『エピローグ』
朝焼けの中、重い身体を引き摺るように家に帰り、自室に辿り着いた途端にバタンと倒れ、気付けば月曜の朝だった。
丸一日眠っていたことになる。昨日が日曜日でよかったと思う反面、どうしても損したような気分が拭えない。
それから時計を確認する。午後一二時五分と針が無言で語っている。どうやら丸一日どころではなかったらしい。
この時間では確実に遅刻だというのに、黒人はのんびりと背筋を伸ばす。
その際に感じた。
体臭がマズいことになっている。
「風呂はいろ」
もう完全に遅刻は確定しているのだ。こうなれば慌てず、騒がず、のんびりいこうと決めた。
シャワーを浴び、さっぱりした気分で縁側に腰を下ろし、まだ少し冷たい春の風で身体の熱を冷ます。
黒人の脳裏に浮かんだのは月宮礼司の最期。
「あの時の言葉がマジなら、義父さんをクソ神父に殺させた黒幕がいるんだよな……。しかも悪魔」
嘘の可能性もある。だが、死ぬ間際の人間が、そんな嘘を吐くとは思えない。だから、あの時の言葉は真実だと黒人は思っている。
「どう思うよ、ジャンヌ」
「うん? そうだな……」
音もなく現れた彼女は、音もなく黒人の隣に腰を下ろす。
何となく近くにいるような気がして声をかけてみたら本当にいた為、黒人は唖然呆然である。
そんなマスターは放置してジャンヌは自分なりの見解を口にする。
「少なくとも春木栄一と月宮礼司が懇意の仲だったのは本当らしい。それを仲違いさせた悪魔は存在したと私は見ている」
「でもよ、あの後教会中を探したけど悪魔も、それらしいモンの痕跡も見つからなったじゃねえか」
「ついでに月宮礼司のアガシオンも消えていたな。その悪魔に殺されたのか、それとも……。
まあ悪魔は自分の世界、人間が地獄と呼ぶ世界にでも帰ったんだろう」
ずいぶんと投げやりな、あっさりした言い方のジャンヌに違和感を覚える。あの時、確かに彼女は『春木栄一の仇』を知って理性をトばしていたのに。
その視線から黒人の言いたいことに気付いたジャンヌは、彼女にしては珍しい苦笑を浮かべて言う。
「悪魔の存在する次元に帰巣していなかったと仮定して、姿を消した悪魔を探し出すのなら、それは世界中の人間を殴り倒すのが『一番手っ取り早い』んだ。人間社会に溶け込むことこそが悪魔の常套手段だからな」
「あー、そりゃ無理だわな。世界中の人間殴り倒す前に寿命が尽きちまう」
だろう、と再びジャンヌは苦笑する。
彼女が苦笑する理由がわかった。悔しいのだ。人智を超えた力を得ながらも、たった一人の悪魔を探し出す術もない自分が。
「だから今は待ちだ。空いた時間は鍛錬に当てられると前向きに考えよう。それに、もし相手が上位の悪魔だった場合、私でも瞬殺されてしまうほどの力の差があるからな。せめて二つ名持ちでないことを願っておこう」
ふたりは知らない。
葛城舞が仇の悪魔と言葉を交わしており、そして仇の悪魔がジャンヌの懸念する『二つ名持ち』であるということを。
それから今後の鍛錬について軽く話し合ってから、ジャンヌは立ち上がる。
それに合わせて黒人も立ち上がり、視線をジャンヌに合わせる。
「かなり危険なことになりそうだな」
「心配ないさ」
きっぱりとジャンヌに断言される。
その表情に迷いはなく、
「マスターは私が守る。それに相手が何であれ、私はマスターの剣として負けるつもりはない」
自信に溢れたジャンヌの宣言に、黒人の頬が緩む。
「そう言えば、さっき咲が昼食に呼びにきたぞ。それに何やら楽しい催し物があるとか」
「催し物?」
「ああ。確か舞がフリフリのエプロンドレスで出迎えてくれるらしい」
「あの舞がメイド服、だと……ッ!? 急ぐぞ、ジャンヌッ!!」
耳を澄ましてみれば、お隣さんから悲鳴のようなものが届く。その明るく快活な声が、誰も欠けていない証。
四人の中の誰か一人でも欠けていたら取り戻せなかった、みんなが望んだ日常。
その輪に加わるのに心を弾ませながら、黒人とジャンヌは春木家を出て葛城家へ向かう。
嬉しそうに楽しそうに――
その日の夜中。こんな時間に活動しているはずのない郵便配達員の格好をした男が、封蝋のされた一通の黒い封筒を春木家の郵便受けに投函する。
差出人の欄には、こう書かれていた。
――『Killing House』と。
to be Continued.
はい、えー、ここで第一部は終了です。
まだまだまだ多くの伏線を残したままですので、当然のようにまだ続きます。
今作は主要キャラの紹介ストーリーでした。
次巻は主人公、春木黒人に関するお話になる予定です。
続きも読んでいただけると嬉しいです。
どうぞ、よろしくお願いします。
2011.09.29




