顔でそう言った。



「・・・ううん、別に怖くないよ?」



何で怖がる必要があるんだろう?



確かに、彼女とは色々あったけど、嫌な人だなぁ、と思うだけで怖いと思ったことはない。



「だ、だって、城之内さんってお父さんが県の音楽教育関係の偉い人だし・・・

さ、逆らったら何をされるか、分からないじゃないですか。」



「・・・それがどうかしたの?それって、親が凄いだけで子供には何の関係もないでしょ?」



「で、でもぉ・・・・」



閑谷さんはまだ何か言いたそうだ。



何で彼女はそんなに怖がっているのかな?別に自分が勝負するわけじゃないのに。



「私なら、大丈夫だよ。」



そう言って笑うと、閑谷さんは



「・・・・音海さんは・・・強いんですね・・・」



と、そうつぶやいた。




私って、強いのかな?強いとか弱いとかそういうの言われことないから、分からないや。



「・・・わたしも、頑張らなきゃ・・・・。変わらなきゃ。庸助君に追いつく為にも・・・」



閑谷さんは、そう、決意を決めたような顔でそう、つぶやいた。




―――良かった。




これで良かったのかは分からないけれど、少しは、閑谷さんの力になれたみたい。



「ごめん、遅れちゃって。」



森君が練習室に入ってきた。



「あ、森君が来たね。それじゃ、はじめようか。今日は何を練習する?」



-------------------






一週間後、ボランティアの日が来た。


子供達への演奏は、とてもいい感じで演奏でき、子供達にも大好評だった。

「大公」も、なんとか形になって、危なかっかしかったけど、なんとかノーミスでやり遂げる事ができた。



私たちは、打ち上げの為にファミレスへと向かうと、



「あ、奏ー!」



なんと、偶然にもそこに夜明け一番星のメンバーがいた。



「あれ?音海さんの知り合い?・・・噂にきく、普通科の友達ってあの人達?」



森君がそう聞いてくる。



「うん。そうだよ。」



私がうなづくと、森君は、



「音海さん、良かったら、あっちに行ってもいいよ。僕は飛鳥と一緒にいるから。」



と、気を利かせてくれたので、「それじゃあ、顔だけ出してくるね」と言って、

遠慮なく甘えさせてもらう事にした。



「あ、今日がボランティアだったんだ。どうだったの?」



「な、なんとかノーミスでできたよ・・・」



かなり危なっかしい演奏だったけどね・・・



「良かったじゃん。」



千鶴がそう言って、笑った。



「それで、カルメンは何とかなりそう?」



「うっ・・・」



正直、ボランティアの曲を練習するのに精一杯で、全然そっちは練習できてない。



「ま、まあ、今日から夏休みだし、

明日からおばあちゃんが来てくれて、付きっきりで指導してくれるから・・・」



「うん?音海さんはおばあさんにヴァイオリン習っているのかい?」



酒井田君がそう質問してきた。



「うん。そうだよ。」



「へぇ、ちなみに、おばあさんの名前は?」



「富士野万智子だよ。あ、でも、里崎万智子って言った方が分かるかな?

確か、おばあちゃん、結婚しても演奏会では苗字変えてなかったはずだから。」



「・・・ええっ!里崎万智子!?」



酒井田君が大げさに驚いている。



「え、何、そんなに有名なの?」



千鶴が目を丸くしながら酒井田君に聞いた。



「に、日本人女性で初めて世界三大コンクールのチャイコスフキー音楽コンクールと、

バガニーニ音楽コンクールに入賞した人だよ・・・。

彼女がこれらのコンクールに入賞したからこそ、海外で日本人が評価されはじめたんだ。」



「・・・ええええっ、奏のおばあさんって、そんなすごい人だったんだ・・・」



「確か、演奏活動は12年前に引退してるんだ。

・・・一度、僕、生で彼女の演奏を聞きたかったんだ!ねえ、音海さん、一生のお願いだ!

おばあさんに頼んで貰えないか?」



酒井田君が、目をキラキラさせながら、私のことをじっと見ている。



・・・これは断れるような雰囲気じゃないな。



「・・・う、うん。分かった。おばあちゃんに聞いてメールするね。」



「やったー!!ああ、夢のようだよ・・・彼女の演奏が聞けるなんて・・・」



「・・・えーっ、圭だけずるーい。ウチも聞きたーい。」



「・・・み、皆で集まればいいんじゃない。そうすれば、千鶴も酒井田君皆聞けるでしょ。」



・・・うーん、なんだかえらいことになっちゃったな。

まさか酒井田君がおばあちゃんのことまで知っているとは思わなかった・・・。



確かに日本のヴァイオリン史の中ではかなり重要な人物ではあるけど、

もう演奏活動もCDも出してないし・・・

普通科の人は知らないと思ったけど・・・



何にしても、引退の理由について突っ込まれなくて良かった。



おばあちゃんは、引退する時、世間に理由を説明してない。

だから、時々、私に引退本当の理由を聞いてくる人がいる。


だけど、私は・・・「本当の理由」を知っているにもかかわらず、人に話したことはない。



ちょっと、それだけは・・・人に話したくない事だから。



皆に嘘を付きたくないし、ついた所で美和君が嘘って見破りそうだから、聞かれなくて良かった。



私は、そんな事を思いながら、はしゃぐ皆を見ていたら、美和君と目があった。



「カルメンって、サラサーテのカルメン幻想曲?」



美和君が私にそう聞いてくる。



・・・そういえば、この間、美和君は屋上にいなかったから知らないんだっけ。



「うん、そうだよ。」



「・・・えらい難しい曲をやるんだね。大丈夫なの?」



・・・あはは、美和君まで心配されてしまった。



「・・・き、今日から夏休みだし、一日中練習できるし・・・おばあちゃんが教えてくれるから・・・」



そう、だから、コンクールまで間に合うと信じたい。

でも、自由曲だけじゃなくて、課題曲もあるんだよな・・・。ますます頭が痛くなってきた。



課題曲はシベリウスのノクターン。

カルメンに比べたら全然簡単な曲ではあるけど、

こちらはたぶん芸術点・・・表現力が評価されるから、手を抜く訳にもいかない。



「何青い顔しているの。難しい曲ってやりがいあるじゃん。」



美和君はそう言って、不敵に笑った。



―――あ、そういう考え方もあるのか・・・



美和君にそう言われた事でだいぶ楽になってきた。



そうだね。難しい曲でもやりがいを見つければ、楽しいよね。



「ありがとう。私、頑張るね。」



コンクールまであと約一ヶ月。

夏休みの終わりにコンクールはある。




かなり難しい曲だから、不安しかなかったけど、ようやく希望が見えてきた。




----------



あっちのテーブルでは、音海さんと普通科の人達が和気藹々と話している。



・・・ロックをやっている人達って、なんとなく、怖いというイメージだったけど・・・

普通の人なんだ、と思った。



見た目が髪染めていたり、ピアス付けたりしているから、もっと凶暴かと思っていたけど・・・違うんだなぁ。



「・・・ああいうの見ていると、音楽科の人で普通科を馬鹿にしている人って馬鹿みたいに思えるよね。」



庸助君が、そうつぶやいた。



「・・・うん、そうだね。」



わたしも、心の中では・・・馬鹿にしていた。



ロックなんて野蛮な音楽を聞いている人と仲良くしているなんて、信じられなかったけど・・・




でも、今では、それがどれだけ醜いのか、よく分かる。



「・・・それで、飛鳥さ・・・聞いたよ、この間のテスト、良くなかったって?」



庸助君がわたしの方を見て、探るような目でわたしを見る。



・・・彼には、まだ、成績のことや

友達とお昼食べなくなったことは話してない。



「一人で抱え込んでいるのなら・・・・」



「・・・・わたしなら、大丈夫だよ。」



わたしがそう言って、笑ってうなづくと、庸助君は驚いたような目でわたしを見る。



「昔はさ、わたしが虐められている時・・・いつも庸助君に庇ってもらっていたよね。」




そう、庸助君はいつだって、わたしのことをかばってくれていた。



男子に変なこと言われて泣いた時、女子に仲間外れにされた時、

いつだって、庸助君は王子様のように助けてくれた。





・・・・でも。




「でもね・・・庇ってもらってばかりじゃ・・・駄目だと思うの。

いつまでも庇ってもらっていたら・・・わたし、ずっと庸助君を頼ってしまうから。」



彼に頼ってしまえば、わたしは楽だと思う。




でも、それじゃあ、彼にとって、わたしが重荷になってしまう。



彼は、優しいから、きっと何も言わずに助けてくれるだろうけど。




それじゃあ、駄目なんだ。




「強くなりたいの。・・・音海さんみたいに。」



わたしは、庸助君の目を真っ直ぐ見て、そう言った。




庸助君は、少し、寂しそうな顔をして、



「・・・そっか。」



とつぶやいた。



「いつの間にか・・・飛鳥は成長していたんだね。」



その顔は、大きくなった妹を見る兄のようで。



「庸助君こそ。・・・・好きな人が・・・出来たんだよね。」




わたしは、震える声で、そう言った。






―――本当は、人が足りないというのは嘘だった。



わたしと庸助君でも、演奏は出来た。



わたしが、音海さんを誘ったのは、彼女という人物を知りたかったから。

それと、本当に庸助君が彼女を好きなのか確かめたかったから。



中学の時、初めて庸助君と学校が別になった。


わたしは不安で、庸助君に毎日のようにメールを送り続けていた。



だけど、庸助君からのメールがどんどん変化していったのだ。

最初は、わたしのことを心配する内容だったのに、「音海さん」という人の話題がどんどん増えてきて。



―――庸助君が遠くに行ってしまうのではないかと、すごく不安だった。



高校に入って、「音海さん」とは別のクラスだったから、

なかなか話しかけられなくて、わたしはただ、遠くから見ているだけだった。



だけど、遠くからだと、本当に庸助君が音海さんを好きなのか、よく分からなくて。



だから、わたしは、自分の中にある漠然とした疑問を確かめる為に、彼女に話しかけたの。






―――庸助君は、練習中、ずっと音海さんを見ていた。




わたしの見たことない笑顔を、彼女に向けて。




12年間の付き合いだから、すぐ、分かってしまった。




―――音海さんが、嫌な人なら・・・嫌いになれたら良かった。




そしたら、嫌なことを言ったり、庸助君に近づかないように邪魔したのに。





だけど、彼女は・・・・




「・・・ごめん。」



庸助君は、視線を逸らしながら、そう言った。




彼は、きっと、わたしの気持ちに気づいていたんだと思う。



・・・庸助君は、優しいから。きっと、これ以上わたしを傷つけないようにと、言い出せなかっただけで。




「ううん。謝らないで。・・・わたしは、大丈夫だから。」



わたしは、そう言って笑った。




うまく笑えているといいな。




・・・綺麗に笑えていたらいいな。




―――ずっと、ずっと、彼に守られていたわたし。



彼にとっては、きっと、わたしは手のかかる妹のようなもので。

彼を想うこの気持ちは、ずっと、一方通行だったんだと思う。




―――音海さんと出会って、ようやくそれに気がついたの。




守られているだけじゃ、駄目なんだって。


並んで歩けるようにならないと、駄目なんだって。




一方的に守られるだけじゃ、彼を幸せには出来ない。



まだまだ、わたしは色んな所が至らなくて、彼の所まではたくさんの階段を登らなきゃいけない。




―――そう、わたしは、まだ、彼とは全然釣り合わないから・・・



だから、悔しくないの。




音海さんもすごく素敵な人だし・・・かないっこないから。




庸助君のこと、応援したいって、思う気持ちは、本当なんだよ。




泣きたかったけれど、わたしは、頑張って、涙をこらえた。


泣いたら、きっと、彼を心配させてしまうから。



「ごめんね、話が盛り上がっちゃって遅くなっちゃった。」



音海さんがこっちのテーブルに戻ってきた。



幸い、わたしたちのこの微妙な空気には気がついてないみたいだ。



音海さんが、わたしの席の隣に座る。



「お腹空いちゃった。食べ物食べようかな。」



そう言って、ファミレスのメニューを見る。



「・・・わ、わたしも、何か食べようかな。」



そうだ、美味しいものでも食べて、この悲しみを紛らわそう。


どうせなら、奮発して・・・ずっと食べたいと思っていた特盛パフェでも頼もうかな。



・・・でも、一人で食べ切れる量じゃないな。



「お、音海さん・・・この特盛パフェ、一緒に食べませんか?」



わたしは、音海さんにメニューを見せる。



音海さんは、パフェの写真を見て、ぎょっとした顔をした。



「ええっ・・・こんなの、私達だけじゃ食べ切れないよ・・・。あ、そうだ。千鶴ー!」



音海さんが普通科の人を呼ぶ。



「ね、これ、一緒に食べようよ。」



「えええっ?これって、ここの名物、特盛パフェじゃん!一度、食べたいって思ってたんだよね!

でも、こんなのウチらで食べたら太るよなー・・・そうだ!男子を巻き込もうよ!」



普通科の人が、そう言って、結局、普通科の人たちも混ざって皆でパフェを食べることになった。




パフェは、甘くて美味しくて・・・でも、苦しくて。




それでも、ひいひい言いながら、皆で特盛パフェを平らげた。





END


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