表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/39

『裏切りの魔術師【⑥】』

 

 ◆ ◆ ◆



 正午前。葛城家の書斎は大惨事と化していた。



「きゃーーっ!! 水? お水! みーずーっ!!」



 部屋の中心で叫んでいるのは咲である。



 舞に教えられながら初めて魔術を行使した咲は、その危険性を考慮していたにもかかわらず、この部屋を半壊させた。



 たった一発の火弾で一五畳はある書斎を火の海にしたのだ。パニックにもなる。



「気持ちは分かるけど冷静になりなさい! 飲みかけの紅茶で何とかなるレベルじゃないでしょ!!」



 葛城姉妹の眼前に立ち昇る火の壁。消防車を可及的速やかに呼び出さなければならないレベルの火事である。



 しかも、ここは書斎ということもあり燃えるものは腐るほどある。魔術師にとって歴史的価値のある書物も多い。



 それら全ては古書で、ほどよく乾燥状態にあるのだから燃え広がるのも早い。



「で、でも早くしないと私たち家なき子になっちゃうよ!!」



 その前に魔術境界の連中に殺されるかもしれないけどね、とは思うだけに留め、舞はジャージのポケットからサファイアを取り出す。



 それを手の中に握り込み、



「――Dror・Ikra」



 魔術師としての葛城舞に切り替わる言葉を紡ぐ。



「――Mayim」



 瞬間、腰に提げた刀を抜刀するように舞が手を横一文字に振り抜くと、その軌道に沿って大量の水が放出される。



 天井を焦がすほどの火の勢いを考えると、そんな一部分だけの消火活動に意味はないと誰もが思う所だろう。



 しかし、これは魔術なのだ。水も魔術ならば、猛火を奮う火も魔術。



 それならば現実の理論に意味はない。優劣を決めるのは、そこに込められた魔力の優劣なのだから。



 一〇秒後、一分後、三分後と次第に火はその勢いを弱め、五分も経つと完全に鎮火された。



「き、えた……」



 よかったよ~、と咲は女の子座りで水浸しの床の上に腰を落とす。お陰でパンツまでぐっちょりだが、それも今は気にならない。



 と言うよりも、自宅を全焼させずに済んだ安心感で腰が抜けて立ち上がれないだけなのだが。



 そして咲の後始末をした舞は、黒こげになった書斎を眺めて難しい顔で腕を組んでいた。



「お姉ちゃん……?」



 そう声をかけた後で気付いた。ここには価値のある魔術書が保管されている。



 そして、おそらく数冊の魔術書は灰になってしまったに違いない。きっとそれを怒っているのだと予想する。



「ごめんなさい……」



「え、何が?」



 突然謝ってきた咲の方へ顔を向ける。謝罪される意味が分からないといった顔を舞はしていた。



 見た目、怒っていなさそうな舞を見て、咲は首を傾げる。



「え? だって私のせいで魔術書が燃えちゃったから怒ってる……んじゃないの?」



 ああ、と咲の思考を理解した舞は、笑みを向ける。



「別に構わないわよ。全部、頭に入ってるから」



 その程度のことは舞も事前に予想しており、当然その対策が施してあった。本棚に耐火の符術を貼り付けたりと。



 しかし咲は、それら数々の対策をものともせず、この書斎を火の海にした。そして、それを消火した舞だから解る。



(初めての魔術でこの威力? 不得意分野の水の魔術とはいえ私が最大まで練り上げて、しかも宝石で強化までしたのに相殺に五分もかかるなんて)



 改めて咲の才能に脱帽し、同時に嫉妬もする。ここまでのレベルの魔術を行使できるように努力した年月は一〇年以上。



 その高みに咲はたったの二時間で迫ったのだ。



(とは言え、これは明らかに魔力の暴走。膨大すぎる魔力を持つが故の暴走。暴れ馬に振り回されてる状態か……)



 たぶん、と舞は考える。このまま続けても咲の魔力は何度も暴走し、被害を拡大させるだけだろう。



 そして、それで傷つくのは咲なのだ。



 そのせいで魔力を拒絶すると、もう二度と魔術師になれる可能性は潰える。このトラウマが、魔術を行使する際に思い出されて集中の邪魔をする。



「これは魔力の暴走が原因でしょうね。魔術を発動させてから先は全く制御できなかったんでしょ?」



「うん……。何度も『消えて!』ってお願いしても全然ダメで……」



「それは咲がまだ自分の魔力を使いこなせる領域にいないからよ。自転車に乗れない子供が補助輪もなしに乗ろうとしても、結果は転ぶことがほとんどでしょ? 転び方次第では命を失う可能性もゼロじゃない」



 それは魔術も同じ。



 場合によっては自分の魔力が自分自身に牙を剥くこともある。それで命を落とす魔術師も少なくない。



「過信は死を招く。でもね、自分の力を恐れるのもダメ。恐怖も同じように死を招くから。

 だから考えなさい。魔術を行使する時に、それが相手にどれだけの影響を与えるのかを、その痛みを知りなさい」



 そうすれば私みたいに一線を越えなくて済むから、と続くはずだった最後の一文を舞は飲み込む。



 咲が知る必要はない。いや、知られたくないのだ、咲にだけは。



「さて、ちゃっちゃと部屋を片付けちゃうわよ! そんでパパに修繕費の相談しないとね、ママには内緒で」



「うん、そうだね。でもママに内緒で部屋の修繕なんてできるのかな?」



「大丈夫でしょ。その後は咲の魔力を抑えるストッパー造るわよ」



「ストッパー?」



 本棚から比較的無事な魔術書を選別しながら、咲は聞き返す。



 舞も同じように魔術書の灰を一箇所に集める。この中のものを復元でもされて中身がバレてしまう可能性も、万に一つの確率であるから。



 だからそれを防ぐ為に灰は庭に埋める。



 そうしながら舞は咲の疑問に答える。



「自転車の補助輪みたいなものよ。これで制御するクセを身体に覚えさせれば、外した後も身体が勝手に調節するクセを身につけてくれてるってわけよ」



 そんなのがあるなら初めから使ってよ、と思う咲だが、それを舞が考えないはずがない。



 必要ないと思ったのだ。魔力総量は膨大でも、所詮は初心者。最初から魔術を発動させられるとは思ってもいなかった。



 それに直接身につけている場合ほどの効果はないが、書斎の床下にはストッパー効果のある魔術陣が刻まれている。



 それで十分だったはずなのだ。舞でも普段は封印している魔術師としての自分に切り替えなければ魔術を発動させられないほど強力なストッパーだったから。



 咲の魔術師としての未来の姿を想像して舞は身震いした。







 部屋を片付けながら、チラッと舞は腕時計を確認する。デフォルメされた猫が描かれた子供向けの時計。



「咲、後は私がやっておくわ」



「え、私も最後までやるよ」



 咲は後始末を舞に押し付けたくなかったのだろう。



 舞だって片付けは好きではない。むしろ自分の部屋の掃除も自分ではしないほど嫌いである。



「あのね、あんた朝ご飯の時に黒人たちを誘ったでしょ? もうすぐお昼だけど準備しなくていいの?」



 え? と咲も自分の腕時計に目を落とす。入学祝いに父に買ってもらったシックな腕時計。



「うあっ、もうお昼ッ!? ど、どうしよう! まだ何も用意できてない!!」



「だから私が片付けておくから、あんたはお昼の用意しておきなさい。美味しいの期待してるからね」



「う、うん。ごめんね、お姉ちゃん」



 はいはい、と返しながら、舞は慌てて部屋を飛び出していく咲の背中を見送る。



 ドアから出る際に思い切り小指を壁にぶつけて悲鳴を上げていたほどの慌てっぷりであった。



「しっかりしてるのか抜けてるのか、どっちかにしてほしいわね」



 舞は笑いながら片付けを再開する。その頭の中は、昔舞が自分用に造ったストッパーの術式を改良していた。



(既存のものをそのまま使ってもダメ。魔力の流れをせき止める? それだと膨大な咲の魔力ですぐにストッパー術式が決壊しちゃうか。じゃあ抜け道を用意するしかないわね。その抜け道から出る魔力だけを使えるように既存のストッパーを改良するしかないかな)



 組立の面倒な術式になりそうだな~、とため息を吐きながら、舞は部屋の片付けをノロノロと再開するのであった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ