『月夜の下、魔術師は眠る【⑥】』
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葛城舞と葛城咲は一足先に教会の外に出てきていた。咲は魔力を消費しすぎて何があっても目を覚ましそうにない。
だから、ここまで舞が運んできた。
すとん、と腰を落として教会の庭の芝生で横になる。見上げる形となった夜空に月が浮かび、それを眺めながら教会に目を向ける。
本当は舞も黒人たちのいる場所へ駆けつけたいと思っていた。しかし、それは止めておいた。
自分の身体のことは自分で分かる。魔力が尽きて、今にも意識がトんでしまいそうな状態。これでは足手まといにしかなれない。
それだけは絶対に嫌だった。これ以上、誰かに迷惑をかけて醜態を晒すのだけは舞のプライドが許さない。
「黒人、大丈夫よね……?」
その声に答えを返せるものはいないと思っていたのだが、
「黒人さんもジャンヌさんも無事だよ」
「ッ!?」
頭上から聞こえてきた声に身体を飛び起こそうとして、まったく動けそうにないことに初めて気付いた。
要優実戦の影響が、それだけでているのだ。
その喋り方に聞き覚えがあった。
「あんた……クソ神父のアガシオン!!」
顔は見えない。だが、声の調子で分かる。それは確かに拉致された後、舞に『お人形さん遊び』を勧めたナイトRである。
しかしナイトRは舞の言葉を笑う。
「あははっ、アガシオン? 僕が? そんな下等なモンと一緒にするなよ、人間」
声は確かにナイトRのもの。しかし、ここまで声だけで聞き手に嫌悪感を与える声ではなかったはずだ。
「アガシオンじゃないなら何者なのよ、アンタ」
これは舞の直感だが、ナイトRは嘘を言っていない。
しかし彼は舞を『人間』と呼び、アガシオンを『下等』と評した。
つまり『人間』でも『アガシオン』でもない者となると、舞の知る限りでは後一種族しかいない。
「これでも三〇人くらいしかいない『黄昏の戯者』って二つ名まである『悪魔』だよ」
二つ名。それを人間世界と同じ感覚で捉えていいのだとすれば、この少年の姿をした悪魔は特別な存在と言えるだろう。
悪魔の総人口(?)が三〇人しかいないというのなら話は別だが。
「それで?」
声が裏返らないことだけに気を配っていたせいか、舞の声は恐怖で震えてしまう。
正規魔術師が一〇〇人束になっても、この悪魔を相手に楽観視はできない。それほどの実力差があることを理解していた。
「悪魔が人間に飼われてまで何をしてたの?」
「楽しむ為」
間髪入れずに言われた言葉を、しばらく舞は理解できなかった。
言葉通り、舞の反応を楽しむかのように悪魔は続ける。
「悪魔の行動原理なんか単純なものだよ。自分がしたいことをする。人間の願いを叶えて魂を捕らえる正統派もいれば、僕みたいに娯楽性重視な悪魔も多い。
月宮礼司の願いを僕好みに改竄したのも、それが理由。希望が絶望に変わる瞬間が最高なんだよね」
「そんな理由で私たちを巻き込んだの? そのせいで人が死――」
「ストーップ」
悪魔は舞の言葉を途中で止める。
悪魔の表情は笑顔。舞は体勢的に悪魔の顔が見えないが、それでも声の調子で分かってしまう。
「そんなこととは失礼だね。このストーリーは月宮礼司が親友の魔術師を殺した所から始まってるんだよ? その時はまだ完全に壊れてなかったからね。後から正気を取り戻してねー、部屋でずーっとソイツの名前を呼んで泣いてたの! 栄一、栄一~って」
あはははっ!! と当時の光景を思い出して腹を抱えて悪魔は笑う。
舞は真っ白になった頭でもう一度、悪魔の言葉を正確に反芻する。
「あんた……栄一って、まさか……」
今も声は震えている。しかし、これは恐怖からくる震えではなく、憤怒の奮え。
それでも悪魔は悪魔らしい笑みを浮かべて、舞の質問に答える。
「そうだよ。春木黒人の義父のこと。あれ? もしかして知らなかった? 月宮礼司と春木栄一は幼少の頃からの友人だよ。葛城姉妹と黒人と同じような関係だったんだよ」
よりリアルに、春木栄一が殺された時の光景が脳裏を過ぎる。
裏で悪魔が糸を引いていることに気付いたからこそ、それが悪魔の手に渡ることを防ぐ為に春木栄一は『月宮礼司の為に研究していた次元の剣』を渡さなかったのだ。
そこら辺の事情を舞はしらないが、それがなくとも『黄昏の戯者』の二つ名をもつ悪魔を許せない。
「あんたあああっ! 栄一パパを……殺してやる! 絶対に私がぶっ殺してやるアアアアアッ!!」
立ち上がれない身体で、それでも舞は泣き叫ぶ。満足に動かない身体で、危険は承知の上で舞は悪魔を強く睨んだ。
だが、それは単に悪魔を喜ばせるだけ。
その決意を、低俗かつ無為無駄無意味だと嘲笑った。
「僕を殺すか……。それは楽しみだね。でも今回は割と楽しめたし、これで終わりにしてあげる。でも早く僕を見つけて殺しにきてね? じゃないと次はキミの大切な人が悪魔の餌食になっちゃうかもしれないよ?」
あははっ!! と楽しげな嘲笑の残響だけを響かせて、悪魔は地上から姿を消した。
何もできなかった悔しさで頬を濡らす舞は、意味のない言葉を夜空に向けて吠えるのであった。




